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第16話「波乱のコンクール」④

「……勝手に期待していたこちらもこちらですが、まあまあ妥当。まあまあ人並み……。もう少し秀でたものが光るものかと、思っていたのですが……予想が外れたようですね」

「……おい、阿妻」

「ですが、これはあくまで私の感想。気にすることはありませんわ」


 吉柳の言葉にすぐ阿妻は笑って答える。そして阿妻は、ああ、それから、と続けた。


「……変わってなかったわ。貴方のピアノ」


 その言葉に、俺は疑問を抱く。……周りの参加者が最初に噂していた通り、俺は俺の演奏データなどを一切どこにも出していない。だから、俺の演奏はここが初耳だったはずだ。……なのに、変わってなかった……? まるで、俺のピアノを聴いたことがあるみたいだ。でも、俺とコイツは、ここが初対面のはず……一体どこで?


「では私はこれで。ぜひ、私のピアノを聴いてから帰ってください。後悔はさせませんよ」


 言うだけ言って、阿妻は控室の方へ去って行った。……本当、何なんだアイツは……。


「……阿妻は、本当に実力のあるピアニストなんだ」


 すると横で、吉柳が口を開く。


「……お前が拍子抜けなら、俺は阿妻にとって論外ってことか……」

「は? え、いや、何で……」

「俺から見て、俺より確実にお前が上だ。阿妻も、そこを見誤るわけがない」


 吉柳はそう言って、深々とため息をついた。


「……そんなにすごいのか、阿妻伊吹って」

「すごいなんてモンじゃねぇよ」


 俺の問いに、吉柳は小さく舌打ちをしてから返す。


「俺とピアノ歴も練習時間もほぼ一緒なのに、いつもあいつが上だ。お陰で昔から比べられて……それに、本当に実力があるから文句も言えねぇ。……聴いてみろよ。あいつの演奏。あいつが言ってた通り、絶対後悔はしない」


 そのどこか切羽詰まる声に、俺はただ頷くことしか出来なかった。



 そして、彼女の演奏を聴き、俺は。



「…………………………」


 俺は、外に出て一人、宛もなく会場付近を歩き回っていた。そうしないと、落ち着かなかった。


 惨敗。

 その二文字が、頭の中をグルグルと回っていた。


 演奏技術、曲の解釈、曲にかける思い、曲にかける時間。何より……ピアノに対する、執着にも似た強い意志。全てにおいて、負けていた。惨敗。俺はこの言葉以外に、今の俺に当てはまる言葉を知らなかった。

 そしてそれらを、全く俺たちに感じさせない優雅さを、アイツは持っていた。あくまでもさも当たり前のように。一体どれだけ裏で努力を積んでいるのか、検討もつかない。


 確実に俺は地区本選に上がれるだろう。吉柳も、もちろん言わずもがな、阿妻もだ。そして確実に、俺は阿妻よりも下だ。圧倒的な差を持って。

 ……全国大会に行くためには、四人の中の一人にならないといけない。もっともっと実力を付けていかないと、このままじゃマズい。俺は、すっかり阿妻の演奏に気圧されていた。


 すると、そこで。


「……あれ、アキ?」


 横から聴き慣れた声がして、俺は振り返る。

 そこには……ペットボトルを片手に椅子に座る、ゼンがいた。


「ゼン……」

「大丈夫? なんか顔色が悪いけど」


 こっち来なよ、とゼンが笑って手を振った。その声に促されるように、俺は彼に近づく。そしてその隣にゆっくり腰掛けた。


「……お前は随分、顔色良くなったな」

「まあね。外の風に当たってたら、良くなってきたみたい」


 ゼンはそう言って天を仰ぐ。ここは建物のお陰で日陰になっていて、天気はいいが風も通ってだいぶ涼しい。しばらく深呼吸をしたら、俺も少し楽になってきた。


「……どうかした?」


 するとゼンが、優しい声色で俺に問う。俺は思わず勢い良く顔を上げた。ゼンはそのことに少し体を震わせてから、また優しく笑う。


「アキ、誰かに聞いてほしいって顔してる」

「……」


 俺は口を開き、視線を前に戻してから再び口を開いた。


「……才能を、目の当たりにした」

「……うん」

「俺は、それに勝たないといけない。皆に、父さんに、何より……俺自身に。俺がピアノに向き合えると、証明するために」


 阿妻伊吹には、才能がある。

 先天的な演奏技術。音楽のセンス。しかしそれだけじゃない。彼女には、努力をする才能がある。


 例え先天的な才能があったところで、それを継続しない限りただの下らないオプションだ。活かすためには、続けるしかない。死物狂いで、しがみつき続ける。好きでい続ける。そういう意味でも、彼女はきっと才能がある。

 俺は、一度捨てた。俺にはない、才能。


「大丈夫だよ」


 俺の隣で、ゼンはあっさり告げる。


「アキは、証明出来るよ」


 顔を上げる俺に、ゼンは俺の方を見て笑った。


「俺たちに、音楽を教えてくれるよ」


 その言葉に、涙が出るほど息が詰まりそうになる。自然と、手が胸を抑えていた。心臓が高鳴る。トクン、トクン、と、一定のリズムを刻んでいる。


 やっぱり、好きだ。こんなにも好きだ。例えゼンが、〝森千秋〟じゃなくて〝森下秋〟のことが好きだとしても、でも俺は、森千秋は、ゼンが好きだ。


 それを今、全て言ってしまいたかった。この胸に宿る暖かい気持ちを、吐き出してしまいたかった。しかし俺は、その全てを諦める。こんな不安定な状態で、整理しきれていない気持ちを外に出すわけには、いかない。

