ゴルゴ平原の悲劇
「ゴルゴ平原はね、純度の高い魔石が取れるんだよ。セラムでも売れるけど、ジュルニア帝国なら高値がつくんだ」
「ジュルニア帝国は魔道兵器が主流ですからね。どうしても魔石が必要となりますの」
「今じゃ旧時代の兵器って話だけど。それに比べてグリトニア王国なんかは、機巧技術で自然災害をコントロール出来るとか」
「悔しいてすけど事実ですわ。軍事面ではグリトニア王国に勝てませんから」
アリスの声は少し暗かった。白光は常闇に取り込まれ、心の奥から悔しさが滲み出る。婚約を無下に断った──それが引き金となり、戦争へと発展する。
感情だけでの行動は迂闊だった。
後悔の念がアリスの中に突如として湧き上がった。
「顔色が悪いようですが、アリス様、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫……大丈夫よ、ミシェル。それよりも、今は仕事に専念しませんと」
簡単には気持ちを切り替えられない。だがミシェルに心配をかけるのは以ての外。深淵に沈んだ清光を引きずり出し、アリスは無理矢理にでも平静を保とうとしていた。
ゴルゴ平原──広大な大地は地平線が見えるほど。緑の絨毯に分厚い灰色の絶壁。小さな森が点在し、清々しい青空は心の穢れを癒してくれた。
「結構な距離を歩きましたね。アリス様、疲れていませんか?」
「わたくしは平気──」
途中で言葉を呑み込むアリス。聡明な思考が待ったをかける。城内で鍛え上げられた肉体は疲れ知らず。だが、これは絶好のチャンスと言ってもいい。
憧れであるお姫様抱っこ。
今なら自然な流れで目的を達成できる。
アリスは高らかに勝利宣言をかかげた。
「──ではありません。わたくし、疲れてもう足が動きませんの」
前触れなくアリスは不自然に地面へ倒れ込んだ。
「アリス様、僕が背負いますよ」
「実はですね、トラウマが原因で背負われるのは無理なのですわ」
「そういう理由では仕方ありません。僭越ながらお姫様抱っこをさせていただきます」
完全にアリスのペース。愛しき者に抱きかかえられるなど夢のよう。舞い上がった気持ちは天井知らず。思わず本音が漏れそうなほど嬉しかった。
「ちょっと待って。これから魔獣退治するのに、この程度で疲れてたら話にならないよ? むしろ足を引っ張るだけだから、ひとり寂しく帰った方がいいんじゃなーい?」
怪しいと感じ取ったリアのツッコミ。冷ややかな視線をアリスへと向ける。完全に疑っているようであった。
今ならアリスの信用を奪える。
ミシェルさえ奪い返せれば、残る問題は契約のみ。
いや、今は余計な思考は捨て去らなければ。
リアは全身全霊を注ぎ、アリスの足元を崩そうとしていた。
「そうですよね。このままではアリス様は戦えませんから。僕が送っていきますね」
「えっ、あ、あれ? それじゃ魔獣退治はどうするのっ!」
「アリス様を送ったら僕が戻ってきます。ですから、その間はリアさん、お願いします」
「ミシェル、アナタだけ残っても意味がないわ。ここは悪女に任せましょう」
話の流れがリアの計画から大きく外れる。まさかの事態に頭の中は白一色に染る。どこで道を間違えたのか。精神状態は極夜に陥ってしまった。
「お願いだから、待って。こんなか弱い乙女をひとり残すつもりなのっ!?」
「大丈夫、お得意の精霊魔法があるのでしょ? さっ、ミシェル、いきますわよ」
リアひとりを残し、アリスはミシェルに抱えられ、その場から去っていった。
完全勝利の余韻に浸り、心の中は満開の華が咲き誇る。しかも依頼まで片付けられる一石二鳥ぶり。アリスはミシェルの腕の中で微笑みを浮かべた。
「ねぇ、ミシェル。質問していいかしら?」
「はい。でも多分、僕が考えてることと同じだと思います」
「以心伝心で嬉しいわ。それにしましても、ゴルゴ平原を抜けるのに時間かかりますね」
そこまで奥には行っていないはず。だが数十分という時間をかけても、未だにゴルゴ平原から出ていない。
考えられる理由はひとつ。
言葉にせずとも答えにたどり着けた。
「わざと迷うだなんて。それほどまでに、わたくしと一緒にいたいのですね」
「わざとではないんですが……」
ここに来てのポンコツ発動。迷う要素の欠片すらないはずが、ミシェルの才能は全てを凌駕する。ある意味逸材。誰もこの歩みを止められなかった。
あてもなく歩き続けること十数分。背後から悲鳴と足音が聞こえてくる。どことなく聞き覚えのある声。ミシェルは妖星を感じ取り振り返った。




