第15話「ステージで輝く貴方を」④
俺が連絡を入れてから戻ると、ゼンとキャンディは既に席についていた。そして俺が戻ったことに気づくと、顔を上げる。
「アキ。あの子は……」
「ああ。もう、大丈夫そうだ」
「……なら良かった」
ゼンが俺の言葉にフワッ、と笑った。その時、俺は先程の和奏の言葉を思い出す。そしてまた顔が赤くなるのがわかった。
「……アキ?」
「な、何でもねぇ。……それより、もうそろそろ始まるんだろ」
「うん」
俺が席に座ると、ゼンはニコッと笑って頷く。早る心臓を抑えながら、俺はステージの上に目を落とした。
……最低だな俺は。和奏に告白されたのに、考えているのはゼンのことばかりで。
そこでブザーが鳴り、響子さんが登場する。大歓声とともに、響子さんが演奏を始めた。
確かに、すごい演奏だった。動画サイトを一度全てさらってみたが、やはり臨場感というのは人を興奮させる。楽しい曲は手拍子を。悲しい曲は涙を流し。自然に感情を引き出される。そんな演奏だった。……楽器は若干違うが、参考になるところはあるな。
俺が興奮する頭の片隅で冷静に分析していると、響子さんが喋り始める。……演奏して、MCもして、本当にライブみたいだな。俺には……うん、無理だ。
そんなことを思っているうちに、誰かがステージの上に上がってきた。和奏が、ステージの中心に歩いてくる。どうやら、今彼女のことを紹介していたらしい。和奏はぎこちなく会釈をしてから、電子オルガンを譲り受けてその長い椅子に座った。
そして息継ぎの暇も無く、弾き始める。まずは和奏お得意の、明るいアップテンポの曲だった。また某テーマパークの曲で、誰もが知っている曲である。近くの子供がこれ知ってる、と母親に必死に訴えかけて、軽く怒られていた。
和奏の表情を見ると、リラックスした感じで弾いている。……そうだ。いい感じだ。
右手と左手の指を、足を軽やかに動かす。その大変さを、全く感じさせない演奏だ。自然と笑みが溢れてくる。
演奏を終えると、溢れんばかりの拍手が巻き起こった。和奏は軽く笑ってから、再び鍵盤に向き合う。すると客の拍手やざわめきも、すぐに消えた。
理由は簡単。和奏の雰囲気が、変わったから。
思わず俺は息を呑む。これは、和奏が選んだ勝負だ。
和奏が鍵盤に指を落とし込む。演奏が、始まる。
──ショパン、『ノクターン』。
今どき電子オルガンでクラシックを弾くのも珍しくない。しかも電子オルガンは様々な音が出るため、ピアノと違い、一人でオーケストラが出来る。それを好む人は多い。
かく言う和奏も、きっとそれに魅せられた一人だ。
普段明るい調子の曲ばかり弾く和奏に、この落ち着いてどこか悲しい曲は、冒険だ。完全な専門外、イレギュラー、不純物質。そんな言葉が似合う。
しかしそんな俺の考えは、すぐに覆された。
この曲は、和奏のためにある。そう言い切ってしまえるほどの、この表現力。
いつの間にこんな、とも思ったが、納得もしていた。……そりゃそうだよな。あんなに解釈をギリギリまで練り直して、練習を重ね、感情を指に乗せて。命を、削ってきた。
和奏の気持ちが、伝わってくるようだった。悲しく、辛く、苦しい。しかし流れに身を任せ、その心中は穏やかだ。優しい。そう、例えるなら、これは……。
……暖かい毛布だ。悲しくてやりきれない時でも、離さないでいてくれるもの。全てを包んで、抱きしめてくれるもの。
どこかですすり泣きが聞こえた。感情が揺さぶられる。そんな力が、和奏の演奏にはある。
和奏のことを、思い出した。昔からずっと隣りにいた。隣で、笑ってくれていた。
『千秋!!』
俺がどれだけ邪険にしても、名前を呼んでくれた。
『私、千秋のことが好き』
こんな俺を、好きでいてくれた。
そこで、ふと気がつく。和奏の言葉が、演奏が、俺に気づかせる。そっと触れて、教えてくれた。
そしてそれに気が付き、俺は頬に何か暖かいものが流れるのを感じた。なんてことはない。ただの涙だ。
ああ、気づいてしまう。今まで気づいてこなかった、悲しみに。
「っ……」
俺は小さく嗚咽を漏らす。それに気づいたのか、隣りにいたゼンが俺の顔を覗き込んで、ハンカチを差し出しながら背中をさすってくれた。その表情を見て、また俺は悲しくなる。
『その千秋の好きな人も、千秋のことだいぶ好きだよ!!』
そうだな。コイツ、だいぶ俺のことが好きだよ。
でも、違う。
コイツの好きと、俺の好きは、違う。
そう、気づいてしまった。
だって。
『お前は前世からの俺の相棒だ!!』
『そもそも俺が指揮を始めたのは、アキのお陰なんだよ』
『アキ、君のお陰で、俺は音楽が大好きになった。お陰で、毎日幸せ』
俺は一度も、〝千秋〟って呼ばれたことなんて、無い。
ゼンは、俺を見ていない。俺から、森下秋を見ている。ゼンが好きなのは森下秋で、俺じゃ……森千秋じゃ、ない。