 だから俺は、ありがとう、とだけ言った。


「……ありがとう」


 もう一度、念を押すように言う。ゼンは、ニッ、と笑った。


 ……そうだ。俺は、勝たなくちゃいけない。ここで、ステージで、俺を見せ続けるんだ。俺は、森千秋は、今ここにいると。

 八十八個の、鍵盤をもって。


「……そうと決まれば、本選に向けて練習しないとな」

「あれ、アキ。もう本選出るつもり?」

「結果発表は選定が終わり次第ホームページからだけど、まあ確実に上がってるだろ」

「うわー、すごい自信……」


 立ち上がりながらそう言うと、ゼンはそう呆れたように呟く。俺は彼に、小さく笑いだけを返しておいた。ゼンも続けて立ち上がろうとした、その瞬間。


「……あっ!! あんたら、こんなとこにいたの!?」


 そうキャンディの声がこの場に響く。流石普段歌ってるだけあってよく声が通るな、と思っていると、その様子がなんだか少しおかしい。キャンディに続いて和奏もこちらに駆け寄ってきた。


「え、ちょ、どうしたの?」


 ゼンはそう言ってキャンディの背中を擦る。キャンディは深呼吸を繰り返してから、手に持っていた何かを差し出した。


「これ……!! 最後の演奏が終わって、他のお客さんが捌けるまで、席で待ってたら……職員さんが来て、これを、私たちにって……」


 ゼンはそれを受け取り、目を見開く。俺が横からそれを覗き込むと、それは真っ白で特にこれと言った特徴のない封筒だった。差出人は……。

 俺が読み切る前に、ゼンが少し乱雑に封を切って中身を取り出す。中身は封筒に似合わない上質な紙だった。というか、何やら外国語で書いてあって全く読めない。


「……何だ? それ」

「……特別招待状」

「……何の?」

「……オーストリアで行われる、特別演奏会」


 俺の問いに、ゼンは淡々と答える。コイツ、これ読めるのかよ。

 ……って、オーストリア!?


 俺が顔を上げると、三人の表情は何とも険しい。俺一人だけが戸惑っていると、ゼンは口を開く。


「……俺たち、四人向けだね。アキがコンクールに出るにあたって、俺とキャンディと奏も来る……って踏んでたのかな。それとも、例え来なくてもアキから経由して渡されてたか……」

「……たぶんね。どっちにしろ、接触するつもりではあったでしょ」


 ゼンの言葉に、和奏はそう答えた。キャンディも頷く。俺が口を挟めないでいると、ゼンがこっちを向いた。


「……ごめんアキ。何が何だかわかんないよね」

「あ、ああ……っていうかそれ、結局誰からなんだよ?」


 俺が封筒を指差すと、ゼンは一瞬目を落としてから言う。


「……日本演奏協会」


 日本演奏協会、正式名称は、公益社団法人日本演奏協会。全ての演奏家の利益を守るための団体で、その道の人なら誰でも知っている協会だろう。


「……今はそんな名前だけど、その前身は……」


 ゼンは小さく息を吸って、続ける。



「『コン・アニマ』」



 俺は息を呑む。きっとしばらく、息をするのを忘れていた。


「俺たちがかつて所属していて、そして抜けた組織だ」


 ……今思えば、そうかもしれない。俺が一度その組織に誘拐された時、その地下の構造に見覚えがあった気がしたのだ。……俺はよく父さんの付き添いで、日本演奏協会の本部に行っていた。その構造と、一緒だったのだ。


 ゼンは手の中封筒の端を、ぐしゃっ、と握りしめる。


「……こんな嫌な予感、当たってほしくないけど……俺たちはきっと、また参加を強制されてる」


 キャンディも和奏も、暗い顔でその言葉の続きを待っていた。恐らく二人も、ゼンと同じ結論に達しているのだろう。

 俺一人だけ、それがわからない。


 ゼンはため息を吐き出してから、冷静に告げた。



「……『第二次ウィーン音楽聖戦』だ」

 全日本学生音楽コンクールと公益社会法人日本演奏連盟に土下座しないといけない回です。名前が同じ&似通っていますが実際の団体や人物とは一切関係がありません。ご了承ください。

 コンクールの流れや選曲は、やはり実際のものを参考に書かせていただきました。血眼になってスマホ(当時、執筆はスマホで行っていました)で調べまくっていたのが懐かしいです。本当に。

 当時参考にさせていただいたもののURLを下記に載せておきます。いわゆる参考文献というやつです。



・公式ページ

https://gaccon.mainichi-classic.net/


・吉柳の演奏曲

 二曲目(ショパン)

https://youtu.be/ZIAZ6_jbau4

 三曲目(ドビュッシー)

https://youtu.be/G9Cpc68zZXA


・千秋の演奏曲

 二曲目(シューマン)

https://youtu.be/V5hd4nNrRqo

 三曲目(バッハ)

https://youtu.be/phVUT9TCiXQ


 なお課題曲は、2010年の全日本学生音楽コンクールの高校の部、予選のものを参考にしました。ピアノの解説は「ピティナ」様のページを参考にしました。YouTubeのものもほとんどその方々のものです。本当にありがとうございました。

 最終閲覧日は全て2021年7月23日となります。

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