第20話「Our Love,Our Magic」②
俺は最後の一音を、最後まで優しく弾く。弾き終わると、ピアノが光となって消えた。優しいメロディーも、部屋の中に溶けていく。光もない。それはきっと俺の見た幻覚だ。
俺は再び二人に近づく。二人は倒れた体制のまま、何も言わなかった。
「……俺は、音楽が嫌いだった」
俺はそう、小さく呟く。
「どうして自分ばかりこんなに不幸なんだと思ってた。耳に入る音全てがうるさくて、死にたいと思ったほどだ」
布団の中に包まって、息を殺した。秒針がうるさくて、目覚まし時計だって壊した。自分の心臓の鼓動でさえ、うるさくてたまらなかった。
「……でも俺はやっぱり、音楽が好きだ。こんなに、音楽が好きだよ」
あんなに嫌いだったけど。
こんなに好きだ。
「俺はアンタらも、俺と同じだと思ってる」
どれだけ足掻こうと、どれだけそれを遠ざけても、どれだけ無視して逃げようとしても。
決して逃げられずに、常に付き纏ってくる。
俺は、俺たちは、音楽を好きでいることをやめられない。
そういう人間だ。
「帰ろう」
俺は二人に向け、両手を差し出す。
「俺たちの愛した音楽へ、帰ろう」
まだ、やり直せるはずだから。
どうせもう、どこに行ったって何をしたって、逃げることなんて出来ないのだから。
二人はただジッと、俺の手を見つめていた。空虚のようなその瞳に、光がかすかに指した気がした。優しい、柔らかい、そんな光が。
「……森下秋」
「……私たちがまた、音楽を愛せると言うのか」
「愛せるよ」
即答する。愛せるはずだ。今、この瞬間から。
「……というか、いつツッコもうか迷ってたんだが、俺は森下秋じゃなくて森千秋だ。覚えとけよ」
俺の言葉に、二人は驚いたように目を見開いてから、呆れたように微笑んだ。そして、俺の手に手を重ねる。
「……私たちは、」
「……お前のことを、ずっと待っていたのかもしれないな」
「「森千秋」」
俺も小さく笑った。重ねられた手を、両手でしっかり掴む。
「おかえり」
「ッ……キャンディ!! ちょっと、しっかりしなさいよ!! ……キャンディ……!!」
私──日下部和奏はそう言って必死に彼女の肩を揺さぶった。しかし彼女は薄く呼吸をするばかりで、マシに返事をしてくれない。頭から、鮮血が流れ落ち、私は、焦っていた。
……前世の記憶を持ってたって、こんな時何も出来ないんじゃ意味ないじゃない……!!
何も出来ない自分が悔しくて、私は声を押し殺す。私、ゼンの代わりにこの子を守るって約束したのに。……まだ私、あんたから返事もらってないのよ。ちゃんと、生きなさいよ。このまま私はまた、失わないといけないの……!?
「キャンディ……!!」
火の手がそこまで迫る。しかし私も怪我をしていて、この場から動けないのだ。どうする、と焦りばかりが募る。その時。
「奏嬢!! キャンディ嬢!!」
聞き慣れた声が、耳に届いた。
「……勇林さん!? ……に……キャンディの、お兄さん……」
今はすっかり小柄になってしまった勇林さんが火の隙間を縫って、私たちに駆け寄ってくる。そしてどこから出したのか、救急箱セットでキャンディの傷と私の傷の手当をしていく。私は、混乱していた。……え、何でキャンディのお兄さんの前なのに、勇林さんはすっかりユーリスさん口調なの? そしてキャンディのお兄さんは何も言わないの?
