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第15話「ステージで輝く貴方を」①

 チャイムも鳴り、さよならー、と適当な挨拶を聞きながら立ち上がると、隣に誰かがやって来る。顔を上げると、スクールバッグを肩にかけた和奏──俺の幼馴染みである日下部和奏が俺の横を通り過ぎようとしていた。

 俺の視線に気づいた和奏は、ニコッ、と笑う。


「あ、ごめん。私今日も先帰るから、あのおチビちゃんのとこ行けないわ。よろしく」

「あ、ああ。わかった。それは、大丈夫なんだが……」


 俺が言い淀んでいる間に、和奏は短く折ったスカートを翻して俺に手を振った。


「じゃっ、そういうことで! また明日ね、千秋!!」

「あ、ちょっ……」


 俺が引き止める間もなく、和奏は足早に教室を去ってしまう。俺と同じように和奏に声をかけようとしていたであろう女子たちも、その手や視線が宙に舞っていた。一瞬だけ仲間意識を持っていると、肩をポン、と叩かれる。驚いて後ろを振り返ると、そこにはゼン──クラスメートで相棒……? の、香光善──が立っていた。

 ……そしてゼンに恋心を抱いている俺は、突然のことに思わず思いっきり後ろに後退った。


「そんな思いっきり警戒しなくても……」

「ぜ、ゼン。……悪い。えっと、どうした?」

「ん。一緒に帰ろうと思って」


 ゼンがそう言って微笑む。その言葉に、表情に、軽率に俺の胸は高鳴った。その衝動全てを押し込めて、俺はこっそり深呼吸をしてから頷く。


「……わかった」

「……それでさ」


 ゼンはそこで、視線を教室の入り口に向けた。


「あの子、どうしたの? 最近、アキに付き纏ってないじゃん」

「付き纏ってんのはお前もだろ」

「……まあまあ」

「いやまあまあじゃなくて」


 っていうか自覚あるのかよ。俺はそうツッコんでから、ゼンと同じように視線を教室の入り口に向ける。


「……わかんねぇ。最近、ホームルーム終わるとすぐにああやって帰るし……なんか、忙しそうなんだよな」

「そうそう。休み時間とかは、何か考え事してるみたいだし……何かあったのかな?」


 ゼンの言葉に、俺は少し考えてから返した。


「……まあでも、元気がねぇわけじゃないから、大丈夫だろ」

「……幼馴染みのアキが言うなら、そうなんだろうね」

「……なんか、いじけてんのか? お前」

「べっつにー?」


 そう言うが、ゼンは少しだけ頬を膨らませているように思う。意味がわからなくて、俺は首を傾げた。


「ほら、皆も帰り始めてるし、早く帰ろ。アキ」

「……ああ」


 俺は頷いて、歩き出すゼンの後ろに続く。教室を出てからは隣を歩いて、他愛のない話をしながら帰っていくのだった。





 まあ帰っていくと言っても、着くのはキャンディ──今世は飴木菓子──が練習する防音スタジオなんだが。

 俺たちが着くと、キャンディは既に着いており、呑気に紅茶を飲んでいた。どうやら練習はしていないらしい。


「失礼ね。練習はしてたけど、今は選手交代」

「選手交代?」


 俺がそう繰り返して顔を上げると……。


「ヤーコプ!! テンポがズレている!! 何度も言っているだろう、しっかり音を聴き適正なテンポにしろ!!」

「あーーーーわかってますって!!」


 ……ヤーコプこと、今世の名は衣川八遠を、勇林、丸石勇林がしごきまくっていた。八遠は指揮棒を持ちながら、悔しそうに歯ぎしりをしている。……八遠も唸らせるほどの指導、か……流石勇林だな……。

