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第18話「貴方の知らない昔話、噛み合わなかった歯車、彼の罪」①

「阿妻……おい、阿妻!!」


 俺は大声をあげる。すると前を走っていた阿妻は、ようやく足を止めて振り返った。

 あの優美なドレスも、そのセットされた髪も、今の一連のことでボロボロだ。しかしその凛々しい表情が、美しい。


「何が……起きてんだよ、どうして俺を、走ってまでゼンたちから引き離すんだよ!?」


 俺は思ったことをそのまま全て吐き出す。爆発音、雄叫び、悲鳴、そして、音楽。全てが痛々しく聴こえる。目の前が赤く染まる。これが、現実か。


 混乱する俺とは裏腹に、阿妻は冷静な声で言った。


「わかっているでしょう? ……『第二次ウィーン音楽聖戦』よ」





「ゼン!! 何やってるのよ、追いなさいよ!!」


 千秋が彼女に連れられたのを何も出来ずに見送ってしまった私──日下部和奏は思わずそう叫ぶ。しかし彼は何も言わず、ただその場に佇んで固まっていた。

 あの子は……私も知ってる、し、こいつがどうしてこんなに青ざめているのかも知ってる、けど。


「こんなとこで止まってんじゃないわよ!! ……もう何かが起こってんのよ!?」

「……でも」


 ゼンはそう言って振り返る。視線の先には……あのおチビちゃんがいた。そして彼女も、ハッとしたように目を見開いている。


「……約束したんだ」


 また、約束。


 私は思わず、反射的に、奥歯をギリッと噛み締めた。


「あんたねぇっ……」

「ゼン、行って」


 また叫ぼうとする私の横で、彼女が冷静に告げた。


「……キャンディ」

「ゼン。私のことを愛してくれる人が現れるまで私を守るっていう約束を、ずっと守ってくれてることは……嬉しい。でも、ゼンが本当に守りたいのは、一番大事なのは、私じゃないでしょ? ……行きなよ。もう、私」


 あんたに守られなきゃいけないほど、弱くない。


 彼女は堂々とそう、言い放つ。


「今度は私が、ゼンのことを守る番。ほら、早く追いかけな」

「……」


 ゼンは彼女の言葉に、何かを迷うように視線を彷徨わせる。こうしている隙にも、火種が着々と発火し始めている。……戦争が、始まってしまったんだ。私たちにも、よくわかってないけど。


「……ああもう!! ウジウジしてんじゃないわよ!! あんたが弱っちくて肝心なとこダサくて私が一生気に入んないっていうのはわかってるけど!!」

「か、奏……」

「千秋には、あんたしかいないのよ!!」


 私がそこにいたくても、いれなかった場所。それをこいつは、持っている。

 もう私は、過去の恋を引きずってない。引きずらない。もう終わらせたんだ。自分の手で。


 でもこいつは、違う。


「あんたじゃなきゃ駄目なのよ!! わかったらさっさと行け!!」


 私はそう叫んでから、キャンディの肩を引き寄せる。


「私がこのおチビちゃん守ってやるから!!」

「は!?」

「だから安心して行って来い!!」


 キャンディが不満そうに私の顔を見上げるが、私は気にしない!!


