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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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18/50

ミシェルとリアの因縁はいつからか

「なるほど。サンクチュエールはあの辺りにあるのか」

 時間にして刹那。精霊族が住む場所を突き止める。一瞬だけ笑うと、月桂樹の枝まで飛び上がった。

 その高さおよそ7メートル。何事もなかったかのように飛び乗り、休む間もなく次々と枝から枝へと移動する。目的地が明らかになり、飛び移るスピードは残光が見えるほど。わずか数十分でサンクチュエールがミシェルの瞳に映りこんだ。

「これは凄いな……。このような未開の地で、ここまで文明が進化しているとは」

 月桂樹の森が途切れ、目の前には大都市が広がる。常闇の国とは違い、都市全体が金烏に照らされ身光を放つ。まるでひとつの巨大な生物のようであった。

 いくつもの高い建物が神秘的な模様を描く。

 全てが計算で造られた新しい世界。

 整備された道路や、初めて見る乗り物に高度な技術力を感じる。

 新鮮な感情が沸き上がり、ミシェルは大都市へ導かれるように踏み入った。

「街中から魔力を感じるな。精霊族のポテンシャルか。いや違うな、この力は……」

 地面に手を当てるミシェル。暖かさとともに、密度の濃い魔力が伝わってくる。まるで胎動しているかのよう。都市全体がひとつの生命体と勘違いするほどであった。

「アナタ、見ない顔ね。いったい誰なのかな?」

「王女様、危険です。下がってください」

「危険? 精霊の中でも秀でた力を持つ私が、侵入者ごときに遅れは取らないから」

 見上げた先にいたひとりの少女。その瞳はミシェルを固まらせるくらい美しい。月痕が円月へと変化し、心の隙間を埋めてきた。

 不思議な感覚──神々しさに胸の奥が揺さぶられる。

 熾光に包まれる姿からは、神聖な雰囲気が溢れ出ていた。

「俺はミシェル。常闇の王でありヴァンパイアだ」

「そう、ヴァンパイアとは珍しいね。私はユリア、このサンクチュエールの王女だよ」

 絶大なる力を持つミシェルに、ユリアは余裕の笑みで応じる。

 肌に伝わるのは強者の証。ミシェルの瞳はユリアしか映っていなかった。


「思い出しました。その瞳、今から千年くらい前に出会った、ユリア王女とそっくりです」

「ようやく思い出しましたか、ミシェルさん」

「ち、ちょっと待ってください。確かに瞳の光は似てますけど。でもユリア王女は千年前に……」

 混乱の谷へと落ちるミシェル。蘇った記憶と現実が紐づかない。思考は暗闇に染まり、完全に活動を停止してしまう。

 ユリアはこの世界にもはや存在しない。

 知っているのは結果と最後の言葉。

 鮮明に頭の中で再現された。

「そうだよ。だから私はミシェルさんを探し、そしてたどり着けたの。でもまさか、血の契約が終わってることには驚いたけどね」

 ユリアとリアの姿が重なって見える。脳が処理しきれず、ひたすらエラーを吐き続けた。言葉は理解できるも、その意味までは分からない。リアが何を言いたいのか。ミシェルには想像すらつかなかった。

「あの、血の契約って……」

「だーめっ。教えてあげないよっ。んー、それじゃ、キスしてくれたら、考えてあげる」

 冗談か本気なのか、リアの本心が見えてこない。

 目を瞑っただけで、妖艶さがより一層に増す。

 ミシェルの心をかき乱し、鼓動が激しくなる。頭の中は白一色に染まった。目の前にあるリアの柔らかそうな唇。導かれるように吸い寄せられてしまった。

「ミシェルー、何をしようとしてるのかしら?」

 唇が接触するまで数センチ。タイミングがいいのか、悪いのか。羞恥心の檻をこじ開けたアリスが、ふたりの間に割って入る。天使の微笑みを浮かべるも、全身からは漆黒の瘴気が漂う。

 異様な威圧感に震駭するミシェル。

 リアの魔法は一瞬で解ける。

 血の気が引き、顔色は青白くなっていた。

「アリス様!? え、えっと、これには深い理由がありまして──」

「そうなんだよ。ごめんね、アリスちゃん。私とミシェルさんは、海よりもふかーい絆で結ばれてるの」

 ミシェルの弁解を阻止するリア。それどころか火に油を注ぐ始末。まるで自ら煽っているようにも見え、アリスの心は猛火の如く燃え上がった。

「抜け駆けするとは、やはり悪女ですわね。ミシェルの言葉を信じてた、わたくしがバカみたいね。どうせ、魅力の欠片すらないと思っているのでしょ?」

 怒りはリアへと向けられるも、燃えさかった炎はすぐに鎮火。残炎すらなく、アリスの心は曇天となり土砂降りの雨が降る。

 愛しい気持ちは切なさに変わり増大。溜まった雨水が洪水を引き起こし、つぶらな瞳から溢れ出した。

「お、落ち着いてください、アリス様。僕は約束を破りませんから」

「本当に……?」

 初めて見るアリスのしおらしさは、ミシェルの心臓を見事撃ち抜く。隠れていた罪悪感が実体化し、ミシェルに憂悶を刻みつける。


 今のアリスからは覇気が出ていない。

 弱りきった主人を助けるのも従者の役目。

 ミシェルは元のアリスに戻そうと勇気を出した。


「本当ですよ、アリス様。僕はアナタの従者ですから。なんでも命じてください」

 星火のような暖かい言葉。アリスの深奥に染み込み、冷えきった心に熱を与える。洪水は収まり、アリスから悲しみを消し去った。

 涙を拭うアリス。

 その口元は笑みを浮かべていた。

「そこまで言うのなら、信じますわ。ですが、悪女リアには注意が必要ですわね」

 流し目でアリスはリアを牽制する。

 抜け駆けが阻止され落ち込むと思いきや、妖艶な眼差しを向け挑発を上書き。今はこれでいい──焦らず攻めれば必ず落城すると、リアは結論を出した。

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