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第17話「決戦前夜」②

「……ただいま」


 そう言いながら玄関に足を踏み入れると、目の前に人が立っていた。そのことに少し驚くと同時に、その人影が言う。


「お帰り、お疲れ様」


 その人は何てことはない。俺の母親だった。優しい微笑みで、俺の前に立っている。


 そして一瞬何のことかピンと来なくて、それからああ、と思い出す。

 ……そうか俺、今日コンサートだったんだっけ。当然母さんたちも観に来たわけなんだから、当事者の俺が帰ってきたらそう言うに決まってるよな……。


「……ありがとう」


 俺の言葉に……何故か母さんが、少しだけ眉をひそめた。しかし、母さんが何かを言う前に。


「お兄ちゃん!! おかえり!!」


 そう言って、妹の春万はるまが俺に飛びついてきた。突然のことに俺はなんとか足で踏ん張る。……倒れて玄関のドアに頭をぶつけたりせずには、済んだ。


「春万ったら、千秋のお出迎えするって聞かなくて、帰ってくるまでずーっと玄関で待ってたの」

「そ、それは……ごめん……」

「いいのよ。友達と祝賀会って、連絡入れてくれたしね」


 いや、その祝賀会も嘘なんだけどな……。祝賀会と言うよりお葬式ムードだったけどな……。


 すると俺の腕の中で春万が、ガバッと勢い良く顔を上げる。


「お兄ちゃん!!」

「な、何だよ」


 俺が戸惑っていると、春万は満面の笑みで叫んだ。


「わたしも、ピアノ弾く人になる!!」


 その言葉に、思わず。


「…………………………えっ」

「…………………………えっ」


 思わず母さんと同時に、何とも情けない声を出してしまうのだった。





「あんたの演奏が終わった後、春万はずーっと、『お兄ちゃんカッコよかった』『お兄ちゃんすごい』って興奮した感じで言っててね。良かったね、お兄ちゃん」

「……はい、どうも……」


 母さんに茶化されるように言われ、俺は少し照れつつも礼を言う。例えそれが家族贔屓の入った言葉だとしても、素直に嬉しい。

 ましてや自分の演奏で、ピアノに憧れてもらえるのは。……。


「……いや……ピアノか……」

「そうねー……そういうやりたいっていうのは、親として積極的に応援したいけどねー……」


 母さんも俺も、言わんとしていることは同じだろう。……その原因を突き詰めると、やっぱり父さんが出てくる。俺だって未だに〝死のピアニスト〟、森一冬の息子だと後ろ指を指されるのだ。……春万はそれを知らない。そして、その罵倒に耐えられるかどうか……。


「……あんた、時間ある時に教えてあげなさいね」

「それは、もちろん……」


 そう返事をしてから口をつぐむ。そうだ、俺は、オーストリアに行きたいという話をしなければならない。……その、時間がある時があるかどうかも、わからない。そんな約束をしても、いいのだろうか。

 もし帰ってこれても、無事かどうか……。


 そこまで考えてから、慌ててその考えを打ち消す。やる前から弱気になってどうすんだ。止めるんだろ。このふざけた戦いを!

 心の中で自分に喝を入れると同時に、母さんが呟く。


「何かあった?」


 その言葉は、確実に俺の耳まで届いて……俺は恐る恐る、顔を上げる。母さんは、微笑んでいた。


「コンサートの後だっていうのに、達成感とか全然見当たんないから」


 それどころじゃないからかな、と母さんは言う。まるで優しく子供を諭すように。

 ……いや、子供か。俺は。


「春万も寝たし、大事な話なら今してもいいわよ」


 本当に、抜かりがない。……。


「……母さんには、お見通しだな」

「母親ですから」


 母さんはそう胸を張る。その顔に小さく笑いながら、俺は……近くに置いていた鞄から、例の手紙を取り出し、机の上で滑らせる。母さんは、それを手に取った。


「……えー……何て書いてあるの?」

「簡単に言うと……オーストリアで開催される特別演奏会に、招待されて……」

「えっ、オーストリア?」


 母さんが勢い良く顔を上げる。気持ちは、わかる。俺もそうなった。


「……何で、ただの高校生の千秋が……? 特別演奏がすごいとか、そういうものでもないのに」


 いや、最もだ。最もなんだけど……その反応は、素直にぐうの音も出ない。やっぱそんじょそこらの高校生に比べ、俺は普通なんだよな。父さんを超えるとは言ったものの、父さんにも全然敵ってないだろうし……。

 俺が黙ったのを落ち込んだと思ったのか……いや落ち込んでいるのだが、慌てたように母さんが言う。


「あっ、千秋の演奏を馬鹿にしてるわけじゃないわよ!?」

「あ、うん、わかってる……」


 俺が頷くと、母さんはホッ、と息を吐いてから言った。


「それで、千秋はどうしたいの?」

「……俺は……」


 もし失敗したら、ここでお別れだ。でもそう言っても現実感なんて全く無いし、他人事のように思う。

 ……それでも心臓は緊張で、音を立てている。


「……行きたいと、思ってる。俺は……もっとピアノが上手くなりたい。これは、すごくいいチャンスだと思ってる。……いい刺激が、貰えそうな気がするんだ」


 これはあながち嘘ではない。特別演奏会と書いてあるくらいだし、招待状も嘘に見えないから本当にやるんだろうし。

 ……その、「第二次ウィーン音楽聖戦」が起こるとして、その前に少しでも強くなれるに越したことはないからな。


 ……母さんに嘘をつくことになるのは、かなり心苦しいが。


「じゃ、行ってきなさいよ」

「……へ?」


 俺は情けなくそう声を出して顔を上げる。母さんは、ニッと笑っていた。


「行きたいんでしょ? 行ってくればいいじゃない」

「いい……のか? でも、学校とか……」

「休めばいいんじゃない?」

「そんな簡単に……」

「何ウジウジしてるの!! せっかくのチャンスなんだから、行ってきなさい!!」


 母さんがそう言って俺に手を伸ばし、頭を撫でる。


「子供の夢を応援してやりたいのが、親ってもんよ」

「……母さん……」


 俺はそう呟くように呼ぶ。夢……夢か。

 目標ならあるけど、別に夢……というほどではない気がする。


 ……俺の夢って、何だろう。

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