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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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家出というなの駆け落ちかもしれない

 城から持ち出したのはありったけの路銀だけ。急いだ理由は一刻も早く城から脱出したかったから。帝都に別れを告げ、目指す目的地は中立都市セラム。ミシェルが先頭に立ち整備された道を突き進む。

 太陽が強く光り輝き地面を熱する。

 たった数歩の距離を移動するだけで、全身から汗が吹き出す。

 温度管理された城内とは違い、灼熱地獄が精神力を削ってきた。

「暑い、暑いわよ、ミシェル。このままだと溶けてしまいそう。ですから、わたくしがミシェルを冷やしてあげますわ」

「……あの、アリス皇女。こう抱きつかれては、余計に暑くなるかと。僕が一度城へ戻り日傘をお持ちします」

 暑さにも寒さにもミシェルは強い耐性を持つ。

 アリスの圧力に負けるも顔に変化は全くない。

 だが沈着冷静なミシェルの態度に、アリスの瞳から光が失われる。心は漆黒に染まり闇堕ち一歩手前。遠くを見つめる視線がどこか痛々しかった。

「ミシェルはわたくしから離れたいのね。だってそうよね、千年にひとりの才能を持ってるから邪魔なのね。帝国随一の剣の使い手。しかも家事全般が得意な上に頭脳明晰ですもの。こんなめんどくさい女と一緒にいたくないですわよね?」

「そ、そんなことないでよ。アリス皇女が暑いかと思いまして……」

「そうですよね、わたくしは暑苦しい女ですよね。ごめんなさい、ミシェルの喜ぶ顔が見たかっただけですのに」

 状況が悪化し慌てふためくミシェル。

 闇を照らす光がないか探し始める。

 フル回転させた思考はオーバーヒート寸前。

 頭から煙が立ちのぼる中、咄嗟に浮かんだ言葉を口にした。

「僕にはアリス皇女が必要なのです。本当の僕を引き出せるのはアリス皇女だけですし」

「もぅ、ミシェルったら。いくら本当のことでも恥ずかしすぎますわ」

 一瞬だった。アリスの表情は黒から赤へと早変わり。瞳は輝きを取り戻し抜けた魂が肉体へ無事に帰還。見事な復活を成し遂げた。

「ではセラムに向かいましょうか」

「ええ、そうですわね。それと、ミシェルにくっついたまま歩いてもよろしくて?」

 アリスから伝わる無言の圧力。強制的に選択肢をひとつにしてしまう。寒さに強いミシェルの背筋すら凍結させる。周囲の気温は極限まで低下。ミシェルを極寒の地へと誘った。

 灼熱地獄は跡形もなく消え去る。

 恐怖でない別の感情が全身を支配した。

「もちろんです、アリス皇女。僕は暑さに強いですから」

「さすがね、ミシェル。わたくしのワガママを聞いてくれてありがと」

 満面の笑みは上機嫌な証拠。ひとまずアリスが闇堕ちせずに済みミシェルはひと安心。セラムへ向けて出発する。

 帝都からセラムまでは歩くと数時間ほどで着く。近いようで遠い距離。しかし徒歩で移動する者はゼロに近い。

 多くの者が利用する移動手段はマナカーという乗り物。魔法力をエネルギーに変換して動かす。快適な乗り心地に加え徒歩の数十倍の速さだった。

 永遠と続く灼熱地獄の大地。歩く者の精神力を容赦なく削り取る。とはいえ、時間的にセラムへ到着してもおかしくはない。それどころか、周囲は長閑な田園風景が広がっていた。

「それにしましても、セラムの街が全く見えませんわね」

「時間的に街が見えてもいいはずなんですが」

「ねぇ、ミシェル。もしかしまして、また道に迷った、なんてことはありませんよね?」

 鋭いツッコミがアリスから飛んでくる。

 ミシェルの方向音痴──いや、ポンコツぶりは今回が初めてではない。城内で迷子になるのは日常茶飯事。何もない平坦な通路で転んだり、風呂場にお湯ではなく水をはったりと。数えればキリがないほど。

 普通ならクビになってもおかしくないレベル。

 だがアリスは一度たりとも不快に思った事はない。

 むしろ従者のミシェルをサポートをするほど。

 ポンコツなところも魅力のひとつ。それがアリスの考えであった。

「アリス皇女、それでは僕がポンコツみたいじゃないですか」

「今のミシェルはポンコツですわ。でもそこが可愛いことですけどね」

 上目遣いは抜群の破壊力。誰しもが抗えない魔法のはず。それなのにミシェルは動揺の片鱗すら見せない。まるで言葉すら届いていないように。

 ただひたすら歩き続ける。

 感情は道と同じく平坦なまま。

 アリスの指摘にも冷静な返しをした。

「忘れてました。確かにアリス皇女の仰る通りでしたね」

「どれ、わたくしに地図を見せてくださいまし」

「御意。この地図通りに道を進んでたはずなんですが……」

「あのね、ミシェル。この地図、逆さまに見てませんか?」

 ミシェルの歩みを止めるアリスのひと言。視線を下げた先には、上下逆となっている文字が映り込む。首を傾げ不思議そうな顔でアリスに語りかけた。

「これって、新種の言語ではなかったのですね」

「なるほど、逆さ文字を新しい言語と勘違いですか。発想力が素晴らしすぎますわ」

 褒めるアリスの瞳は真剣そのもの。愛らしい視線をミシェルに向ける。全身から眩い光を放ち、まるで女神のような神々しさ。皇族としての品位も加わり、華やかさがより一層際立った。

「それにしましても、わたくしと一緒にいたかったのね。ミシェルったら可愛いですこと。あとはわたくしにお任せあれ」

 地図をミシェルから貰い受けるアリス。まずは自分達が今いる場所を確かめる。聡明な思考回路ですぐに特定。進行方向を真逆に変更し、正しい道へと軌道修正した。

 見覚えのある風景を横切り、未知の土地へたどり着いたのは数時間後。日も傾きかけ野宿という魔物が忍び寄ってくる。回避不可能かと思いきや、遠くに街の灯りが瞳に映り込んだ。

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