第20話「Our Love,Our Magic」⑥
「はー、疲れた……」
俺は一人、そう呟く。演奏を終えた俺は落ち着くがてら、裏口から外へ出てベンチで休んでいた。なんとなく、まだ皆と顔を合わせるのは気が引けた。
……さっきスタッフに、めちゃくちゃ怒られたし……。
まあ、当たり前だよな。事前に申請してなくてプログラムに書いていない曲を、勝手に弾き始めたんだから。
でも最終的には、いい曲でしたって言ってくれたから、まあいいか。
「いいわけないだろ」
「うわっ!?」
横から突然声が聞こえ、俺は思わず反対方向にのけ反る。声の主をマジマジと見ると、その人物は八遠だった。
「な、何だ、八遠か……」
「何だとは何だ。せっかく俺がお前を探していたというのに」
「……探してたのか……?」
俺が首を傾げると、八遠は遠慮なく俺の隣に座ってから、俺のことをギロリと睨む。
「言っておくが、俺一人だ」
「あ、ど、どうも……」
俺がそう言うと、八遠も黙った。もちろん俺は話すことなどなく、その静寂に戸惑う。……え、これ、どうすればいいんだ……?
俺が思わず縮こまっていると、彼はようやく口を開いた。
「……仕方ないから、認めてやる」
「……え? 何を?」
「Meisterと、付き合うことだ」
八遠は真面目な顔でそう言う。それに対し、俺は思わずこう返した。
「……いや……別に……お前に許可をもらうようなことじゃない気がするんだが……」
「〜〜〜〜っ!! せっかく人が譲歩してやっているというのに!! 恥を知れ!! 森千秋!!」
俺はその言葉に目を見開く。森千秋、と、呼ばれた。今までは、森下秋と呼ばれていたのに。
「……お前、素直じゃないな……」
「俺はいつだって自分の信条のもとに生きている」
「ああ……そうだな……」
そういうことじゃないんだが、と思いつつ俺は小さく笑う。
「……まあ、いいや。ありがとな」
「何だ森千秋。気持ち悪いぞ」
「人が素直に礼言ってるんだから、お前こそ恥を知れ」
俺がそう軽口を叩くと、八遠がふと呟いた。
「……お前……Meisterと付き合って、平気なのか?」
「? 何が?」
「……だって、Meister、面倒だろ」
俺はその言葉にキョトンとなる。何だか、八遠の口からあまり聞き慣れない言葉のような気がした。
「面倒?」
「……俺は、一人の音楽家として彼のことを尊敬しているが……恋人にするなんて絶対にごめんだ。面倒だろ。あの人」
「……いや、否定はしねぇけど……」
「しないのかよ」
「お前が言い出したんだろ」
面倒……面倒か……確かに面倒だけど……。
「……すぐにウジウジしやがるしな」
「しかもあの人、結構嫉妬深いし」
「肝心なところで全部転ぶ」
「落ち込んだり怒ったら手が付けられない」
八遠と交互に、善の悪口を言っていく。最終的に、二人で思いっきり笑ってしまった。
「……お前、そこまでわかってるのに、本当にMeisterと付き合う気なのか?」
「ああ」
俺は迷わずに頷く。
「やっぱり、好きだから」
そんな面倒なところでさえ、愛してしまうほど。
「……ふーん、わかんねぇな……」
八遠はぼやくようにそう呟き、俺の方を見る。
「まあ、Meisterの隣に並ぶんだから、それ相応の人間であることだな。少しでも似つかわしくないところがあるなら、即刻!! 切り捨てる!!」
「お前は武士か」
俺がそうツッコむと、八遠はふと小声で言った。
「……あの人は、お前じゃなきゃ駄目なんだ。……あの人を、よろしく頼む」
俺がその横顔を見つめると、八遠は真面目な顔をしていた。こうしていると、コイツも顔がいいんだな、と場違いなことを思う。
「……ああ」
俺は頷いた。俺の返答に、八遠はふん、と息を吐き出す。そしてゆっくり立ち上がった。
「……Meisterも他の奴らも、ホールの方にいる。頃合いを見て来たらどうだ」
「そうだな……そろそろ行くか」
俺も八遠に続いて立ち上がる。八遠と一緒に行ったら、善が文字通り面倒な反応しそうだな、なんて思いながら。
そしてホールに向かうと、八遠の言う通り皆いた。その真ん中にいた、善が顔を上げる。
「あ、千秋。おかえり……」
そこまで言ってから、善の視線が八遠を捉えた。
「……何で二人が一緒に?」
「さっきそこで会った」
「だけです。Meisterにとって卑しいことなど一つもございません」
八遠がそう言って笑う。清々しいやつだなコイツ。
善は半分納得していないようだったが、改めて俺の方を見て言う。
「……おつかれ、千秋」
「……うん、ありがとう」
「まさか本当に即興演奏しちゃうとは思ってなかったよ〜」