 八遠はイライラしたように頭を掻きむしっている。しかし勇林のスパルタがそれに構うことも無かった。


「今度は遅い!! 集中しろ!!」

「……ああああああああもううっさいな!! 俺の師でもないのに偉そうなんだよ!!」


 遂に限界が来たのか、八遠が指揮棒を叩き落とす勢いでそう叫ぶと、勇林からブチッ、という音が聞こえる……もちろんそれは、俺が脳内で補ったものだが。


「自らの師にすら見捨てられた男が偉そうなことを言うんじゃない!!!!!!!!」


 勇林は指揮棒を折らんばかりの勢いでそう叫び返した。八遠より全然声が通っていて、部屋全体がビリビリと揺れる感覚がする。流石普段鍛えているだけあるな。


 その勇林のガチの怒声に八遠も気圧されたようで、何か言い返そうと口を開いていたが、やがてガックリと項垂れた。

 その拍子に俺たちのことをようやく認識したのか、八遠がこちらをジッと見て、それからカーッ、と顔を赤くした。


「ま、Meister、に、森下秋……!! いつの間に……!?」

「……えーっと、ヤーコプ、テンポがズレている。しっかり音を聴き、適正なテンポにしろ、あたりから……」


 ゼンが馬鹿正直に答えると、八遠はワナワナと震えて叫ぶ。


「こんな未熟な姿、Meisterに見られたくなどなかった……!! そして、森下秋にこんな屈辱を味合わさせられるなどっ……!!」

「……いや、俺は別に何も言ってないだろ……」

「お前はこうして生きて呼吸をしているだけで罪だ」

「理不尽が過ぎるだろ」


 八遠が敵意むき出しで俺を睨みつけていると、その襟首を勇林が掴んだ。しかも身長差の影響でかなり八遠が後ろに反る形になっている。


「ヤーコプ。余所見をするな。今日は私がきっちりお前をしごく!!」

「……あーあ、師匠変なスイッチ入っちゃったね……ドンマイ、ヤーコプ……」

「ちょっ、Meister!? 見捨てないでください!!」


 八遠は涙目で訴えるが、ゼンはどこ吹く風だった。そして再び勇林のスパルタ指導が始まる。八遠はため息を付き、諦めて大人しく指導を受けることにしたようだ。


「……やっぱり甘い俺じゃなくて、厳しくしてくれる師匠の方がヤーコプには合ってるかもなぁ。俺だと、どうしても甘い部分が出ちゃうし、ヤーコプも自分に甘い面があるからね。そういうプライドをズタズタにしてくれる師匠の方が適任かも」

「でも、あの子の師はあんたでしょ」

「……はーい、わかってます」


 キャンディの言葉に、ゼンは苦笑いを浮かべながら呟く。思わず俺も苦笑いを浮かべた。


「そうだぞゼン!! 元はと言えばお前がこいつを放任しておくから、元の性格に更に拍車をかける結果となっているんだろう!! 師としての自覚をもっと持て!! お前もこっちに来い!!」

「ひえっ!? ちょっ、師匠、マジで地獄耳じゃん!! そのスイッチ俺に向けないで〜……!!」


 ゼンは情けない悲鳴を上げつつも、勇林に連行されて二人揃って勇林のスパルタ指導を受けている。それを見ながらまた俺は、苦笑いを浮かべた。


「……アキ、あんたも紅茶飲む?」

「あ、じゃあもらう」


 キャンディに促され、俺はもう一つ置いてあったカップに紅茶を注いでもらい、二人で無言でそれをいただく。茶葉の苦さとスッと体に染み渡る清涼感とが、自然と俺にため息を出させた。美味しい紅茶だ。勇林が淹れたのか。


「で、アキ。進展の方はどうですか」

「ピアノか? ……そうだな、やっぱり何度か心が折れそうになるが、練習を重ねて誤魔化してる。それと、まだ曲を何にするか定まりきっていないし……」


 俺はそう言って、鞄から楽譜を取り出した。どれも魅力的な曲で、でも、何というか、インパクトに負ける。そんな感じがする。

 ゼンに伝えた後、俺はキャンディと和奏にも、全日本学生音楽コンクールに出ようと思っていることを話した。二人は心から祝福し、応援してくれて、たびたびこうして相談にも乗ってもらっている。


