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第20話「Our Love,Our Magic」④

 控え室に向かうと、既に見知った顔がそこにはいた。


「吉柳。阿妻」


 俺がそう言うと、二人は顔を上げた。

 吉柳海に、阿妻息吹。相変わらず仲のいい二人が、仲良さげに立っていた。凛々しく堂々と立ち、華やいで見える。


「森千秋さん。遅かったですわね」

「もう少し早く来るもんだと踏んでたが」

「……善が遅れてきたからな」

「だからあれほど待ち合わせはやめた方がいいと言いましたのに」

「……結果間に合ってるから、いいだろ」


 クスクスと笑う阿妻に、俺はそう答えた。でも確かに、次はもう待ち合わせしない。遅れられたら困るからな。


「それで……森千秋」

「? ……何だよ」


 吉柳はソワソワとしており、そして待ち切れない、とでも言うように俺に身を乗り出して言った。


「あの、一冬さん、来てるか!?」

「……ああ……」


 そういえば吉柳は父さんに憧れてたな、と思いながら、俺は来てるよ、と答えた。すると吉柳はわかりやすく顔を輝かせ、俺急用!! と言って走り去ってしまった。俺と阿妻は、何も言わずにそれを見送る。


「……なんか、相変わらずだな……お前の言ってた通り……」

「ええ。……彼は、そういう人なんです」


 阿妻はそう言って微笑む。もう見えないその背中に、焦がれるように。


 阿妻はあの後、吉柳に全てを話したらしい。自分には前世の記憶があるということ。ピアノの能力を持っていること。そして戦争を止めるため、吉柳を故意に眠らせたこと……その全てを。