「あっ、そうそうあの演奏!! めっちゃ良かったよ〜、千秋!!」
「そうね。私、少し泣いちゃったわ」
善の言葉に、和奏とキャンディがそう続ける。その感想を嬉しく思いつつも、俺は苦笑いを浮かべた。
「ま、スタッフに怒られたけどな」
「あ、やっぱ?」
「……でもいい曲だったって、言ってくれた」
俺がそう言うと、善はそっか、と呟く。
「……ねぇ、千秋……俺の勘違いだったら、それはそれで全然いいんだけど……」
「……うん」
「……あのステージって、千秋以外誰もいなかった、よね……?」
どこか気遣うような、そんな口調に、俺は目を閉じた。
「……さあ、どうだか」
「えっ、その言葉だと……えっ、俺が見たのって幻覚じゃないの!? じゃあ何だったのあれ!?」
「うるせぇな叫ぶなよ……」
俺は思わず耳をふさぐ。耳に響くなコイツの声……。
「で、千秋、本当はどうなの……?」
「……」
俺は少し返答に迷ってから、言った。
「……夢とか、幻覚じゃ、ねぇよ」
確かに、実際に、そこにいた。
俺は自分の手を見つめる。ここにいたんだ。ここで掴めたんだ。
「それにきっと、見えないだけですぐ近くにある」
そう、それはまるで。
音楽のような。
「……え〜、はぐらかされた気分……」
「俺は事実を言っただけだ」
文句言うなよ、と言うと、まあいっか。と善は笑った。
「千秋」
すると後ろから声がし、俺は振り返る。そこには父さんがいた。そこから更に後ろには母さんと春万もいて、何故か阿妻と吉柳と話していた。
「父さん。……もう帰るのか?」
「ああ。……しかしその前に」
コホン、と父さんは咳払いをしてから口を開く。
「……やはり即興演奏ということだけあって荒削りだと思ったのが初手の印象だ。迷走に迷走を重ねていて、こちらもどういう心構えで聴けばいいかわからない。聴衆を置いていくなと昔に言っただろう。あとは技術面の話だが、二曲目は指の空回りが目立ったな。その後上手く誤魔化していたが……魔法使いの弟子も……」
「ちょっ、わ、わかってんだよそんなこと!! 今は余韻に浸らせてくれよ!!」
俺は言葉を打ち切るようにそう叫ぶ。微妙に俺の痛いところを突いてくる。流石父さん、ブランクがあっても着眼点は見事なんだが……でも今は勘弁してほしい。別の意味で耳が痛い。
「……まあ俺も長い間やっていなかったし、あまり大きなことは言えないが」
「充分言っただろ……」
「……良くやったな」
そして父さんの大きな手が、俺の頭に乗せられる。そのまま、ポンポン、と撫でられた。ああ、褒められているのか、と思う。
「お前の感情がこもった、いい曲だった」
「……ありがとう」
俺はそう素直に微笑む。父さんからの、最上級の褒め言葉をもらった。……ああ、嬉しい。
父さんは俺の頭を撫でるのが恥ずかしくなったのか、黙って俺の頭から手を離す。そして善の方を見た。
「……フロライトさん。……じゃなく、香光くん。息子を……よろしく頼む」
「あ、はい」
善はそう返事をして頷く。父さんも小さく微笑んで、母さんと春万の方へ去って行った。父さんを目にし、吉柳がまた顔を輝かせている。今日だけであの顔、何回見たのだろう。
「おお、アキにゼン。ようやく空いたんだな」
「あ、師匠」
善がそう声を上げる。そこには相変わらずのショタジジイこと勇林と、シスコンことハルネスが立っていた。しかし勇林がハルネスを前に素を隠す様子はない。どうやら勇林はハルネスに、自身に前世の記憶があることを伝えたらしいのだった。
「すっかり人気者になってしまったな、アキ」
「……どーも。っていうかアンタら、オーストリアいるんじゃなかったのか」
「折角の弟子の晴れ舞台だ。観に来ないわけがないだろう?」
そう言って勇林がドヤ顔でチケットを見せてくる。後ろでハルネスは肩をすくめており、彼はただ勇林に付いて来ただけっぽい。
「演奏、とても良かった。特に最後の曲など……いつの間にこんなに成長したのだと、感じてしまうほどだった」
「……ありがとう」
「ただ改善点は両手で数え切れないほどある。私が帰ったら、ビシバシ指導してやるからな」
「……はは……お手柔らかに……」
俺はそう苦笑いを返す。が、もうこうなってしまったらお手柔らかに済まないことは決まっていた。
「では、あまり引き止めすぎても申し訳ないからな。私たちはそろそろ行くとしよう。……日本には一週間の滞在期間を設けている。もし何かあったら連絡するといい」
「わかった」
勇林は俺の返事を聞くと、踵を返して去って行く。ハルネスも軽く俺たちに頭を下げ、彼に付いて行った。……なんか、すっかり勇林の召使いみたいになってるな、アイツは……。




