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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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16/50

仕事は順調なようで波乱が隣で様子を見ている

「ごめんください、依頼をしたいのだが」

 凍てついた空気を破壊する訪問者。救いの手が差し伸ばされ、ミシェルの心に天光が降り注ぐ。冷えきった室内は閃火で暖められた。

「は、はい。ちょうど店を開けたとこです」

「それはよかった。評判を聞いて依頼したいことがあるんだよ」

 整った身なりは紳士の身だしなみ。礼儀正しく、ミシェルに深々とお辞儀をした。

「喜んで引き受けます。アリス様、問題ありませんよね?」

「もちろんですわ。では、依頼の内容を伺ってもよろしいかしら?」

 満面の営業スマイルで受け答えするアリス。リアとの戦いはひとまず保留とし、仕事に集中しようとしていた。

「ええ。グリトニア王国の王都エルドラに荷物を運んで貰いたいのだよ。もちろんお代ははずむからね」

「どのような荷物を運べばよろしいのでしょう?」

「運ぶのはバラなんだがね。フラワーブティックで頼んであるので、受け取って届け先に渡してくれればいい。詳しい場所とかはこのメモに書いてあるからの」

 グリトニアと聞いてアリスの全身に悪寒が走る。メモを受け取る手が震え、脳裏にあのサイエン王子の姿が浮かんだ。

 絶対に遭遇したくない相手。

 もし偶然でも見かけたら──考えただけで鳥肌が立った。

「わかりましたわ。この依頼、お受けしますね」

「ありがとう。さすが噂に名高いA&Mヴィーナですな」

 妖光な笑みを浮かべ、紳士は大量の路銀が入った袋をテーブルに置く。重く鈍い音はミシェルたちの注目を集める。いったい、どれほどの大金なのだろうか。紳士の雇い主が何者か気になるも、一切の追求をしなかった。

 よほど怪しければ別だが、今回の依頼主は信用できそう。

 心のノイズが多少気になるも、アリスは袋を手に取った。

 王都エルドラへ向けて出発するミシェルたち。その距離は徒歩では数日以上もかかってしまう。そこで今回は機巧技術で造られたオートレインを使用。目的地まで快適な移動が可能となる。

 乗り心地は最高。

 問題は座る場所だけ。

 どっちがミシェルの隣に座るか。アリスとリアで狂熱の戦いが始まった。

「あのー、ミシェルさんの隣は私の席なんだけどー?」

「何を寝ぼけていますの? ミシェルはわたくしの従者。ですから、わたくしの隣こそミシェルが座る場所でしょう」

 互いの主張がぶつかり、灼熱地獄を生み出す。猛炎が周囲の気温を上昇させた。出日和だったはずが、一瞬で修羅場へと変えてしまう。

 悄然と立ち竦むミシェル。

 止める術が全く思いつかない。

 ふたりの戦いを黙って見守るのが精一杯だった。

「従者ならさー、隣じゃなくて、向かい側が普通でしょー?」

「なんでそうなるのですよ。常に近くにいるのが従者の役目ですわ」

「あらあら、アリスちゃんは何か勘違いしてるね。従者たる者、主と同列なんてありえないよ」

 マウントを取ったのはリア。勝ち誇った顔をアリスに向ける。これでミシェルの隣は頂いた──心の中で高らかな勝利宣言を上げた。

「甘い、甘いですわ、悪女リア。主は常に従者の目線を意識しなければならないのよ」

 簡単には屈しないのがアリスという存在。瞬時に思考を張り巡らせ、すぐさまリアへ反撃の狼煙を上げた。

「で、す、か、ら、ミシェルの隣はわたくしの特等席に決まってますもの」

「そんなの横暴だよ。だったらさ、私とミシェルさんは、アリスちゃんの下で働いてるんだから、同じ目線でいないとダメじゃない!」

 繰り広げられる論戦。互いの喉元に刃を突きつけるも、一歩も引く気配がない。ここで折れたら負けが確定する──ミシェルの愛を勝ち取るため、戦い抜こうとしていた。

 膠着状態はしばらく続く。次なる一手を切り出せず、虚しく時間が過ぎていくだけ。互いの体から放たれる重圧は周囲の景色を一変。灼熱地獄から氷の世界へと変えてしまった。

「アリス様、リアさん、そろそろ出発しませんと──」

「この戦いは譲れませんの。まさかミシェルは、わたくしより悪女リアの方がいいと思ってますの?」

「えっとそれはですね……」

「いいのですよ。どうせわたくしなんて、都合のいい女としか思ってないんでしょう。ですけど、ミシェルが幸せなら、わたくしは──って、やっぱり耐えられませんわ」

 突如泣き崩れるアリスに、ミシェルは狼狽えるばかり。だがこの絶望的状況から脱出しなければ、待ち受ける未来は仕事の失敗しかない。

 ダメだ、それだけは絶対に回避する必要がある。

 ミシェルはこの究極の難問に対し、答えを出さなければなかった。

「安心してください、アリス様。何があっても、僕は見捨てたりしませんから」

「本当……かしら?」

「はい、本当です。僕がウソをつくと思いますか?」

 その瞳は玉輪から放たれた玲瓏そのもの。

 ミシェルの心に邪念を感じない。

 純粋な本音が自然と外へと漏れた。

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