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第13話「水底から響く音楽」④

 ──────────


「ねぇアキ。何か弾いてよ」


 ゼンに言われ、俺は少しだけ考える。それから、鍵盤に指を置いた。


 深呼吸をし、心を落ち着ける。

 指を、鍵盤に沈み込ませた。



 ──パッヘルベル、『カノン』。



 有名な曲で、多くの人に親しまれ、弾かれている曲だ。弾いていると、落ち着いた心地の良い気分になれる。……俺の涙も、ようやく止まった。おせぇよ。


「……ゼン」

「ん?」

「……ありがとな」


 弾きながら俺が礼を言うと、ゼンはキョトンとしてから笑う。


「どういたしまして」


 そう言ってから、ゼンは続けた。


「てか、弾きながら喋るなんて器用だね」

「……弾き語りの練習とかしたことあるからな」

「えっ、聴きたい」

「……また今度な」

「わかった、約束だよ」


 俺は顔を上げ、隣を見る。ゼンがいる。俺を、俺の演奏を見て、嬉しそうに、心地良さそうに微笑んで、笑っている。


 ドキンッ、と、心臓が跳ね上がった心地がした。鼓動が一気に早くなる。それで演奏が乱れていないか心配になったが、ブランクはありつつもしっかり動いてくれていた。


 しかし心臓の鼓動は、中々もとの早さに戻らない。何だ、何だ? コイツの存在を、声を、熱を、隣に意識するたびにおかしくなりそうだ。何度も何度も味わって、理解しようとして、出来なかったこの鼓動。

 顔も熱かった。まるで熱が出たようだった。でも、違う。そういうものじゃない。体感でわかる。


 ……でも、何故か今なら、わかる気がした。頑張れ、頑張れ。


 優しいタッチで、指を動かす。優雅な気持ちで。たまに、愛を込めるように。可愛く、歩くような気持ちで。


 心臓が訴える。何かを教えようとしている。


「……アキ。綺麗だね」


 隣のゼンが、ふとそう言って笑った。また心臓が跳ねる。


 その時、ふと思った。何で俺は、カノンを選んだ? 他の曲でも良かったのに。


 何を思って弾いている? ……優雅、日常、微睡み、優しさ、愛……。

 ……愛。



 ──ポーン。



 ピアノの柔らかい音が、俺の中を反芻するように優しく響く。その気持ちが、ストンと俺の中に落ちてきた。


 ……好きなのか、俺は。

 恋をしている。


 俺は、好きだ。

 この隣にいる男が、好きだ。


 すごくカッコ悪くて、たまに一言多かったりからかってくるのに、いざとなったらカッコ良くて、強くて、俺を守ってくれる。

 ……ああ、好きだ。



 俺は、ゼンが好きだ。





















「〝だーかーらー、俺はピアノコンクールなんて興味ないっつーの〟」

「〝まあまあそう言わず! 俺の彼女が出てるんだって! 付き合ってくれ!〟」

「〝いや俺関係ないじゃん!?〟」


 そう言いつつも、ガタイの良い友人に引きずられ、ゼンは嫌々コンサートホールに連れてこられていた。

 抵抗を諦めてゼンは客席に座りつつ言う。


「〝だぁって俺、ほんと無理なんだよ。つまんなくて寝ちゃう。てゆーか、皆下手なんだよね。テンポ狂ってて気持ち悪いし。テンポ変わるとことか違和感ありすぎ。曲の一部なのにテンポ変わるたびに別の曲に変わってるみたいなんだよね〜。ほんと無理……〟」

「〝……な、なんか、悪かったよ。でもそれ以上やめとけ、視線が痛いぞ……〟」


 へーへー、と呟いてゼンは口を閉じる。そうこうしているうちに、コンクールが始まった。


 始まって、やっぱり、とゼンは思う。

 コンクールのくせに、下手な奴らが多すぎる。テンポ狂いすぎ。気持ち悪い。そんなことを思いながら目を閉じる。ちなみに友人の恋人の演奏もだいぶ狂っていた。それを言ったら半殺しにされかねないため、言わないが。


 はあ、とゼンがため息をついた。その時。



 ゾッ!! となり、空気が変わるのがわかった。



 思わずゼンは目を開き、身を乗り出す。まだ演奏は始まってなかった。演奏者が出てきただけだった。しかし、ゼンにはわかる。


 ──次のやつ、ヤバい。


 アナウンスが流れた。アキ、モリシタ。もちろん知らない名前だった。


 彼は静かにピアノの前に腰掛け、黙って天を仰ぐ。静寂がその場を支配する。ああ、とゼンは思った。

 この空白すら、彼の演奏だ。


 彼はピアノを弾き始めた。淡々と、しかし情熱的に。欲情的に。


 はっ、と、ゼンは思わず息を呑む。恐らく、呼吸も忘れていた。

 それほどゼンは、一瞬で狂わされた。


 ゼンは思わず口を抑える。しかしゼンとは対照的に、場はシラケているように思えた。何でだ、何で誰もこの良さがわからないんだ。


 ──美しい。

 ゼンは、そう思わずにいられなかった。





 コンクールが終わり、ゼンは一目散に駆け出していた。彼に会いたい。その衝動だけが、ゼンのことを突き動かしていた。

 幸いにも、彼はすぐに見つかった。人混みの中、興味なさそうに帰ろうとしている。


 人波をかき分け、ゼンは彼の手を掴んだ。

 すると彼は驚いたように振り返る。ゼンは笑って、矢継ぎ早に言った。


「〝すごい!! とにかくすごかった……!! とても、何というか、心が揺さぶられるというか、こんなに音楽で感動するって初めてで……!!〟」

「……え、えっと?」


 何だか反応が悪い、と思っていたら、そこでゼンは彼が日本人だということを思い出した。思い出し、ゼンは頭をひねってから言う。


「〝えーっと……〟あなた、ピアノ、上手い」

「お、おう……」

「とても、上手い、わたし、あなた、ピアノ、好き」

「……どうも……」


 継ぎ接ぎの日本語で言うと、伝わったのか彼は少しだけ微笑んだ。それを見て、思わずゼンはブワッ、と顔が赤くなる。


「……アンタ、変なやつだな。俺のピアノは、箸にも棒にもかからないのに」

「……?」

「ああ、悪い。わかんないんだよな。えっと、とりあえず……」


 彼は首をひねってから、笑って言った。


「……Vielen Dank」


 ありがとう。


 そう言われ、ゼンは思わず言葉を失う。そして。


「……好き!!」

「……え? あ、はい」

「わたし、あなた、好き!!」


 そう叫び、彼は呆然となり、そして。


「……何言ってんだ? コイツ」


 千年の恋も冷める声色で、彼は眉をひそめる。


 それが、ゼンとアキの出会いだった。



 一目惚れって言うのかな、というより、完全に一目惚れだった。

 千秋の過去が分かり、かつ千秋が恋心に気付く回。どちらも1話から引っ張りました。長かったですね……。

 これはX(SNS)でも言ったのですが、私がファンタジーものだと主人公に業(自分のせいで起こった何かしらの過ち)を背負わせがちですが、千秋は私にしては珍しくそれがないんですよね。自分ではどうにも出来ない事情を背負っています。

 だからこそ余計に辛いだろうな、と思います。自分に収束しない問題なので、自分で責任取れないんですよ。だから気持ちにケリをつけるしかないと思います。

 というわけで今回はそんな話でした。完成度が高いと思う。


 あと今回最後に載せたゼンとアキの出会いの話、本当はあとがきの後に載せていた短編なのですが、本編に入れちゃった。

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