動き始める計画
「そんなことはないさ。アリス様がいなければ、この仕事は失敗していた。俺はアリス様なしでは存在できないんだ」
仕事のためなのか、力を取り戻すためなのか、それとも心が動いたからなのか。分からない、頭の中に過ぎる愛という言葉。この心地よい感情がそれなのか。まだ答えにはたどり着けない。
早く知りたい気持ちはある。
だが焦ってはいない。
近くない遠い未来にたどり着ければいい。ミシェルはそう思っていた。
「ミシェルさーん、私は? 私は必要じゃないのっ!」
せっかく会えたミシェルを渡さまいと必死だった。
ここで手を離せば二度と会えなくなる。悠久の時間を渡り歩き、ようやく手に入れたのだ。そう簡単には手放したくなかった。
胸が張り裂けるほどの苦しさ。
愛は奪い取るもの。
あの時もそうだったのだから。
「リアさんは……必要というよりも、懐かしさを感じる。一緒にいると心が穏やかになるとでも言うか」
「それってもしかして──遠回しに結婚を申し込んでるのねっ」
拡大解釈で喜ぶリア。玲瓏の瞳が全てを物語る。頭の中では盛大な結婚式が開催され、流星痕の余韻に浸ってしまう。
日取りはいつにしたらよいか。
場所は月宮のような神聖ところがいい。
膨らんだ妄想は止まる事を知らなかった。
「やはり、わたくしは血だけの存在ってことなのね」
「ち、違いますから。僕にとってアリス様は──って、時間切れみたいですね」
「何が違うと言うのかしら? 時間切れでもいい。その続きを聞かせてちょうだい」
元のポンコツに戻るも膨らんだ感情は戻らず。ふたりから放たれる暁闇の視線は、ミシェルを崖っぷちへと追い込む。
何を選択しても未来が決まっている。ウソで誤魔化すのは罪悪感に押し潰されそう。ありのまま──純粋な今の気持ちを伝えるのが一番だとミシェルは思った。
「わかりません。そもそも僕は真の愛が何かすら知りませんから。ですから、その答えが出るまで待ってくれませんか?」
瞳はふたりを映し、誠実な声だった。数千年の時を生きていようとも、ウソだけはついた事がない。だからこそ、中途半端なままで解を出すのに抵抗があった。
アリスの気持ちはもちろん、リアの想いも正確に把握している。ただ自らの気持ちが愛なのか不明なだけ。ミシェルは黯淡の世界で瑞光を探し続けた。
「そう、ミシェルがそういうのなら、わたくしは待つわ。でも、これだけは断言できますの。ミシェルはわたくしを選ぶと」
「これ以上、ミシェルさんを困らせても仕方ないかな。私にはたっぷりと時間があるし、答えが出るまで待つよ」
ふたりの瞳は煌めきを取り戻す。今の間は休戦──ひとまず初仕事の報告へと、中立都市セラムに向かい歩き始める。ミシェルの両腕にしがみつきながら。
憎しみは永遠に消えない。愛する者を奪われただけでなく、歴史さえも改変された。ウソで固められた現実を破壊し、愛する者を奪い返す。そのためなら、悪魔にだって魂を売る。
あの女のせいで心は黒月となった。
閃光すら輝きを放てない。
そう、これは復讐。あの女が築き上げた全てを無に返す。最後に笑うのは妾と愛しい者で十分。たとえその世界が虚無であろうとも。
「あらまぁ、せっかく魔獣王を復活させたのに、妾を陥れたあの女を始末できませんでしたか。でも、あの頃のミシェル王の姿が見られたから、よしとしましょう」
水晶を覗く謎の女性。仮面をつけ、見えるのは口元だけ。不気味さがより一層増し、漆黒のローブが妖光を放っていた。
「やっと見つけたぞ、マジョリーニ・カーリア。俺様の相談に乗って欲しいんだが」
「これはこれは、サイエン王子じゃない。カーリアでいいわよ。それにしても、そんなに慌ててどうしたの?」
グリトニア王国の王都エルドラ。城内の一室は魔窟に似た雰囲気が漂う。怨念という常闇に縛られ、入る者の心を呂色に染める。覚悟がなければ入室さえ困難であった。
「どうか俺様に名案を授けてくれよ。グリトニアの軍事力をここまで発展させたカーリアなら、きっと俺様の助けにもなってくれるはずだろ?」
「一応、言っとくけど、妾は宮廷魔術師よ? まぁ、この際どうでもいいか。それで、まず何があったのか教えてくれる?」
人心を惑わす魔性の声。心臓を鷲掴みにされ、サイエンの鼓動は激しくなる。冷静さすら奪われ、相談内容を忘れる本末転倒ぶり。
人が決して踏み込んではいけない領域。
聖域とは真逆で極夜の世界が広がる。
正気を保つのも精一杯だった。
だがそれでも、サイエンは口を開くため必死に喉を鳴らした。
「え、えっと……。そうだっ、俺様はアリスと婚約したいんだ。何か手はないのか?」
「アリス……? ジュルニア帝国の第一皇女の?」
「そのアリスだ。俺様はどうしても手に入れたい。そのためなら手段など選ばん」
サイエンの必死さにカーリアは悩んだ。この機会を利用てきないか。水鏡のように心を落ち着かせ、最善策は何かと思考の深部まで使う。
瞑目し名案をいくつも浮かび上がらせる。
単純な方法ではダメ。
策をいくつも掛け合わせるのがベスト。
カーリアは思考の最奥から帰還した。




