第14話「証明開始」③
後から聞いたことだが、八遠は実は今世では俺たちと同い年の高校生であるらしく、しかもゼンの通う高校を探り出して、元々ドイツで指揮を習いに留学していたところを、日本に戻ってきたらしい。ドイツの方がもっと音楽を学べるだろうに、わざわざ日本に戻ってきて、どんだけゼンのことが好きなんだよ、とも思うが、それよりもまず、コイツの情報網どうなってんだよ。俺の過去のこともそうだが、どうやって調べたんだよ。怖すぎる。
と言うわけで八遠も俺たちと同じ高校に通うことになったらしいが、まあ特に緊張も恐怖もしていなかった。前まであんなに八遠に恐怖を抱いていたのが嘘のようである。ゼンの存在が大きいのもあるかもしれない。
そしてゼンに話を聞いてもらってから俺は、ピアノに触れてみることが増えた。小さな頃に弾いたことのある曲をいくつか。メロディーは覚えているのに、弾けないものがほとんどだった。頭はしっかり働くのに、それが体に追いつかない。それがとてつもなく嫌で、自然とピアノを練習する時間が増えた。今更ながら、アキも、始めさえすればきっと、私みたいに飽き足らず練習すると思うよ、というキャンディの言葉を思い出す。確かに、そうだったな。やってもやっても、やり足りない。
そんな俺は、あることを決心して、それをゼンに伝えたいのだが……。
「……」
久しぶりに学校に来て、今更ながら、ゼンが人気者なのだということを思い出した。というかアイツは基本的にいつも俺や和奏とつるんでいるから、忘れていたというのもあるかもしれない。でも俺と和奏が近くにいなければ、絶えることなく人がゼンを訪れる。すごい人気者だな、本当。
中には、明らかにゼンに好意を抱いている者がいるということがようやくわかった。俺もゼンが好きで、恐らく俺もゼンを前にしたらあんな感じになってしまうんだろうか、なんて考える。……いや、キモいな。男があんな顔したら普通にキモい。あれは女がやるから良さそうだ。学校全体で人気者の女子もゼンを訪れ、そして恋をするように頬を染めている。……可愛いんだろうな。まず生まれてくる性別から負けていて、俺はため息が止まらない。最近は教室でもピアノを練習しているが、ゼンがいると嫌でも目に入って、集中出来ない。
……恋、か。恋って、面倒くさいな。でも、悪い気はしない。何故だか、そう思う。
こんなに悲しくて、妬いたりもして、でもこんなにも嬉しい。初めての感情だった。
俺の恋が叶うことは、絶対に無いだろうけど。それでも、この気持ちは大事にしたいと素直に思った。
……思うんだけど、せめて神様。今日だけでいいから二人っきりで話すチャンスをくれよ。少しだけ話したいことがあるんだよ。何で今日に限って、こんなに話す機会がないんだよ。
急いで言うことでもないし、と舐めていたら、もう放課後になってしまった。
……いや別に、本当に、急ぐことも無いんだけど。でも、早く言ってスッキリしたいっていうのもある……いや、告白するわけでもないんだが。
ゼンは教師陣から仕事を頼まれ、放課後もまさかの潰れてしまった。というわけで俺はトボトボ一人で帰っている。はあ、と自然とため息が出た。
今まであんなに二人っきりで話す時間は沢山あったのに。いざ活かしたいとなるとこんなに時間が取れないだなんて。
……ツイてねぇな……。
まあいい。とりあえず今日も、キャンディが勇林とレッスンしているという防音スタジオに向かおう……。
「アキ!!」
後ろからそんな声がして、俺は立ち止まってから振り返る。
するとそこには、息を切らして笑って俺を見る、ゼンがいた。
ドキンッ!! と、心臓が一気に跳ね上がる音がする。こんな走って来てくれるだなんて。嬉しすぎる。いや俺、乙女かよ。
心の中で一人ツッコミをしていると、ゼンが息を整えながら歩み寄って来た。
「……頼まれごとは、どうしたんだよ」
「終わらせてきたよ。そしたらアキがいなかったから……走ってきた」
「……そんな、わざわざ……」
「だって」
ゼンはそう言って笑う。
「今日一日中、何か俺に、話したがってそうだったから」
「……!!」
顔が赤くなるのがわかる。気づいてくれた。しかも、走ってきてくれた。それがどうしようもなく嬉しくて、俺を舞い上がらせた。柄じゃないのに、こんなにも小さなことで喜んでしまっている。
……いや、小さくないか。
俺にとっては大きくて、大事なことだ。そうなんだ。きっと。
「それでアキ。俺に何を伝えたいの?」
ゼンがそう言って俺の顔を覗き込む。それからハッとしたように目を見開いて、勘違いだったらごめん、と慌てたように謝った。その様子に、思わず笑ってしまう。
「……お前にとっては、どうでもいい話かもしれないけど」
「うん」
「……俺、全日本学生音楽コンクールに出ようと思う」
その言葉に、ゼンは驚いたように目を見開いた。そして、優しく笑う。
「……ピアノのコンクール?」
「ああ。他にも、バイオリンとか声楽とかフルートとかチェロもあるが……とにかく、それのピアノの、全国大会に出ようと思う」
俺は手を握りしめた。音を紡ぎ出す、大切な相棒を。優しく。
「俺は、ピアノと向き合いたい。……もっと、上手くもなりたい。そのためには、このままじゃ駄目だ。……もっと別の人の、色々な実力を見て、自分を試したい。勘だが、こうして自分を高めようとすることが、強くなることにも繋がる気がするんだ。だから……コンクールに、出ようと思う。実力を、試してみたい」
ピアノを弾くなんて、たぶん小学生以来だ。腕も落ちていると思う。対してそのコンクールに参加するのは、きっと昔からその楽器だけに人生を捧げてきた人たちばかり。かなり無謀な挑戦だと思う。きっと俺じゃ、手も足も出ない。
だけど。
「ピアノと、もう一度ちゃんと、向き合いたいから」
一度は逃げてしまったけれど。
もう一度、向き合うチャンスがあるのなら。
俺はそれを試したい。
……いや、そもそも、地区予選と地区本選で選ばれないと、全国大会には出られないんだが。
「いいんじゃない?」
その声に、俺は顔を上げる。
「いいと思う。俺も、楽しみ。……応援してるね」
小さく、息を呑んだ。それから、体の底から嬉しさが込み上げる。ワクワクしているのがわかった。こんなにも、こんなにも心を、魂を揺さぶられている。こんなことは、滅多に無い。
「……ありがとう」
素直に礼を言うと、ゼンも笑って頷く。じゃあ帰ろっか、とゼンは言って、歩き出した。俺もそれに続く。




