第11話「オーストリアの歌姫【後編】」②
「……あー、なんか、二人とも。変なことに巻き込んで、ごめん」
ゼンはしばらく歩いてから、クルッと俺たちの方を振り返ってそう苦笑いを浮かべた。
「……いや、別に。キャンディのことが心配で勝手に付いてきたのは、俺たちだし」
「私は別に心配してませんけどねー……」
俺の隣で和奏はそう言って膨れる。とりあえずその頭をベシッと叩いておいた。和奏はいった、と呟いて恨みがましげに俺を見上げる。
「ここまで来たんだから、腹くくれ」
「くくってはいるけど!! 私はあんたが心配で来ただけなんだから!!」
「はいはいツンデレ」
「ちょっと、千秋〜〜〜〜っ!?」
全然そんなんじゃないんだから!! と言って和奏が必死に殴ってくるが、正直全然痛くな……いや待て。みぞおちを殴ってこようとするな。
「とにかく、ああ言われたからにはお兄さんより先に、キャンディのことを見つけないと。……お兄さんの好きにされちゃ、たまったもんじゃないし」
「……」
ゼンの言葉に、俺を殴ろうとして俺に手を掴まれて止められていた和奏は、ふとその手を下ろした。
「……あんたってさ」
「何?」
ゼンは首を傾げる。和奏は、いたく真面目な顔で言った。
「あのおチビちゃんのこと、好きなの?」
ゼンは黙って、すぐに答える。
「好きだけど?」
それは、どちらかと言うと、家族や友人に向けるような「好き」のニュアンスだった。
……そのことに、少しだけホッとする自分がいた。
「そうじゃなくてさ」
しかし和奏はすぐにそう返す。
「仲間とか友達にやることにしては、逸脱しすぎてるっていう話なの。……そういう意味で好きでもなければ、そこまでしないでしょ」
その問いに、俺も思わず頷く。それは正直、俺も思っていたところだった。
あまりにもゼンは、キャンディに肩入れしすぎているように思う。例え過去にそういうことがあって、たまたま関わって、彼女のために戦って……でも、そこまでするか? という疑問が残る。
キャンディのことが大切ではない、という話ではないけれど、不思議な気持ちは残る。
血の繋がった家族でも、愛する人でもないのに。
「ああ、そういう……」
ゼンはそう呟いて、考え込むように髪をぐしやっ、と掻き混ぜるようにする。
「……俺にとって、キャンディは、特別なんだよ。きっと」
その言葉に、俺は思わずその顔をマジマジと見た。ゼンは、俺の視線に気づいていないのか、視線は俺の方に向けないまま言う。
「守ってあげたいし……泣いているなら、笑っていてほしいって思うんだ。これは決して、恋なんかじゃないけど」
ゼンはまた考え込んで、それから何か結論を出したのか、俺たちの方を見て笑った。
「言葉を選ぶなら、キャンディは親友かな」
「……」
「……え、何その顔。お前の質問にちゃんと答えたじゃん」
ジト目をする和奏に対してゼンが慌てたようにそう言う。すると和奏はため息をついて言った。
「もしあんたが先にあのおチビちゃんを見つけたら、あんたはどうするの」
それに対し、ゼンは和奏の目をしっかり見つめて返す。
「どうもしない。だって、最後に決めるのは結局あの子自身だろ」
ゼンはそう言って、笑った。
「それを言うなら、これからどうしたいか聞く、かな」
すると和奏は、しばらく黙ってから……盛大にため息をつく。
「な、何だよ」
「……いや〜、そっか〜……あのおチビちゃんもだいぶ不憫ね〜……」
「え? は? 何の話?」
「ま、いいわ。もうあんたの真っ直ぐな視線見てたらもうどうでもいいわ」
「何だよその言い方……」
和奏の言葉の意味は俺にもわからなくて、ゼンに助けを求められるように見られた俺も、首を横に振るしかなかった。それを見ていた和奏は、男って本当に馬鹿……、と小さく呟く。いや、本当に何なんだよお前は。
「え、俺はお前の望む答えは言えたわけ?」
「ギリギリ及第点にしてあげるわ」
