第11話「オーストリアの歌姫【後編】」③
「……ずっと疑問に思ってたんだよ」
俺の声に、前を歩いていたゼンは振り返って首を傾げた。
「何を?」
「……キャンディの、お兄さん。……さっきのゼンの言葉を聞いて、ようやくわかった」
「え、ごめん、何の話????」
突然の俺の言葉に、文末に「?」しかつけていないゼンに、俺は言う。
「……何か、その言動にいちいち引っかかるとこがあったんだよな……それの正体がわかったんだよ」
「……う、うん……?」
ゼンが首を傾げているのを見てから、俺は顔を前に戻して言った。
「……キャンディのお兄さん、自分のことしか考えてないんだと思う」
「……と、いうと?」
「言葉こそ、キャンディを気遣うことばかりで、実際大事に思っているのはわかる。でも……自分の言い分だけなんだよ。キャンディの意思なんて、全く聞こうとしてない」
『じゃあこうしようか。キャンディを先に見つけた方が勝ち。……彼女を好きにできるとしよう』
『どうもしない。だって、最後に決めるのは結局あの子自身だろ』
「……だからお前は、大丈夫だよ」
俺がそう言うと、ゼンは小さく目を見開き、そして頷く。
「キャンディは、お前のとこに戻ってくると思う」
「……うん。ありがとう」
へへっ、とゼンは笑った。その表情を見て、俺も思わず微笑んでしまう。……うん、本当に大丈夫だと思う。何故かそう、確信がある。
「それでゼン、キャンディの居場所に心当たりはあるのか?」
「……あー、それがですねー……」
「……無いのか?」
「無いですね」
「……」
俺は黙ってから、小さく呟いた。
「……やっぱ無理だな。諦めろ」
「ちょっ!? 早い早い!! 諦め早いから!!」
俺の肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶゼンに俺はため息を返す。前途多難なのに、大丈夫なのか本当……。
俺はそう思いながらも前を見据えた。ゼンも前に視線を向ける。
そこには、キャンディのお兄さん……ハルネス・キャンベルが立っていた。
キャンディの足が止まったため、私も足を止める。
彼女の視線の先では……ゼンと、あのお兄さんとやらが、戦っていた。
「……ゼン……!」
キャンディは顔色を変えて、そこに駆け寄ろうとする。しかし、私はその腕を反射的に掴んで止めた。
「奏、離してっ」
「今あんたが行ってどうすんの。邪魔なだけよ」
「でもっ……」
また、私のせいで。とキャンディは呟く。その言葉は止めずに黙っていると、キャンディは続けた。
「私のせいで、ゼンがまた、あんな大怪我したら……!!」
……。
……ふーん、随分あっさり折れるじゃん。……まーね……。……。
そんな会話を思い出して、私は心の中で叫ぶ。
……あいつ自分が負けたの誤魔化しただけじゃない!! 千秋の前だからってカッコつけたってこと!?