「ユーリスさん、キャンディは僕が背負いますよ。奏ちゃんは……テーピングをすれば一人で充分歩けそうだ。僕が先導します。付いてきてください」
「助かる」
ハルネスの言葉に勇林さんはそう答えて、ハルネスは私の腕からキャンディを優しく抱き取り、背負う。私の横で勇林さんが私の顔を覗き込んだ。
「……奏嬢、大丈夫か? 私が小さいばかりに、奏嬢を支えることが出来なくて申し訳ない」
「い、いや、大丈夫だけど……勇林さん、いつの間に自分がユーリスさんって明かしたの?」
私の言葉に、勇林さんは小さく笑う。何かが吹っ切れたような顔だった。
「なぁに。……大事な弟子を守るのに、あいつの力が必要だったまでだ。もはや、前世も今世も関係ない。……大切なものを、守るだけだ」
さぁ、行くぞ、と勇林さんが私を鼓舞する。私はその言葉に合わせて、何とか立ち上がった。足は痛いけど、歩けないほどじゃない。
……勇林さん、私たちのために、自分の事情を後回しにしてくれたんだ。
「……勇林さん」
「何だ?」
「……ありがとう。私たちを助けてくれて」
私がそう言うと彼は、礼には及ばん、と、さも当たり前のように言うのだった。
「っ……!!」
私──阿妻息吹は渾身の一撃を放つ。その音色は見事にアダムスキーに当たり、彼は地面に倒れた。
「……さす、が……貴女はとてもお美しく、強、い……」
そして彼はその言葉を最後に、気絶した。……流石、伊達に「コン・アニマ」のNo.2をやっていませんわね。私でも骨が折れましたわ。
パチパチ、と、火花が音を立てている。……ここももう、危ないですわ。
私は倒れる彼に近寄り、その腕を掴んで自分の首に巻く。身長差の問題で彼を引きずる形になるが、それは仕方がない。
私は何とか、一歩一歩を踏みしめて出口を目指して歩いた。地図、及び火の回り方のパターンは予測できていますわ。後は私の体力が保てば……。
そして夢中になっていた私は……背後でミシミシと音をたてる柱に、気づかなかった。
「……!!」
ようやく気づいた頃にはもう遅い。振り返る私と気絶するアダムスキーを目掛け、燃える柱が……。
もはや避けることも出来ず、私が目を閉じた、その時。
「っ……息吹ーーーーーーーーっっっっ!!!!」
聴き慣れた声が耳を突き、次の瞬間には、体の横に勢いよく何かがぶつかった。備えることも出来ず、そのダメージが直に体に受ける。地面に叩きつけられた……が、お陰で柱に押しつぶされるのは回避出来た。
私は、何とか体を起こし、そして。
「海……!! 何で、何でここに……!?」
「っつ……なんか起きたら、『黄金のホール』が火事でヤバいってニュースやってたから……」
「はっ……」
吉柳海。私の幼馴染が、服についたすすを払いながらそう呟いた。……彼は、私が彼を戦争に巻き込みたくなくて、睡眠薬で眠らせたはずだ。なのに、ここにいる。驚いて、呆れて、嬉しくて、しばらく言葉が出なかった。
「ばっ……馬鹿なんじゃないの!? ニュースを見ただけで来るなんて、生粋の馬鹿ですわね!!」
「そんな馬鹿って連呼すんなよ!! ……だって、仕方ねぇだろ。お前がいるんだから」
「っ……!!」
顔が赤くなるのがわかる。……私がいるから。それだけの理由で、こんな危ないところに来てくれたの?
「……それで、さっきの変なピアノ、何なんだ? そいつも、フルート使ってたし」
「……それは……」
……いつか、話さなければいけないとは思っていたわ。彼には、私の過去、罪を。
私が口を開きかけると、あ、いいや。と言われる。
「とりあえず、ここから逃げるのが先だな。そいつ貸せよ。俺が背負う」
「……ありがとう」
「でも帰ったら、ちゃんと聞くからな」
「……ええ。聞いてほしい」
率直な思いを告げると、彼は少しだけ驚いているようだった。しかしすぐに、視線を前に戻す。
「……あ!! 一冬さん、幼馴染見つけました!! 行きましょう!!」
すると海はそう大声で叫んだ。その声に促されるように前を見ると……そこには、人影が。……森千秋さんの、お父様がいた。……何故ここに? いえ、それを聞くのは、野暮ですかね……。
一方海は、彼を相手に嬉しそうにニコニコしていた。ずっと憧れている人だから当たり前でしょうけど……こんな時に、締まりのない顔ですわ。
……まあ、少しは気が紛れますわね。
……。
……私はやっぱり、貴方が好きですわよ。
私は黙って、先を行く海の後へ付いていくのだった。
──────────
炎の中に、声が響いた。
『……私たちは、非常にワガママだった。自らの欲望のために、君たちを利用した。申し訳ない』
『嫌いなやつを消そうと思った。何より、嫌いな音楽をこの世から消そうと思っていた。……しかし、それをやめにしようと思う。こちらから初めておいて勝手だが、君たちもやめにしよう』
『そこにいるのは皆、ただ音楽を愛す同士だ』
『終戦を、ここに宣言する』
『武器を捨て、音楽を手に取ろう。むしろ私たちは、そちらが本分のはずなのだから』
──────────
〜♪
──────────




