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第18話「貴方の知らない昔話、噛み合わなかった歯車、彼の罪」②

「なっ……」


 俺は阿妻のセリフに言葉を詰まらせる。やっぱり、「第二次ウィーン音楽聖戦」が……いや、それよりも……。


「何でお前が、その単語を……!!」

「……何でって、もうそんなの、愚問ですわ」


 阿妻は俺の腕を掴んだまま、淡々と告げる。


「……いえ、前世の記憶のない貴方に言っても仕方ないか……」

「前世……って……」

「……少し昔話をしましょう。私と、貴方。そして……」


 その時後ろから、ザッ、と足音がした。慌てて振り返ると、そこには……制服ももうボロボロになった、ゼンがいた。


「ゼン……!?」

「アキ……!! その子から、離れて!! その子はッ……」


 ゼンは肩で息をしながら、必死に叫ぶ。



「その子は、『グラーヴェ』のNo.2……!! ……イヴ・アワイフの生まれ変わりだ……!!」



 イヴ・アワイフ。

 「グラーヴェ」。


 俺は彼女のことを振り返る。彼女は真顔のまま、ふぅ、と小さくため息をついた。


「離れて……なんて。私にも傷つく心くらいあるんですよ?」

「アキに……何するつもりなんだ!! アキの手を離せッ……!!」

「……別に、危害を加えるわけではありませんわ」


 ねぇ、森千秋さん。と、阿妻が俺を呼んだ。俺は返事もせず、ただその顔を見つめ返す。


「……私は、貴方だけ真実を知らないというのは不公平だと思うの。私、貴方、ゼン・フロライト。……当事者は出揃った。……さあ」


 昔話をしましょう。


 その言葉に、後ろにいるゼンが息を呑むのがわかった。振り返ると、ゼンの顔が青ざめている。焦ったように、また口を開く。


「やめろっ……」

「……それは貴方の希望。聞きませんわ」

「っ……!!」


 ゼンが指揮棒を取り出し、阿妻に振るおうとする。しかし、それよりも一瞬早く。

 阿妻がピアノを取り出し、そのメロディーがゼンのことを吹っ飛ばした。つ、強い……、ゼンのことを、吹っ飛ばせるなんて……。


 ……本当に、前世の記憶を持つ、能力者……!!


「……そんなに睨まないで欲しいですわ。事は、すぐに済むことですから」


 阿妻は空中に浮く鍵盤に指を乗せる。俺が警戒するよりも早く、ピアノが鳴った。その音が、俺の頭に重く深く、響いていく。

 それはとても悲しく、辛い、そんなメロディーだった。


 ──♪──


 ある所に、森下秋という青年がいた。

 彼は日本からオーストリアへピアノで留学してきた、とても優秀なピアニストだった。


 そんな彼は、オーストリアでかけがえのない恋人ができた。その人物は同性であったが、森下秋は彼のことをとても大切にしたし、彼もまた、森下秋のことをとても大切にした。お互い、愛し合っていた。


 しかし、それと同時に。

 森下秋はその優秀さゆえ、女性の婚約者ができてしまった。


 その女性こそ、イヴ・アワイフだった。

 彼女もまた、ウィーンではとても有名なピアニストだった。それゆえ彼女は、森下秋の婚約者となった。


 その話はまたたく間に広がり、日本人の気鋭の若手ピアニスト、そしてウィーンの美女ピアニストのカップルだと、いい意味で話題になった。

 しかしそれとは裏腹に、森下秋の心は晴れなかった。むしろ落ち込んだ。何故なら、森下秋には恋人がいたから。

 そして彼女も、森下秋に恋人がいることは知っており、森下秋に申し訳なく思っていた。その婚約は、彼女の両親が勝手に決めたことだったからだ。


 しかし優しい彼の性格からか、森下秋はイヴのことをとても大切にした。婚約者として、というより、ビジネスパートナーを大事にするように。そして彼女も、それを受け入れていた。二人に別に、恋愛感情などはなかった。ただ一種の信頼が、そこに成立しているだけだった。婚約した後も森下秋は自分の恋人に会っていたし、彼女もそれを受け入れ、なおかつ彼女の両親から森下秋の恋人のことを隠す手伝いもしていた。


