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第17話「決戦前夜」①

 かつて、「ウィーン音楽聖戦」という戦争が起こった。



 それは、音楽家による、音楽の威厳をかけた、戦争。

 たくさんの血が流れた。命が潰えた。……何よりも、美しい音が響き渡った。新たな美しい音楽が生まれた。

 これは、そんな何よりも汚く、何よりも美しい、戦争。



 そんな戦争が今、再び起ころうとしている。


 ──────────


 俺たちは、勇林……丸石まるいし勇林ゆうりんのいるいつもの音楽スタジオに集まっていた。メンバーはいつも通り、香光かこうぜん日下部くさかべ和奏わかな、キャンディ、衣川きぬかわ八遠やえん、そして俺……森千秋の六人だった。その顔は、それぞれ険しい。その中で俺だけが、何とも言えない居心地悪さを感じていた。

 ……この険しい雰囲気の原因は、ある手紙だった。


 俺は、「全日本学生音楽コンクール」というものにピアノで参加した。ライバルにも出会い、おそらく好成績は残せているだろう……というところで、観客席にいた和奏とキャンディが、職員からある手紙を受け取ったのだ。


 その差出人は、「日本演奏協会」。内容は、オーストラリアで開催されるという特別演奏会への招待状。……しかし、その「日本演奏協会」の前身は……「コン・アニマ」。かつてゼンたちが所属していた、危険な組織。……確実に罠だろう。そう悟った上で、ゼンはこう言った。

「『第二次ウィーン音楽聖戦』が起きる」、と。


 とりあえず俺たちは情報を整理するためにも、前世彼らの師匠……ユーリス・サーストンという名前だった、勇林のもとへやって来たのだ。


 ……。

 ……いや戦争って!! 何でただの高校一年生の俺がこんな話に巻き込まれないといけないんだよ……!! いや、俺はただの高校生じゃないな……能力とか使えてる時点で充分アウトか……。


「……ふむ、事情はわかった。事実、私も『コン・アニマ』にいる時に同じものを渡された。ヤーコプも同じだ」

「こんなのただの罠でしょう。乗る必要ありませんよ。Meister」


 ゼンが持つのと同じ手紙をヒラヒラと振る勇林さんの言葉に構わず、八遠がそう言ってゼンに身を乗り出す。しかしゼンは一切顔色を変えずに言った。


「……罠だろうっていうのは、俺も同意見。でも、疑問も残る」

「……何でこのタイミングで、ということか?」

「うん」


 勇林の言葉に、ゼンは頷く。


「前までは襲ってくるとか誘拐程度だったのに、突然距離を詰めてきたって感じがする。……どういうことなんだろう」

「……もしかしたら、『グラーヴェ』とのコンタクトが付いたのかもしれないな」


 勇林はそう顎に手を添えながら呟いた。「コン・アニマ」が個性を重んじる組織なら、「グラーヴェ」は、経済を重んじる組織だ。


「つまり、戦争をする準備がお互い出来たのかもしれない、ということだ」

「……」


 全員黙る。戦争する、準備。世界史や日本史の中でしか知らない、本の中の出来事だと半分思っているようなことが、今目の前で起ころうとしている。


「……次は、何人死傷者が出るか」


 勇林が吐き捨てるように呟く。その見た目には似合わない、難しい顔をしていた。


「私は……行かない方がいいと思う。……せっかく生まれ変わった命だし、皆にも会えた。……それを失くしたくない」


 キャンディが小さくそう言った。それに促されるように、次に和奏が口を開く。


「……私はぶっちゃけ、行った方がいいと思う。だってこのままだと私たち、いつまでも追われる生活だよ? この機会に、折り合いをつけるべきだと思う」

「……ふむ、私も奏嬢と同じ意見だな。しがらみは早く振り払ってしまうに限る」


 和奏の言葉に勇林も加勢する。その横で、八遠が身を乗り出した。


「私はもちろんMeisterに従いますが……俺個人としては、やはり罠だとわかっている以上行くだけ無駄だ。……前世のようにまた死にかねない」

「……お前、また『グラーヴェ』に行ったりしないよな?」

「今回はもちろん、Meisterと共にあります!!」


 ゼンがジロッ、と八遠のことを睨むと、八遠はそう言って胸を張る。張るとこじゃないだろ。相変わらず温度差すごいな……。


「……俺も行くのに反対。わざわざ危険に飛び込んで行くことないよ」


 賛成二。反対三。行かないが優勢だった。すると五人の視線が俺に向く。……当たり前だな。

 ……俺は……。


「……行った方がいいと思う」

「森下秋、お前、」


 ゼンとは逆の意見だったからだろう。八遠が半ば俺に噛みつくようにそう言う。しかし俺は気にせずに続けた。


「ただ、戦争しに行くんじゃない。……止めに行くんだ。実際俺たちには、それが出来るだけの力があると、俺は思ってる」

「……ふむ、そう言われるのは素直に嬉しいな」


 俺の言葉に勇林が優しく笑う。俺はそれを見てから続けた。


「……俺は、お前らと違って、前世の記憶がない。……だから、どんな戦争だったのかも、聞いた限りでしか知らない。実際もっと、えげつないことが起きてたかもしれないし……不安な気持ちもある。でもここで止めないと、またきっと繰り返す。俺は、逃げたくない」


