バラは美しい者が持つもの
「ワタシも詳しくは知らないけど、特別な告白をするそうよ。はい、この手紙も一緒に渡してね?」
渡された一通の手紙。
ほのかに甘い香りが漂う。
相手の好きな匂いなのだろう。アリスとリアは乙女心全開で妄想を楽しんでいた。
「では、ちゃんと届けますので」
「お願いね? 相手はきっと喜ぶと思うよ」
何気ないひと言が引っかかる。だが気のせいだと言い聞かせ、ミシェルたちはフラワーブティックを後にした。
「これで予定通りね。やはり変身魔法は疲れるな。でもその代わり、ミシェル王を見られたのだから、妾は満足ぞよ」
仮面をつけ直し、偽りの店員からカーリアの姿へと戻る。口元は微笑み、ミシェルとの時間を振り返った。
「それにしても憎きユリアの末裔、ミシェル王といるなんて許せない。それともうひとりの女、もしかして……」
計画は順調に進んでいる。
全ては最愛のミシェル王を取り戻すため。
ひとりの少女が気になるも、微々たる問題だと自分に言い聞かせた。
「まぁいい。サイエンもユリアの末裔も、妾の手のひらで踊るといい。そして最後は──」
カーリアは揺るがぬ想いを胸にその場から消えた。
メモに書かれた配達先へと急ぐミシェルたち。気になるのは手紙の中身。愛の告白とは何が書かれているのか。アリスやリアはもちろん、ミシェルさえも興味津々であった。
「どんな内容か気になるよねっ」
「そうですけど、中身は開けちゃダメですよ?」
「ミシェルは真面目ですわね。透かせば見えそうですけど。というよりも、どうしてバラをこのわたくしが持つのかしら?」
大量のバラを抱えるアリスはご不満の様子。流れで押し付けられたのが納得いかず。リアに対し恨みの眼差しを向けていた。
「僕がアリス様の代わりに持ちますよ」
「ダメよ、ミシェルさん。トゲで美しい顔が傷ついちゃうもん」
「わたくしは傷ついてもいいんですの!?」
あからさまな悪意にアリスは声を荒らげる。店主権限を発動させるべきか──悪魔の囁きが聞こえてきた。
「何を言ってるの、アリスちゃん。美しいものにはトゲがある。その美しさを最大限に引き出せるのが、アリスちゃんなんだから」
「わたくしが美しさを最大限まで……」
リアの意味不明な理屈はアリスを惑わす。褒められて舞い上がり、本質を見抜けなくなる。満更でもない気分に酔いしれてしまった。
「悪女リアにしてはいいこと言うじゃないの。そうね、わたくしがバラを持つのが一番ですものね」
今のアリスに聡明の二文字は存在しない。リアの術中にハマり、頭の中までバラ色。月痕の思考では正常な判断が出来なかった。
「アリス様、冷静になってください。アリス様の顔が傷つくなんて、僕には耐えられませんから」
「ミシェル……。そう、わたくしにバラは似合わないと。美しさを引き出すなんて無理だと言うのね」
黒闇色の瞳は生気がない証拠。絢爛は深淵に飲み込まれ、重苦しい空気を生み落す。瘴気が漂い、周辺の視界を濁らせた。
「わかってます、ミシェルが愛するのは美しいもの。わたくしは傍らで煌びやかな光を放ちますわ。でも、ミシェル相応しいかは、わたくしが決めるの」
死を覚悟させるほどの殺気。
このまま放置すれば、死者が出るのも時間の問題だった。
「落ち着いてください。アリス様の力で手紙が腐食し始めてますから」
「わたくしは落ち着いているわ。みんなが腐食すれば、わたくしが一番になれるの。だったら、いいことじゃない」
「僕は……少なくとも僕は、アリス様の美しさが一番だと思ってます」
ミシェルのたったひと言が、アリスの心に巣食った闇を振り払う。月光のような優しい光に照らされ、深淵はその存在を消していく。
冷えきった感情は閃火によって暖められる。
鮮明となった視界が色鮮やかな風景を映し出す。
今まさにアリスは清々しさに包まれていた。
「さすがわ、ミシェル。わたくのことをよく知っていますね」
「いえ、それほどでも……。アリス様、顔に切り傷ができてます。やはりバラのトゲでしょうね。これ以上、アリス様を傷つけるわけには──」
「いいの、気持ちだけ受け取っておくわ。わたくしの美しさがなければ、きっとバラは枯れてしまいますもの」
ふたりの微笑ましいやり取りは、リアにとって面白くはない。だが同時に単純すぎるアリスに、心の中で笑いが止まらなかった。
とはいえ、アリスは自分の子孫と言ってもいい。
本来ならミシェルの愛を譲るべきなのだろう。
否、愛とは戦いでもあり、そこに血筋は無関係。
リアが待った時間に比べれば、アリスの想いなど些細な問題であった。
「そうだよねっ。アリスちゃんにはバラが一番だもんねっ。でも──このバラの匂い、どこかで嗅いだ気が……」
「バラなんて世界中にあるのよ? 誰だって嗅いだことくらいありますわ」
リアの直感に引っかかるも、アリスは全く気にしていない。メモに書いてある配達場所へと急ぐのみ。複雑な小道を迷わず進み、たどり着いたのは地味な家。
特に目立った装飾はない。
住んでいるのは、どのような人だろう。
緊張しながら、アリスは木製のトビラをノックした。
「A&Mヴィーナですわ。お届けに伺いました」
アリスの声に反応し、トビラがゆっくり開く。暗がりから姿を現した人物に、アリスのつぶらな瞳が大きくなる。
なぜここにその男がいるのか。
ありえない、幻想でも見ていると思うほど。
脳が情報を処理しきれず、たったひと言だけ放った。