 そんな矢先、「ウィーン音楽聖戦」が発生した。


 森下秋は当時、「コン・アニマ」。イヴは当時、「グラーヴェ」に所属していた。しかし彼らは特に争うことはなかった。

 そして森下秋の恋人もそれに参加していた。森下秋の恋人は彼の婚約者が「グラーヴェ」に所属していることが不安だったが、別に何も言うことはなかった。


 そして、事件は起こった。





「イヴ!!」

「……秋」


 イヴは秋の声に振り返る。秋は心配そうにイヴの顔を覗き込んでいた。


「大丈夫か? その、怪我……」

「……ええ。見た目は派手だけど、大したことないわ」


 イヴは脇腹から流れる血を抑えつつ、そう呟く。実際、それは事実だった。それを聞いて秋は、心配そうな表情は拭わないままも、良かった、とため息をついた。


「……貴方、ここにいる場合じゃないんじゃない? ……貴方の恋人といるべきでしょう? ……何が起きても、不思議じゃないんだから」

「まあな。……でも、お前のことも心配だし」


 あっさりそう言う秋に、そう、とイヴは呟く。気がない割に、気を持たさせるような彼の言動には、もう慣れていた。


「アキ!!」


 するとまた新たな声が入る。二人はそっちを振り返った。


「アキ、こんな所にいた、んだ……」


 その人物は、ゼンだった。そしてゼンはイヴの顔を見て、気まずそうに顔をしかめる。イヴも、特に何も言わなかった。

 ゼンは秋に駆け寄ってくる。


「アキ、大丈夫?」

「ああ。……お前、ヤーコプは……」

「……無駄みたい。もう『グラーヴェ』から離れる気はないみたいだから。……動きは、止めてきた」

「……そうか」


 秋は低くそう返事をした。ゼンの表情も晴れない。……そんな二人を、イヴはジッと真顔で見つめていた。


「……とにかく、ここら辺もうやばいみたい。ここから離れよう。……イヴも」

「……ええ」


 ゼンの言葉に、イヴは頷く。こっち、と先導するようにゼンが歩き出した……その時。



 ドオンッ!! と、ひときわ大きな爆発音が響き渡った。



 地面が、立っていられないほど揺れる。しかしなんとか三人が持ち堪えた。……そして。

 三人の天井が、ガラリと音を立てて崩れる。それらは三人に降りかかろうとしていた。


「っ……!!」


 まず反応したのは、秋だった。ピアノを取り出し……イヴを守るように、能力を発動させようとする。……しかし。


 秋は前を見て、目を見開いた。何故ならゼンが、天井を見て、動きを止めていたから。

 能力を使う様子も、回避しようとする様子も、全くと言っていいほど、なかった。


「っ……ゼンっ……!!」


 秋は、迷った。今腕の中にいる女性か、自分の相棒か。

 そして……すぐに判断をし、地面を蹴る。


「……ゼンっ!!」


 秋の叫びに、ゼンは秋を見た。彼は驚いたように目を見開く。秋はまず、能力を使いイヴの上に落ちようとしている瓦礫を退けた。……そして。

 ゼンのことを抱きしめ、瓦礫から身を挺して彼を守った。


 それは、つまり。


「ア──」


 アキ、と、ゼンがその名を呼ぶよりも早く。



 ゴシャアッ!! と、盛大な音がし、アキの体を撚るように容易く、潰していった。



 それを見ていたイヴは、無言で目を見開いた。叫んでも不思議じゃない、むしろ叫んでしまっても良かった状況だった。

 しかし彼女は、何も言えなかった。言葉を失う、その言葉が似つかわしかった。


 一方、本当に手の届く目の前で、人が……相棒が、息絶えたのを見た、ゼンは。


「あ──」


 目を見開き、涙を流し、絶叫する。





 そこで、物語は途切れた。

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