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第15話「ステージで輝く貴方を」②

 和奏にチラシを見せてもらうと、そこには確かに堀江響子、という名前があった。顔写真も見て、俺は思い出す。確かにこの人は、有名な電子オルガンプレイヤーだ。コンサートを開けば、チケットは必ず完売するし、ファンも多い。和奏の業界なら、誰もが知っている奏者であろう。


「……で、何で和奏がそんな人のコンサートのゲストとして出られることになったんだ?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました!!」


 和奏はそう言って、ピシッ、と人差し指を立てる。


「私のパパは、響子さんの旦那さんと高校生の時の同級生で、この前たまたま会ったらしくて自分の子どもたち、つまり私とかの話で盛り上がったらしいのよ」

「……それで?」

「私がエレクトーンやってるって知って、響子さんの旦那さんが私に響子さんを紹介してくれたの!! それで何度か放課後に練習見てもらってさ。そこから流れで、響子さんのコンサートに出させてもらえることになったんだ!!」

「……へぇ……」


 そんな偶然ってあるものなんだな、と思いつつ、頭の中でようやく繋がった気がした。


 和奏が最近考え事をしていたのは、その響子さんとの練習について考えていたのだろう。そしてホームルームが終わったらとっとと帰ってしまうのも、響子さんとの練習が入っているから。確かにそんなすごい人に見てもらえるってなったら、そこに向かう一秒だって惜しい。


 ……いつの間にそんなことになってたんだなぁ……。

 何だか少し、幼馴染みなのに寂しい、と思ってしまったのは、きっと俺のワガママだけれど。


「……そうか。頑張れよ」


 俺がそう言うと、和奏は何故か少し息を呑んだような気がした。しかしすぐに気を取り直し、ニコッと笑う。


「うんっ!!」


 すると和奏はすぐに踵を返した。


「じゃっ、私はそれを伝えに来ただけだから!! また響子さんとの練習に戻るねー。コンサートには皆も来てほしいんだけど、今度予定伝えるから、もし暇だったら来てほしいな〜。……じゃあまたね!!」


 和奏は言うだけ言って、声をかける暇も無く走り去ってしまった。場には静寂だけが訪れる。最初に口を開いたのは、ゼンだった。


「……なんか、ほんと……名前に似合わず、嵐みたいな子というか……」

「……和奏って結構、おしとやかな名前な感じするもんな……」


 ゼンの言葉に俺はそう返す。とりあえず全員で紅茶を飲んで一息ついてから、今度はキャンディがまた練習を始めるのだった。





「森千秋くん、っていうのはあなた?」


 学校帰り。突然後ろから声をかけられ、俺とゼンは思わず振り返る。するとそこには、一人の女性が立っていた。


 かなり歳は食っているようだが、その事実さえ、何とも言えない色気のような、妖艶な雰囲気を醸し出している。はっきり一言で言うのなら、強い、だろうか。

 というかこの顔には、見覚えがあった。


「……堀江響子……」

「あら、私の名前を知ってくれているのね。光栄だわ」


 俺の言葉に、その女性……堀江響子さんは唇の端を少しだけ上げる。それから、歳上には「さん」を付けなさい、と軽く小言を言われた。





「和奏ちゃんからいつもあなたたちの話は聞いていて、一度会ってみたいと思ってたのよ」


 何故か俺たちはそのまま響子さんの家に招待され、もとい連行され、客間に通されてから和奏の話を聞いていた。


「……アキ、何でこんなことになってるんだっけ……?」

「……わからん」


 ゼンに小声で問われ、俺は小声で答えを返す。俺が知るはずもない。


「和奏ちゃんは、今日お休みなのよね」

「あ、はい。学校も休んでました」


 俺が答えると、響子さんはうんうん、と相槌を打った。


「昨日もあの子はいつも通り来たんだけど、その時から少し体調が悪そうだったのよね。だから昨日は早めに帰らせたんだけど」

「……昨日?」


 昨日と言えば、和奏が響子さんのコンクールに出られることになった、と聞いた日だ。しかし言葉のニュアンス的に、和奏がその話をしに来たのは、響子さんが早めに帰らせた後のようだ。じゃないと辻褄が合わない。

 ……体調が悪そうに、は、見えなかったが……上手く隠してたのだろうか。


 それに気づかなかったことに、少し心がざわついた。


「……あなたたちはあの子から、どれくらい聞いてる?」


 響子さんに問われ、俺たちは思わず顔を見合わせる。質問の意図はよくわからなかったが、先にゼンが口を開いて話した。


「どれくらい……あなたのコンクールにゲストとして出られるようになった、良かったら招待するから来てくれ、だけしか、聞いていません」

「……そう」


 響子さんは小さく呟いて、相槌を打つ。俺たちがまた顔を見合わせると、響子さんは言った。


「じゃあ丁度良かったわ。今日からチケットが発売で、何枚か取り分を用意しておいたから、渡しておくわね。……三枚が限界だったのだけれど、いいかしら?」

「あ、はい。いただきます」


 三枚チケットを差し出され、俺は慌ててそれを受け取る。確かに三枚分、受け取った。チケットには日付も書いてある。スマホで日時を確認して……うん。行けそうだ。


「ゼンはどうだ?」

「うん、俺も大丈夫そう」

「良かった。和奏ちゃんは二人……後はキャンディちゃん、だったかしら? 特にその三人に来てほしいみたいだから、良かったら見てあげてね」


 俺と、ゼンと、キャンディ。チケットは、丁度人数分の三人だ。

 そのチケットに目を落としてから、俺たちは響子さんを見つめる。響子さんはまた妖艶に、しかしとっつきやすく、ニコッ、と笑った。


「和奏ちゃんをよろしくね。千秋くん、ゼンくん」





 その言葉の意味はよくわからなかったが、時間は淡々と過ぎていった。たまに和奏から曲の解釈について質問を受けて、二人で参考文献をひっくり返したり、学校でも音楽室に置いてあるエレクトーンを貸してもらったり、使えない時は教室の机を叩いたり。和奏は笑いながら、楽しそうに練習を満喫していた。ように思う。


 そして、その本番の日がやって来た。


 勇林と八遠はチケットの枚数の関係で、いつもの防音スタジオで待つことになった。それはすごく申し訳無かったのだが、せっかくの幼馴染みの晴れ舞台なのだから行って来い、という勇林の言葉に促され、俺とゼンとキャンディはそのコンサート会場にやって来ていた。ちなみに八遠は勇林に相変わらずしごかれるらしい。勇林がそう息巻いていた。……ドンマイ、八遠。合掌。

 というわけで俺たちは、チケットを差し出し、指定された席を目指していた。


「ここがFだから〜……」

「ちょっとゼン、そっち反対よ。こっち」

「あ、ごめん」


 キャンディに襟首を捕まれ、ゼンは席まで連行される。どこに行ってもコイツらは変わんねぇな、と思いながら俺もそれに続こうと一歩踏み出した、その時。


「すみません、少し良いでしょうか?」


 そんな声がして、俺は振り返る。そこには、ここの職員だということを示す腕章を付けた男性が立っていた。


「……何でしょうか」


 俺が問うと、俺がついて来ないことに気づいたゼンとキャンディも戻ってくる。それを確認した男性は、俺たち三人に言った。


「堀江さんが呼んでほしいと、そうお申しづけされました」


 ……響子さんが?


 そう思って俺たちは、顔を見合わせた。

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