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第13話「水底から響く音楽」②

 目を開いた。もしかしたら、眠っていたのかもしれない。わからない、が、頭がぼんやりしていたから、やっぱり眠っていたのかもしれない。

 今何時だと思って、目覚まし時計を手に取ろうとして、手が宙を舞う。それから、この前自分で壊したことを思い出した。……今の下り、やるの何回目だよ。いい加減学習しろ。


 そんなことを思いながら、俺はスマホを探す。常に充電しているから、常に百パーセントのスマホの電源をつける。……十七時五十分。つまり、もうすぐ午後六時か。部屋の中で何もしていないから、一日中何もしてないのに腹も減っていなかった。……でも母さんがきっと何かしら用意してくれて部屋の前に置いておいてくれただろうし、そこは悪いことをした。


 起きたと言えど、何もやる気は起きなくて、また布団に包まって目を閉じる。それ以外、することがない。

 眠くもないのに、眠れてしまう。惰性に寝返りを打った、その瞬間。



「もしもし〜、アキ〜?」



 そんな声が、耳元で響いた。


 思わず飛び起き、辺りを見回す。しかし、誰もいない。というか、今の声……。

 ……ゼン……。


 ドッ、ドッ、と心臓が音を立てている。するとまた、声が聞こえた。



「えー、先に言うと、風に乗せて俺の声を乗せているので、返信不可です。ご了承ください」



 送信専用のメアドかよ、と思わず心の中でツッコみながらまた布団に包まる。しかし否応なしに声は届いた。



「……えーっと、俺今、アキの家の前にいるんだよね。でもアキの妹ちゃんが入れてくれなくて。お兄ちゃんはわたしが守るの、だってさ。俺すっかり悪者だよ。どうしようね」



 ……春万……。お前……。

 本当に、俺を守ろうとしてくれているのか。



「だから無理矢理入るわけにもいかなくて。……でも俺、アキと話したいよ。だから、アキ、お願い。……出てきてほしい。ううん、出てこなくてもいいよ。せめて、顔見せて」



 ドッ、ドッ、と心臓は依然として音を立てている。はやる呼吸が、俺の中の何かを掻き立てる。……怖い。知らない感覚だった。

 しばらく動けずにいると、遅れて声が響く。



「……じゃ、今から十秒以内に窓から顔出さないと、アキの家の中にある電子機器という電子機器、全部俺が能力で鳴らすね。不快な音にはならないだろうけど、まーうるさいだろうね」



 その言葉に、俺は思わず青ざめた。急な脅しじゃねぇか。いや、俺だけならまだ耐えられるが、それはつまり家族にも迷惑がかかる。それはご免だ。


 はい、じゅー、きゅー、と恐怖のカウントダウンがされていく。俺は慌てて飛び上がり、震える手で窓を開いた。

 そして。



「アキ!!」


 下から、声が響いた。



 恐る恐る、目線を下に落とす。そこでは……ゼンが、いつもと変わらない笑顔で、俺のことを、見つめていた。


 ドキンッ、と心臓が跳ね上がる感覚がする。顔に熱がたまり、まるで今それをやる方法を思い出したかのように、全身を汗が流れ出した。


「……ゼン……」

「……二週間ぶりだね。アキ」


 ゼンはそう言ってから、真面目な顔で告げる。


「お願い。もう脅したくない。俺は、アキと話がしたいから。……アキの手で、アキ自身の意志で、部屋を出て、こっちに来て」


 しばらく、見つめ合う。俺は、何も返せない。足も、手も、震えている。しばらくマシに動いていなかったせいだ。

 ……怖い、怖い。


「待ってるから」


 その声に、顔を上げる。

 ゼンは、優しく微笑んでいた。


「ゆっくりでいいよ。アキが来るまで、ここで待ってる。ずっと」


 その言葉に、俺は、何かを言いかけて、結局黙る。……いや、それって……。

 ……結局、脅してるじゃねぇか……。


 何だかもう、馬鹿らしかった。馬鹿馬鹿しくて、やってられない。俺は、窓から離れた。離れて、クローゼットを開く。どうしようか迷って、迷った末に制服を着た。何ということもない。それ以外にマシな服を持っていなかっただけだ。

 制服の上から、パーカーを羽織る。フードを被って、俺は窓枠に手をついた。


「……ゼン」

「何?」

「……ちゃんと受け止めろよ」

「……へっ?」


 突然の俺の言葉に呆然とするゼンに構わず、俺は。

 飛んだ。


「……えええっ!?」


 二階から飛んできた俺に、ゼンは慌てつつも……しっかり、俺を受け止めた。抱きしめられて、ゼンは思いっきり地面に倒れて頭を打つ。痛そうだった、が、まあ、いいか。


「いや良くないから!! そんなモノローグ挟んでも全然良くないから!!」

「……何で来たんだよ」

「え?」

「……何を、話すことがあるんだよっ……」


 俺の言葉に、ゼンは小さく笑う。そして、俺の手を握った。


「話したいこと、沢山あるよ」


 行こっか。と、ゼンは、俺の手を引いた。





 道中で、様々な話を聞いた。まずは、ゼンの弟子である八遠のこと。彼はゼンがなんとか説得をし、勇林のもとへ預けられることになったらしい。ひとまずは、俺に影響が出ることは無いようだ。次に、和奏やキャンディのこと。二人ともアキのことを心配していたよ、と言われた。後は、勇林が八遠にかまけているせいで、キャンディが全然練習が出来ないとぼやいていたと。


 そんな話を聞きながら連れて行かれた場所は、見覚えがあった。ここは確か、市が運営している、文化ホール。


「……何で、こんなとこまで……」

「いいから。使用許可は取ってるし」


 そう言いながら、ゼンは依然として俺の手を引き続ける。……手の、繋がった部分が熱かった。熱を持って、その熱が、心臓の鼓動を促している。


「ここだよ」


 そう言ってゼンは、重苦しい扉を開く。そして、目の前に広がったのは……。


 ……沢山の客席。ライトに照らされた舞台。……その中心で重く光を放つ、グランドピアノ。


「まっ、狭い舞台だけど、許してね」


 ゼンはそう言いながら、俺の手を離して客席を下っていく。……俺はその場から動けず、立ち止ったままだった。


 嫌な汗が流れている。ここにいては駄目だ。ここにいれば、俺は……俺はっ……。

 見えない衝動に動かされるように、思わず踵を返す。



 ──〜♪



 するとふと、ピアノの音が、俺の耳に入った。

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