 しかし吉柳は、特に何も気にする様子はなく、それをあっさり受け入れたようだ。


 まあ何があっても、今のお前は今のお前だろ。


 その言葉に阿妻は、救われたみたいだ。


「変わらずあの人は、私を『阿妻息吹』として見てくれる……もちろん、貴方のことも」

「ああ。……そうだな」


 で、と俺は呟く。


「告白したのか?」

「…………………………」


 阿妻は黙る。まさか聞こえてなかったわけではないだろう。と思っていると、阿妻は言った。


「……片思い拗らせていた貴方に言われたくありませんわ」

「いや、俺よりお前の方が拗らせてるだろ。俺はちゃんと告白したぞ」

「……うるさいですわね」


 阿妻はそう言ってそっぽを向いた。その横顔はほんのりと赤い。普段はこんなに堂々としているのに、好きな人の前ではただの一人の乙女のようだ。


「だって……言えないではないですか……あの人、人の気持ちに疎いし……絶対私、女の子として意識されていませんわ……」

「……意識させるために告白するんじゃないのか?」

「それで今までの関係壊したくないんですっ!!」

「テンプレートみたいなセリフだな……」


 苦笑いを浮かべる俺の横で、阿妻は眉を釣り上げる。


「もう!! ほっといてください!!」

「……ま、頑張れ」


 俺は面倒になってきてそうあしらった。阿妻は顔を真っ赤にしたまま黙っている。


「……森千秋さん」

「何だよ」

「……この話の流れでいうのもどうかと思いますけれど」


 コホン、と阿妻は軽く咳払いをしてから言った。



「全日本学生音楽コンクール優勝、おめでとうございます」



 俺はしばらく黙って、心の中でその言葉を噛み締める。噛み締めてから、心の底から笑った。


「ありがとう」


 すると阿妻はフンッ、と息を吐く。


「この私を越えていったんですから、精々素晴らしい演奏を披露してくださいね?」

「言われなくても。……お前や、吉柳、他の参加者の気持ち、全部背負っていくよ」


 そう、俺は……地方予選、地方本選、そして……全国大会。これら全てを勝ち抜いて、俺は……一位になった。

 と言っても入賞者の中に阿妻や吉柳もいるため、ただ一位が俺だ、というだけの話だが。……充分ありがたいことだ。


 そして今日はその全国大会の入賞者の中でも成績優秀者……つまり俺が、神奈川県民ホールで演奏を披露するのだ。今日がその当日である。


「わかってるなら、いいですわよ」


 阿妻はそう言って笑う。悔しそうだが、どこか嬉しそうな表情だった。


「……何で、嬉しそうなんだ?」


 俺が正直に問うと、彼女はあっさりと答える。


「越えるべき壁がある方が、燃えるものでしょう?」

「……そうだな」


 俺は今、阿妻の壁なのか。


 前までは俺が阿妻のことを、壁だと思っていたのに。いや……今だって、思ってる。

 阿妻も、吉柳も、何より父さん、これから出会うかもしれないたくさんの人たち。

 俺がこれからも越えなくちゃならない壁だ。


 するとそこで横から足音がする。俺たちが顔を上げると、そこには吉柳……そして何故か、善がいた。


「あら、海。おかえり」

「……何で善が?」

「い、いや、俺この人に無理矢理……」


 連れられて、と善は弱々しく呟く。すると吉柳は腕を組み、堂々と言い放った。


「お前の恋人だろ。本番前に話したらどうだ」


 そして吉柳は阿妻の手を掴む。すると阿妻はわかりやすく赤面した。


「お前、緊張してるみたいだからな。じゃ、また」


 吉柳は言うだけ言って去って行ってしまう。阿妻は文句も言わず、ただ吉柳に付いて行くだけだった。いつもは阿妻から抱きついたりしてるのにな……。

 そしてポツン、と残される俺と善。


「……な、なんか、嵐みたいな人だね……」

「……だな」


 俺はそう言って苦笑いを浮かべる。善は俺の方をチラッと見た。


「……緊張、してるの?」


 その問いに、俺は黙る。黙って、素直に頷いた。


「……こんな大舞台、久しぶりだからな。緊張だってする」

「……そっか」


 善はそう呟き……俺の手を、優しく握った。


「どう?」

「どう、って……別に、普通」

「ふはっ、素直〜」


 善は楽しそうに笑って、俺の手を握る力を少しだけ強くする。

 ふと俺は、口を開いた。


「……善」

「ん?」

「……ありがとう」


 突然の俺の感謝の言葉に、善は不思議そうに首を傾げる。俺は続けた。


「……俺に、また音楽の楽しさを教えてくれてありがとう。俺の音楽が好きだって言ってくれてありがとう。俺に、色んな人との繋がりの大切さを教えてくれてありがとう。……俺と出会ってくれて、ありがとう」


 もっと色々、感謝を伝えたかった。でも、感謝がありすぎてもう何も言えなかった。


「お前に出会えて、良かった」


 辛かった。もう二度と、立ち上がることなんて出来ないと思っていた。

 でもコイツが、善が、俺を暗く深い海の底から連れ出してくれたから、俺はここまで来られた。

 俺も、苦しむ人をその渦中から引っ張り出してやれるような人になりたいと思えた。


 ……善には、感謝しかない。


 そんなことを思っていると、俺は……善に手を引かれ、抱きしめられていた。


「うわっ!? ……な、何だよ……」

「いや……千秋があまりにも可愛いこと言うから……」

「可愛い、って、頭沸いてんのかお前……?」


 俺はそう言うが、善は全く俺のことを離してくれない。俺は善に抱きしめられたまま、動くことが出来なかった。……いや、こうしてると、別の意味で緊張してくる……。


「……俺は正直、まだ千秋に許されるべきじゃないって思ってるんだ。どんな理由があれ、俺が一人の命を奪ったことは、事実だから」

「……ああ」

「でも」


 善はそう言って、俺を抱きしめる腕に少し力を込める。


「……今ここに、俺の腕の中に、千秋がいることを……奇跡だと思って、大切にしたい」

「……奇跡、なんかじゃねぇよ」


 俺はゆっくり、善の背中に手を回し返した。一度善が学校を休むほど落ち込んだ時に、俺はコイツの家でコイツに抱きしめられた。その時は、抱きしめ返せなかったが……今なら、迷わずに抱きしめてあげられる。


「俺たちは、自分の意思で出会ったんだ。きっと」


 それならば、この先どんなに辛いことがあって、また立ち上がれなくなっても……きっとまた、立ち上がれる。

 手と手を、取り合って。


「……俺の方こそ、君と出会えて良かった。……大好きだよ、千秋」


 耳元で声が響く。くすぐったい気持ちになりながら、俺は答えた。


「……俺も、好きだ」


 そこで俺はふと、あることを思いついた。そして次に、自分がそんな考えを思いついたことに驚く。しかしまた次の瞬間には、もう納得していた。


「……なあ、善」

「何?」

「あのさ……」


 俺はその体制のまま喋る。すると善は俺のことを離して驚いたように言った。


「え、そ、それ大丈夫なの……?」

「さあ」

「さあって……千秋……」

「でも、まあ、何とかするよ」


 俺はそう言って、善のことを安心させるように笑う。


「だって舞台に出たら、もうそこは俺のモンだからな」


 誰にも奪わせない。邪魔させない。

 俺だけのピアノを。


 そこでスタッフがやって来て、そろそろ本番です、と言われる。俺は返事をしてから、善のことを振り返った。


「……行ってくる」

「うん、客席から見てる」

「……皆のために……お前のために、弾くから」


 聴いてて、と言う。もちろん、と善は頷いた。


 そして俺は。

 舞台に、上がる。





 舞台裏で、こっそり深呼吸をした。何だか、隠していた宝物をこれから見せに行く気分だ。緊張する。心臓が高鳴っている。

 そしてそれ以上に。

 何だか、ワクワクしている。


 聴かせに行くんだ。沢山の人に、俺の知る大切な人に、俺も知らない誰かに。俺を、聴かせるんだ。

 森千秋を、証明する。


「出番です。幸運を」


 スタッフに扉を開けられながらそう言われ、俺は軽く頭を下げる。もう一度深呼吸をして、一歩踏み出した。

 爛々と光る眩しいライト。その先へ。

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