 ゼンは驚いたように目を見開いていたが、やがて顔を引き締め……頷く。


「……ありがとう。二人とも」


 そしてゼンは身を翻し、走り出した。その背中を、二人で見送る。


「……悪いわね」

「……何が」

「ゼンじゃなくて」


 私の言葉に、キャンディはふんっ、と鼻で笑った。


「いいわよ、別に。……私が言いたかったこと、あんたが全部言ってくれたし」

「はーっ、あいつが肝心なとこで気弱になるの、どうにかなんないかな」

「本当よね」


 キャンディはクスクスと笑ってから、その格好を能力用の衣装に変化させる。それを見て私も、制服からフォーマルなドレスに着替えた。


「で、ゼンの代わりに私を守ってくれるの?」

「あんた、私相手に守られるクチ?」

「死んでもごめん」


 それを聞いてから私は、先程のキャンディの言葉を思い出す。……ゼンとキャンディの、約束について。


「ま、私があんたを愛するわよ。それでちゃあんと、あんたとゼンの約束は守れるでしょ」

「……へ?」

「何、私じゃ不満?」

「え? えっ……えっ!?」


 キャンディは顔を赤くして狼狽えている。……まあ、突然だし、そりゃ動揺するわよね。


「言っとくけど、本気だから」

「なっ……あ、あんた、どっか頭でも打ったの!?」

「失礼ね、人が真剣に話してるのに」

「全然真剣に見えないんだけど!?」

「あーもー、うっさ」


 私は手を真横に引き、エレクトーンを取り出す。


「ほら、行くわよ。おチビちゃん」

「誰がおチビちゃっ……あーもー!! 話は後で聞く!!」


 キャンディは顔を赤くしたままヤケクソのようにそう叫ぶと、喉を抑えた。そして。

 集まってきた人々に対し、私たちの能力が発動した。





「あーあ。始まっちゃったみたいだね」


 そうハルネスが私のことを抱きかかえながら呟く。私──ユーリス・サーストンこと丸石勇林は、何も答えなかった。


「……どうすんだよ」

「君はどうする?」

「Meisterがあの場にいる。俺はあんたに引き止められても行くぞ」


 ハルネスの言葉に対し、ヤーコプ……八遠がそう強気に答える。そんなヤーコプに対し、ハルネスは小さく微笑んだ。


「そう、じゃあ、行っておいで」


 それを聞いてヤーコプは、かすかに目を見開いた。ハルネスはヤーコプを見張る必要がある。止められると思っていたのだろう。


「……あんた、俺の見張りしてなくていいのかよ」

「もうこんな状況で見張り、なんて言われてもね。いつ誰が死ぬかわからないし。……生きても死んでも、これが最後だ」


 ハルネスがそう言って、ヤーコプの方をチラッと見る。


「今度こそ、君の師匠の味方になるんだね。後悔しないようにするんだよ」

「……」


 ヤーコプは黙る。そして。

 踵を返して、燃え盛る炎の中を迷わず突っ走って行った。


 ハルネスも黙ってそれを見送り……突如、ヤーコプとは逆にその炎に背を向ける。


「……ハルネスお兄さんは、行かないの?」

「ん? 君をここから遠ざけるのが先だ。君は関係ないんだから。……そうでしょ?」


 ハルネスはそう言って微笑む。……相変わらず食えん男だ。本心では何を考えているのか、いまいち読めん。


「……キャンディお姉さんを、助けたいんじゃないの?」

「それは、山々だけどね。……でも、君を守るのが今の僕の役目で、最優先事項だ」

「……」


 ……相変わらず、何を考えているのかわからない男だが……。

 ……軸は昔から、全くと言っていいほど変わっていないのだろう。私と、同じように。


「……いや、結構だ」


 私はそう言って、ハルネスの腕の中から飛び降りる。着地もスムーズに出来た。

 振り返ってその顔を見上げると、彼は真顔で私のことを見つめていた。そこに驚きなどは、一切感じられない。


「……ヤーコプがゼンの元へ行って助けたいと思っているように……私も彼らの師として、戦地に赴きたい。弟子だけに任せるなど、心配すぎて言語道断だ」


 私の言葉に、ハルネスはふっ、と鼻で笑った。


「……せっかく僕が知らないフリをして、君……いえ、貴方だけは逃がそうと思っていましたのに」

「余計な世話だ。そういう気はキャンディ嬢にでも回しておけ」

「……そうもいかない」


 ハルネスはそう呟く。


「貴方だって、キャンディの大切な人だ。貴方を守らなければ、僕は彼女に怒られる」

「……ふむ、一理あるな」


 私はそう言って笑った。ハルネスも、小さく笑い返す。


「では、私に付いてくるか? 運が良ければお前もキャンディ嬢のサポートが出来るかもしれない。私のことも守れるし、一石二鳥だろう?」

「……そうですね」


 ハルネスは頷く。そして私たちは足並みを揃え、炎の中へと迷わず歩き出した。

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