そんな、どうしようもなく悲しいことに、俺は気がついてしまった。
だから俺は、アキと呼ばれるたびに苦しかった。こんなにも、辛くなったんだ。
気づいてしまった。だから俺はまた、アキと呼ばれるたびに悲しくなる。
この時、俺は初めて。
ゼンのことなんか、好きにならなければ良かった、なんて思ってしまった。
コンサートが、終わった。私は響子さんから激励の言葉と、今後のアドバイスをもらって、今日はそこで解散となった。本当に、有意義な体験をさせてもらったと思う。こんな機会、滅多にない。
私は迎えもなく一人、夜道をトボトボと歩いていた。トボトボ、か。私には似合わない擬音語だな。
そんなことを考えていると、視線の先に見慣れた姿があった。
「……キャンディ」
「……お疲れ様」
彼女は、キャンディは、ニコリとも笑わずにそう言う。私は思わず、フン、と息を吐き出した。
「……てっきり、千秋たちと一緒に帰ったかと思ってた」
「私もそのつもりだったんだけど、アキがあんたの演奏聴いて大号泣でね。ゼンに任せようと思って」
「……千秋が?」
それは少し、いやかなり意外だった。練習中に一回も、そんなこと無かったから。
私が立ち止まっていると、キャンディが近寄ってくる。……そして。
何故か、私の首に腕を回して、私は抱きしめられていた。
「な、何」
突然のことに私が戸惑っていると、キャンディは耳元で囁く。
「……フラレたんでしょ」
私は目を見開いた。そして、呟く。
「……何で、わかったの」
「……んー、女の勘?」
「何それ……」
そう会話をしてから、デジャブを感じた。思い返すと、私がこの子のお兄さんの件で、この子を見つけた時に同じ会話をしたことを思い出す。
「……私が落ち込んでた時、話を聞いて、励ましてくれたでしょ。……あんたにその気がなくても。だから、その恩返し」
キャンディは、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「今日は私が慰める番」
泣いていいよ。
耳元で優しく言われる。その言葉が、私の心の、優しい、柔らかい部分に触れた。あ、と思った時には、もう駄目で。……視界が潤んでいた。どうしようもなくすがってしまっていた。こんな、小さな子に。
……いや、前までは、私の方が小さかったんだっけ。
「……あんなに、好きだったのに」
「……うん」
「私の方が、先に好きだったのにっ、ずっと、ずっと見てきたのにっ……!! っていうか、本番前に普通そんなはっきりフる……!? デリカシー無さすぎなんだって……!!」
「……うん、そうね」
私は、気持ちを全て吐き出してしまう。気づけば地面に座り込んで、キャンディのことをしがみつくように抱きしめてしまっていた。
「……フラレちゃった、フラレ、ちゃったよ〜〜〜〜〜〜っ……!!!!」
うわぁぁぁぁぁぁんっ、と大声で、小さな子供のように泣きじゃくってしまう。悲しくて、悲しくて、仕方がない。彼女の肩に、自分の顔を押し付けてしまう。彼女はそれを、甘んじて受け入てくれた。
「……頑張ったね」
彼女はそう言って、私の背中を擦る。優しく、あやすように。その手に、どうしようもなく安心する。
心臓が音をたてる。私は生きている。恋をして、立ち止まって、破れて……きっとまた、新しい気持ちを見つける。
……出来るかな。
「……ねぇ奏」
呼ばれて、顔を上げる。彼女は、微笑んでいた。
「今日は、月も星も綺麗よ」
空を見上げる。確かに、綺麗だった。綺麗に瞬いて、世界を照らしている。だけど。
「……あんた、励ますの、ど下手くそじゃん……」
「……うるさいわね」
彼女は照れたように頬を赤く染める。その顔を隠すように、私は再び彼女を抱きしめた。
「……ありがとね」
私がそう言うと、別に、と小さく声が返ってくる。そして、また彼女は私のことを抱きしめた。
そうして私たちは、その夜空の下でしばらく抱きしめ合う。
私は今度は、彼女の腕の中で静かに泣くのだった。
和奏ちゃん、割と登場の仕方が最悪でしたが、やっぱり私の好きな女の子だな~と思います。きちんと自分を持っていて、弱さも抱えて怖がりつつもそれを認めていて、そのままの自分で強く前に進んでいく女の子。
失恋するシーンは、ずっと泣きそうになりながら書いていました。
そしてそんな和奏から1つの事実に気付く千秋です。前世の記憶があるゼンと、前世の記憶がない千秋、果たしてその溝は埋まるのでしょうか。
ちなみに電子オルガン(エレクトーン)は「ピアニスト」などと言わず「プレイヤー」と言います。だから「エレクトーンプレイヤー」と呼びたいところなのですが、作中では便宜上「電子オルガンプレイヤー」と言っています。悪しからず。