 可能性があるなら、チャンスがあるなら。

 俺は、行くべきだと思う。


「音楽で誰かを傷つけるなんて、間違えてる。……例えどんな理由があっても許されることじゃない。……俺は、それを知ってるから……だからこそ、止めたい」


 俺はそう言って、顔を上げた。


「……お前らが来なくても、俺は一人でも行くぞ」


 その言葉に、全員顔を見合わせる。するとゼンが深々とため息をついた。


「……だったら、俺も行く。アキを一人で行かせられるわけない」

「ゼン……いいのか?」

「だって俺たち、相棒でしょ?」


 お前は俺の、前世からの相棒だ。

 初対面でのその言葉を思い出し、俺は思わず小さく笑う。


「……ありがとう」

「……だったら俺も行く。ただし森下秋、勘違いするなよ。お前のためじゃない」

「わかってる。……でもありがとう」


 俺の言葉に、八遠はふん、と息を吐き出した。仕方がないから手を貸してやろう、とでも言うように。……八遠らしい。


「……だったら、私も行くよ……一人で残されるとか、絶対嫌だもん」


 キャンディが弱々しくそう呟く。その声に勇林が言った。


「……キャンディ嬢。無理をすることはないぞ」

「ううん。……それに、皆がいるとなんとなく、大丈夫かもしれないなんて、思っちゃうから」


 キャンディはそう言って笑う。その言葉に俺たちは、何も返すことが出来なかった。

 わかってる。本人も、そこまで本気で言っているわけではないだろう。……だが、きっと嘘でもない。


「……だったら、この特別演奏会って九月中旬だよね。飛行機のチケットは入ってるけど、とりあえず親に許可取ってこないと。……何なら私たち、そこが一番問題な気がする」


 和奏がそう言って、封筒の中に入っていた飛行機のチケットでヒラヒラと顔を扇ぐ。許可、か……取れるだろうか……。


「そういやヤーコプの親は?」

「今世での両親は、どちらも日本人ですのでこちらに。しかし特別演奏会に行きたいと言えば了承は得られるでしょう。ドイツへ留学に行かせてくれたくらいですし」


 ゼンの言葉に、八遠はそうスラスラと答える。……そういやコイツ、元々はドイツに留学してたとこをゼンのために帰ってきたんだよな……。本当、良くやるよな……。


 次にゼンがチラッと勇林のことを見ると、勇林は肩をすくめる。


「私の今世での両親は、交通事故で亡くなっている。そもそも『コン・アニマ』に引き取られたのも、そこが原因だからな」

「……なんかごめん」

「気に病む必要はない。どんな善人も悪人も、等しく死ぬのだから」


 気まずそうに呟くゼンに対し、勇林はそうあっさりと言う。本当に気にしてはいなそうだ。……人生二週目だからだろうか。


「それよりゼン、お前は自分の心配をすることだな。許可は出るのか?」

「わ、わかんない〜……けど……いざとなったら強行突破……!!」

「……戦争前に無駄な血を流させるなよ、ゼン」

「師匠俺のことどんだけ野蛮だと思ってるの!?」

「冗談だ」


 勇林はそう言って小さく笑う。二人のコントのような掛け合いに、少し場の空気が緩むのがわかった。


「とにかく……ゼン、千秋、奏嬢にキャンディ嬢。お前たちはまだ高校生なのだからな。しっかり親の許可を取って来い。……最悪……」


 最悪、と、勇林はその先を言わなかった。しかし、言わずともわかる。……これから行くのは、いくら止める気で行くと言っても、戦争だ。……最悪、会う最後の機会、ということを、勇林は言いたいのだろう。

 俺たちはそれがわかり、神妙な顔で頷いた。それを見て勇林も頷く。


「……とりあえず、今日はここで解散としよう。……千秋。お前は今日コンサートだったのだろう。特にゆっくり休め」

「……ああ。そのつもりだ」


 勇林はまるで俺を安心させるかのように小さく笑う。俺たちは何とも言えぬ気持ちのまま、帰路に着いた。

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