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第17話「決戦前夜」③

 そんなことを考えている間に時間は刻一刻と過ぎていく。あっという間にオーストリアへ行く日となった。

 パスポートはあったから良かった。しかし俺の記憶の中だと飛行機など初めてなのでものすごく緊張してしまったのは……秘密だ。


 そして約十二時間の末、俺たちはオーストリアに到着した。


「オーストリア、とうちゃーく!!」


 空港から駆け出した和奏がそう言ってグイーッ、と伸びをする。確かに伸びでもしたい気分だ。しきりに席を立ったとはいえ、ほぼ座っていたのだから。

 空港はウィーン……オーストリアの首都にあり、もうそこは音楽の都だ。


「……懐かしいわねー、この感じ」


 俺の隣に来たキャンディがそう呟く。……小学生が懐かしいなんてそんなしみじみとした顔で言うのは……やっぱり違和感がある、なんて言おうものなら殴られそうなので、言わない。


「なんか、ほんっとに久しぶりだね。帰ってきたって感じ」

「つってもあんたの出身、オーストリアじゃないでしょ」

「まあね。でも帰ってきたって言わせてよ」


 キャンディの後ろから現れたゼンの言葉に、キャンディがそう返す。その会話を聞いて、俺は口を開いた。


「……お前らってどこ出身なんだ?」

「ん? 私はもちろんオーストリアだよ」

「……ハプスブルクだもんな……」

「俺はドイツ。ヤーコプはベルギーで、師匠はイギリス出身」

「私はもっちろんジャパーン!」


 和奏も会話に割ってくる。……しかし、こう聞くと……。


「……お前ら、バラバラなとこから集まって来てんだな……」

「改めて聞くとね」

「普段は意識してないからなぁ」

「その割にはお前ら、日本語上手くね?」


 すると俺のセリフに、三人は顔を見合わせた。な、何だよ……。


「いやだってそれは……ね」

「……アキが、『俺はドイツ語なんて絶対覚えられねぇから』って言ったからなのよ」


 ゼンの言葉を引き継ぐように、キャンディがそう言って苦笑いを浮かべる。森下秋が……って、俺もそう言いそうだから何とも言えない……。


「ぶっちゃけ日本語って、ひらがなカタカナ漢字ってあるじゃん。そっちの方が大変だよねぇ」

「ゼンがやり始めたらヤーコプも一緒にやり始めて、結果全員日本語喋れるようになるし……」

「……なんか、悪かったよ……」


 別にそれは俺ではないが、俺の前世だと言われてる以上は気になる……。


「……和奏は、ドイツ語喋れるのか?」

「千秋よりは喋れると思うよ」

「英語の成績もお前の方が俺より上だもんな……」


 和奏は言動がアホなくせして(悪口)、結構頭いいんだよな……。ゼンもいつもノー勉って笑ってるくせに俺より成績いいし……やっぱり、前世があるからか? いや、それは言い訳か……。


「ほら俺たちは、師匠がイギリス出身だから英語も教えてもらったんだよね」

「お陰で私とゼンは三ヶ国語喋れるわね」

「何と言うか……グローバルだな……」


 するとそこで後ろから、ザッと足音が響く。何気なく俺たちが振り返ると、そこには……。


「僕はドイツ語、日本語、英語、フランス語、四ヶ国語が喋れるよ。どう? キャンディ」

「いや、どう? って……お兄様、どうしてこちらに?」


 キャンディが驚いたようにそう声を上げる。そう、そこにいたのはキャンディの兄……正確に言えば前世の兄である、ハーネス・キャロライン・ハプスブルク、もとい今はハルネス・キャンベルが、笑顔でそこに立っていたのだ。

 ちなみにその後ろには勇林と八遠もいて、勇林は子供さながらにニコニコしており、八遠はムスッとしている。……勇林はハルネスの前だから、ただの子供のフリしてるのか……。