 しかしキャンディは、違う違う、と何故か言った。


「進展って、ピアノじゃなくて。……恋の方」

「……は」


 思わず俺は変な声が出る。そして一気にブワッ、と顔が赤くなるのを感じた。


「……いやほんとにあんた、わかりやすくて心配になるわ」

「う、うるせぇな……。……進展は、無い」

「……ふーん?」

「……何だよ、その顔」

「いや、私の親友たちが早く幸せになってくれるのを願ってるだけよ」


 キャンディはそう言ってまた紅茶を一口啜る。なんとも絵になる、大人びた小学生だ。


「告白しようとか、考えてるの?」

「……いや、迷惑だろうし、この気持ちは……俺の、心の中にとどめておくつもりだ」

「……でもあんた、今以上の関係になりたいとは考えてるでしょ」


 ズバッ、と言われ、思わず言葉に詰まる。図星だった。……迷惑になることはわかりきっているのに、それでも淡い期待が止められない。

 ……ゼンのことだからきっと、迷惑だとも言わない。


「あんたがそれで我慢できるなら、いいけどね」


 キャンディはあっさりとそう言って、呆れたようにため息をついた。そして再び口を開く。


「そういえば、奏、最近どうしたの? 全然見かけないけど」

「ああ……」


 俺は相槌を打ってから言った。


「……俺たちにもわからない。ただ最近は、帰りのホームルームが終わるとすぐに帰るし、休み時間も真面目な顔で考え込んでるから、話しかけられないんだよな」

「……何かあったのかしら」


 キャンディはそう言ってツインテールを後ろに払う。憂い気なその瞳に、俺は何も返せなかった。

 再び俺たちが何も言わず紅茶を啜った、その瞬間。



「たのもーっ!! 皆!! ビッグニュースよーっ!!」



 突然そんな声が飛んできて、思わず俺は紅茶を吹き出した。


「うわ、きたな。ちょ、ここ借り物スタジオなんだから。ほら、早くティッシュで拭きなさいよ」

「ゲホッ、わ、悪い……」


 キャンディにティッシュを差し出された俺は、咳き込みながらもそれを受け取る。そして慌てて絨毯を拭き始めた。……ヤバイなこれ、シミになりそうな予感がするんだが……。


「……こういうのって掃除機で取れるんだったっけか?」

「うーん、わかんない……とりあえず洗剤持ってきて、タオルに染み込ませてから叩けばどうにかなるかな……」

「って!! そこの二人ナチュラルに無視すんな!!」


 俺とキャンディが絨毯を眺めながら考えていると、後ろから再び声が飛んでくる。振り返ると、そこには俺たちが先程話していた……和奏がドヤ顔で立っていた。


「うるさいわね、それどころじゃないのよ。場合によっては損害賠償請求されるのよ」

「えっ、マジかよ」

「管理者の人が優しければいいんだけど……」

「そ、それは、悪かったわよ……でも!! 私の話を!! 聞いて!!」


 和奏が駄々っ子のように叫ぶため(実際そう)、俺たちは仕方なくため息をついてから和奏の方を向く。流石に和奏の声がうるさかったのか、勇林やゼン、八遠も練習をやめてこちらへ来た。


「……ふむ。確かにこのシミは流石に管理人に相談しなければいけないな……」

「アキ、かなり派手にいったねぇ」

「うるせぇな……」

「不潔です。存在を消しましょう」

「隙あらば俺を消しに来ようとするな八遠」

「だから違うって!! もう皆ワザとでしょ!?」


 もうそろそろ和奏が可哀想になってきたため、黙って話を聞いてやることにする。和奏はゆっくり深呼吸をすると、コホン、と咳払いをしてから言った。


「私から重大発表があります」

「……おう」

「なんと私、超有名電子オルガンプレイヤー、堀江ほりえ響子きょうこさんのコンサートにゲストとして出られることになりました!!」


 どうだ!! と言わんばかりに胸を張る和奏に対し、俺たちは。


「…………………………誰?」


 と、そう言うのだった。

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