第11話「オーストリアの歌姫【後編】」④
その後ハルネスは去り、改めてキャンディが俺たちに頭を下げた。
「……皆を巻き込んで、本当にごめんなさい。……でも、来てくれてありがとう」
「……ま、勝手に来ただけだし、気にすんなよ」
俺がそう言うと、キャンディは微笑む。そしてもう一度、ありがとう、と呟いた。
するとキャンディの顔つきがふときゅっ、と引き締まる。何か、覚悟を決めたような顔だった。
「私、決めた」
俺たちが黙っていると、キャンディは続ける。
「私、もっと強くなる。もっとすごい声楽家になる。世界一の声楽家って言われるくらいの、技術を身に付ける」
だから、と言ってキャンディは笑った。
「……これからも、よろしくね」
そう言ってからキャンディは、だからってちょっとおかしいか、と呟く。しかしゼンも俺も、……和奏も、こちらこそ、と言った。
「そういえばあんたって、名前何なの?」
ふと、和奏が思いついたようにそうキャンディに問う。するとキャンディは、え、と呟いて固まった。
「いや、あんたの名前。前世がキャンディだからそのままキャンディって言っちゃってたけど、今世の名前は聞いてないじゃん」
「……いや、そうだけど……」
キャンディは少し渋ってからも、小さく呟く。
「……飴川」
「飴川、何?」
「……飴川キャンディ」
「は?」
「だーかーらー」
和奏が聞き返すと、キャンディは顔を赤くしながら半ば叫ぶように言った。
「お菓子の菓子って書いて、飴川菓子!! キラキラネームなの!! 悪い!?」
菓子と書いて、キャンディ。
それが頭の中で結びつき、和奏はぶふっ、と思いっきり吹き出した。するとキャンディの顔がなおのこと赤くなり、和奏のことを殴り始める。
……だから今世でもキャンディなのか……まあ、突然別の名前言われて定着出来ないから、俺は名前が何でもいいが。
「話はまとまったようだな」
するとそんな高い声が響き、俺たちは振り返った。そこには……。
「勇林」
「師匠!!」
俺とゼンが同時にそう言う。勇林は少し嬉しそうに、ニコリと笑った。
「キャンディ嬢の兄が現れ、一時はどうなることかと思ったが……まとまるところにまとまったようで良かった」
キャンディ嬢……、と俺は心の中で呟いてからゼンの方を向く。
「そうだ。コイツ、お前の師匠なのか?」
「いやいや!! 俺だけじゃないって!!」
興奮気味でゼンは続けた。
「ユーリス・サーストン、音楽に関するスペシャリスト。指揮を教えてくれたのも師匠だし、アキと奏のホームステイ先、及び指導、キャンディへの指導も全てこの人がしてくれたんだよ。鍵盤楽器から弦楽器まで、全ての楽器をプロ並みに扱うことが出来る、言わばレジェンドだよ!? 現代の音楽史にも残る人なんだからね!?」
俺は呆けながらそれを聞いて、そして勇林に目を戻した。
「……アンタ、そんなすごいヤツだったんだな」
「今はただのクソガキだがな。『コン・アニマ』に囚われの身だが、何とか前世は隠し通している。……あんな戦争に巻き込まれるのは、もう二度と御免だからな。だが、私の才能を見越して組織に勧誘したい気持ちもわかるが」
「流れるように自画自賛したな」
俺のツッコミを他所に、勇林はキャンディに近寄って、その顔を見上げる。
「さて、キャンディ嬢。お前の意志はしかと受け取った。……そこでだ。もう一度、私が師として指導を承ろうか?」
「えっ……そんな、良いんですか?」
キャンディは目を見開く。勇林は、大きく頷いた。
「まだまだお前に教えられていないことは沢山ある。だが、お前もわかっているように私の指導は厳しい。……気を抜かず、付いて来るように」
「……はい! ユーリスさん!」
「何、今は勇林だ。これでも私は今世をエンジョイしているんだからな」
勇林とキャンディは微笑み合いながら和気あいあいと話す。しかしふと、勇林の真面目な顔がゼンを見た。
「そうだ、ゼン」
「あ、はい。何?」
ゼンが首を傾げると、勇林は言う。
「……ヤーコプが日本に向かって来ているようだ」
その言葉に、ゼンは目を見開いた。……ヤーコプ……? 誰だ?
しかし眉をひそめる俺に構わず、二人は話を進める。
「そうか……あいつが」
「私も気を配るが、ゼン。お前は特に気を配っておくべきだ」
「……うん、もちろん」
そこでふと、ゼンが俺の方を振り返った。そして……小さく、笑う。まるで、俺を安心させるみたいに。
「……アキ、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だって!」
「は? いや、してねぇし」
「またまた〜、眉間にシワ寄ってるよっ」
「突くな」
俺はそう言いながらゼンの手を振り払った。その顔を見て、俺は口を開きかけて、喋ろうとして、やめる。
どちらかと言えばお前の方が、不安そうな顔してるだろ。
その言葉は、言えなかった。
……ヤーコプ、名前だけ、念の為、覚えとくか……。
俺はそう思いつつも、帰ろうと歩き出す皆のことを追いかけた。
──────────
どしゃっ、と音が響く。キャンディの悲鳴が、小さく響き渡った。
「〝ゼン……!!〟」
「〝まあ、指揮者の端くれにしては、頑張った方じゃないか?〟」
そう嘲るように言うハーネスを、ゼンを介抱するキャンディがキッ、と睨みつける。それを見たハーネスは、少しだけ悲しそうに笑ってから身を翻して言った。
「〝キャンディは、一時だけ君に預ける。……丁寧に扱ってくれよ〟」
そしてハーネスはそこから去る。その背中を見送ってから、キャンディは地面に倒れるゼンを涙目で見つめた。
「〝あー……、ごめんね、キャンディ……。あんなにカッコつけたのに、カッコ悪いね……〟」
「〝ゼンっ、傷が酷いわ! 早く治療しなくちゃ……!〟」
「〝……キャンディ。大丈夫……落ち着いて〟」
ゼンは、薄く笑う。
「〝君のせいじゃ、ないよ……〟」
「〝……!!〟」
キャンディは目を見開いた。その拍子に、青色の涙が溢れる。ゼンは震える手を伸ばし、しかし届かず、その手はただ宙を舞う。
「〝……また来たって、大丈夫だよ。その度、俺が、相手してやる〟」
「〝駄目!! だって今だって、こんなに瀕死の傷を……!!〟」
「〝……大丈夫。俺はいなくならない。……怖がらないで……〟」
ゼンは必死に手を伸ばし、キャンディの頬に触れた。
「〝……約束しよう〟」
そしてゼンは、笑う。笑って、約束をする。
来世まで続く、約束を。
「〝俺は、君を一人にしない。いつか君に、君を守って君を愛してくれるような人が現れるまで、俺が君を守るよ〟」
その言葉にキャンディは顔を赤く染める。そして小さく、馬鹿、と呟いた。
キャンディちゃんが大好きな私がめちゃくちゃ楽しんで書いたと分かる回です。更にこの時から女子同士の関係性が好きなんだろうな、と……。
やっぱね、何があってもちゃんと立ち上がる強い女の子が好きです。
というわけで、ここからは前世の因縁に向き合っていく話ですよ。