「それは、僕も特別演奏会に招待されたからね。それに、可愛い妹が海外に行くというんだ。心配で心配でたまらなかったんだよ」

「いや、何ならここが母国なんですけど……」

「細かいことはいいじゃないか」


 ハルネスは前世の妹を前に……何と言うか、デレデレしている。典型的なシスコンを見ている気がした。俺にも妹はいるが、俺も春万の前であんな……いや、なってないはずだ。もちろん妹は大好きだし可愛いもんだが。


 俺はキャンディの肩を指先でつつき、眉をひそめるキャンディにあることを囁く。キャンディは俺の言葉に訝しげな表情を浮かべてから、ハルネスの方に向き直った。


「え、えっと……お兄様、四ヶ国語喋れてかっこいー……」


 かっこいー、がだいぶ棒だったが、ハルネスには充分響いたらしい。嬉しそうに頬を紅潮させていた。

 ……そしてそれをキャンディはドン引きしたように眺めていたが、まあ、ほっとこう。


 というかキャンディ、慣れたら慣れたでハルネスの扱い雑だなコイツ。


「お兄さんたちも来てたんだね、八遠お兄さん」

「あーはいそうですねー……」


 勇林のわざとらしいほどの子供っぷりに、八遠は随分疲弊しているようだ。八遠お兄ちゃん……。その声でそれは慣れねぇな……。


「あら、そちらにいるのは森千秋さんではないですか」


 俺はその声に反射的に振り返った。相変わらずの綺麗な佇まい。美しい髪に、丸い瞳、整った顔立ち。全てが完璧で、俺が……今は無理でも、いつか絶対に勝たなければ行けない相手だ。


 阿妻息吹。

 それが彼女の名前だ。……。


「……えっと、阿妻、ソレどうした?」

「それとは失礼な。海は昔っから乗り物は駄目なんですわ。だからこうして、飛行機でもダメージを受けてるのよ」

「あ、そう……」


 俺に対しそう答える阿妻には、誰かがグダッ、と思いっきりもたれかかっていた。それは阿妻の幼馴染みである吉柳海。図体がデカい割に繊細なピアノの音色を出してくる、俺と同い年でとても優れたピアニストだ。

 ……なのだが、その吉柳は今や一言も喋ることなく、そして阿妻は顔色一つ変えることなく、それを支えていた。本当……何なんだコイツら……。


「……お前らも、特別演奏会に招待されたのか?」

「ええ、まあ。他にもあのコンクールに参加していて招待された人は数名いるようですね」


 阿妻はそう言って辺りを見回す。確かにここら辺には、あの会場で見た顔がちらほらいた。俺たちだけじゃなかったのか……。だったら、その『第二次ウィーン音楽聖戦』が起こるっていうのは杞憂の可能性も……。


「きっと主催者側が同じ飛行機を手配したのね。お陰で飛行機の中は顔見知りばかりだったわ」

「……じゃあ同じヤツに乗ってたのか?」

「ええ。私は貴方に気づきましたけど、貴方はお友達といたようですし……何より、席を離れられるほど海が万全な状態じゃなかったから」


 阿妻はそう言って後ろにいる吉柳に視線を投げる。相変わらず吉柳はグダッ、としていて、俺に気づきそうな様子もない。


「ところで貴方のお友達、先に行ってしまわれているようだけど、いいの?」

「え? ……あ」


 俺が振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。少し視線を上げると、アイツらはもう道の先にいる。いや誰かしら俺のことに気づいてくれよ……。

 そんなことを思いながら俺は、阿妻を振り返る。


「俺行くわ」

「ええ。また会場で会いましょう、森千秋さん」


 阿妻はそう言って軽く頭を下げ、去っていく。吉柳は思いっきり引きずって。……アイツ、大丈夫なのだろうか……。


 そう思いながらも俺は、先を行ってしまったアイツらを追い、駆けるのだった。

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