……でも。
前にそんな大怪我しても、今またこうやって、戦ってるのよねー……。
それが、あいつの意志ってことかしら。
「……キャンディ」
「な、何」
「……仕方ないから、行ってきなさいよ。あいつばっかがいいカッコするの、嫌だし」
私はその腕を掴む手を緩めてから言った。
「まあヤバそうだったら、私が止めてあげるわよ」
キャンディは驚いたように目を見開いていたが、やがて嬉しそうに口元を綻ばせる。
「……ありがとう」
そしてキャンディは私の手から離れ、駆け出した。突然のキャンディの登場に気づいた二人は、互いを攻撃する手を止めてキャンディを見る。
キャンディはその真ん中で、言い放った。
「お兄様。私は、今、ここで、お兄様に心配されずともやっていけることを、証明します。そのために……」
キャンディは言いかけて、ゆっくり目を閉じる。するとその服装が、フォーマルなドレスに変化した。
そしてキャンディは、まるで相棒に調子を確認するように喉を軽く叩いてから、言い放つ。
「私と勝負をしてください、お兄様!!」
それは目に見えた勝負だった。目に見えた結果だった。
キャンディは地面に膝をつく。何度も深呼吸をして前を見据えたが、その喉から歌声が発揮されることはなかった。
そして、俺とゼンと和奏は、それを少し遠くから眺めることしか出来ない。……これはキャンディの勝負なのだ。俺たちが介入してそれを邪魔するのは、無粋だ。
ハルネスは持っていたピッコロを口から離し、下げてから言った。
「……僕の勝ちだね。キャンディ」
「っ……!」
キャンディは小さく息を呑み、立ち上がろうとする。しかし結局何も出来なかった。
俺たちも息を呑む。そこで俺の隣にいた和奏が、動いた。
そして、キャンディの前に立ち塞がる。
「……奏……」
「……まだ飽き足りないって言うなら、私が相手するけど?」
「……奏、何言って……」
「……いや、もう十分だ」
また立ち上がろうとしたキャンディを一瞥し、ハルネスはピッコロを消した。そして、小さく笑う。
「……キャンディ。一人ぼっちだった君が、こんなに君を大切にしてくれる友達が出来たんだね。お兄ちゃんは嬉しい」
ハルネスは、俺たちを順々に見回した。和奏を、ゼンを、俺を。
キャンディ、と呼ばれて、キャンディは顔を上げる。
「強くなったね」
ハルネスの言葉に、キャンディは目を見開いて、そして……その瞳から、涙が溢れる。止めどない涙に、本人が一番驚いたように目を抑えていた。それから安心したのか、キャンディの体がグラッ、と傾く。それを慌ててしゃがんだ和奏が受け止めた。
ふっ、とハルネスは笑ってから、ゼンの方を見て言う。
「ゼン。キャンディを頼むよ」
「……あなたに言われなくても」
「少なくとも、僕に負けないくらい強くなってもらわないと困るよ」
「……」
ゼンはその言葉に黙る。すると和奏が、あっそうだ!! と叫んだ。
「あんたカッコ悪いからってこの人に負けたの隠したでしょ!?」
「なっ!?」
和奏の言葉にゼンは赤面する。
「そっ、そんなこと……!! あるけど……!!」
「いやあるのかよ」
「だってこの人強いんだもん!!」
「何故俺に言い訳をする」
俺はため息をついた。するとゼンはズルズルとその場に座り込む。
「あー、超カッコ悪い……」
「お前がカッコ悪いのはいつものことだろ」
「そうなの!?」
俺たちのその会話に、ふと誰かが笑い出した。振り返ると、和奏の腕にしがみつくキャンディが、口元を抑えて笑っている。
それを見て俺たちも、顔を見合わせて小さく笑い合った。
「本当、君みたいな男に妹を任せるのは癪だけど、キャンディのことを本当に頼むよ。彼女を、永遠に幸せにしてあげてくれ」
「…………ん?」
その言葉にゼンハルネスの方を見る。しかしハルネスはなおのこと続けた。
「いやぁでも、前世からというのは中々ロマンチックな展開……」
「ちょっ、ちょっと待って」
ゼンがその言葉を止めると、ハルネスは首を傾げる。
「俺、キャンディと付き合う気なんてないんですけど……」
「……え?」
「いやだから、たぶんあなた俺がキャンディと結婚するとでも思ってると思うけど、俺キャンディと付き合う気なんてないですから」
「……は?」
ハルネスはもはや目が点だった。するとキャンディが呆れたように言う。
「……私がゼンと付き合うとか、冗談じゃないんだけど」
「いやぁ、それは俺も……」
「ゼンと付き合うとか考えられないわ」
告白もしてないのにフラレた状態になったゼンは、ははは、と小さく笑った。
一方ハルネスだけが状況に追いついていないようで、ただポカンとしていた。