「何でそんな偉そうなんだよ……」
「あんたが思ったより、あのおチビちゃんのことを考えてるってわかって、馬鹿らしくなっちゃったのよ」
和奏はそう言ってひらひらと軽く手を振った。もう早く行け、と言うように。
「私はここで離脱するから」
「……お前さっき、腹くくったって言ったじゃねぇか」
「私に見つけられるより、あんたらに見つけられた方がいいでしょ。私、嫌われてるし」
「……そんなことないと思うけど」
俺がボソッ、と呟くと、和奏はいいからーっ!! と大声で叫んだ。
「早く行きなさいよっ、ここにいて井戸端会議してても意味ないでしょーが」
「……ま、まあ、そこまで言うなら……」
和奏の迫力にゼンが押されたように頷き、俺の方を見る。俺はその顔を見つめ返して、頷き返した。
「……俺は行く」
「……ありがと」
ゼンは微笑んで、そして和奏に一瞥し、歩き出す。俺はその背中に付いて行った。
私、日下部和奏──前世は日和奏──は、鈍感な二人の背中を見送りきってから、はあ、と盛大にため息をついた。
「……二人とも行ったし、早く出てくれば?」
私の言葉に、私の真後ろにある草むらからガサッ! と、動揺したような音がする。そしてその気配は移動しようとしていた。
「……逃がすかよっ」
「っ……!!」
私が足の鍵盤だけ取り出して蹴ると、小さな悲鳴が響いてその気配は地面に倒れたのがわかる。私は草むらをかき分け、そこを覗いた。
……するとそこには予想通り、彼女が倒れていた。
「……何するの」
「あんたが逃げようとするからでしょ」
私はため息をついてからそこに入り、扉でも閉めるみたいに草むらをもとに戻す。そこは小さな部屋のようになっていた。確かに、身を隠すにはもってこい。
私が彼女の隣に座ると、彼女は気まずそうに私をチラッと見てから言った。
「……何で、ここにいるってわかったの」
「……んー、女の勘?」
「何それ……」
キャンディはそう呆れたように呟く。私はそれを横目で見ながら言った。
「……あいつ、あんたのこと、ちゃんと考えてるじゃない。出て来てやれば良かったのに」
「……行けないわよ……」
私の言葉にキャンディはそう言って、体育座りをした自分の膝に、顔を埋める。
「……聞いたんでしょ。前世の私のこと」
「ええ。聞かされた」
「……もう私は、ゼンを巻き込めない。あんなに何度も守ってくれたのに……また、今世でも巻き込んで……私の家のことなのに……ゼンにもう迷惑をかけるのは、嫌なの……」
すんっ、と彼女が鼻をすすった。私はその小さな背中を眺めながら、小さく呟く。
「……あいつは、苦労も甘んじて受け入れるタイプだと思うけどね」
「……わかってるわよ……何なら正直今だって、頼んでないのに首を突っ込まれてるわよ……でも、それがわかってるから、余計に……」
「……約束したからって、言ってたわよ」
私の言葉に、彼女はゆっくり顔を上げた。驚いたように、目を見開きながら私を見ている。
「何の約束までは、知らないけど。……だからあいつ、あそこまで頑張ってるんじゃない? 知らないけど」
「知らないけどばかりじゃない……」
「だって知らないし」
私はそう言って、キャンディの頭を乱暴に撫でた。
「あんたたちのことをわかってあげられるのは、あんたたちだけでしょ」
キャンディは私の手を振り払ってから、きゅっ、と唇の線を引き締めて私を見つめる。その涙目に、私は思わず少しだけ居心地が悪くなった。
「……私、行かなきゃ……」
「……うん」
キャンディは袖で目を拭って、立ち上がる。私も続けて立ち上がった。
「……付いてくるの?」
「あんたが途中で逃げないように、見張っててやるわよ」
「……奏……」
「……何よ」
私がキャンディを見つめると、キャンディは……少しだけ呆れたように、居心地良さそうに、ニコッと微笑む。
「……ありがとね」
「……はっ、はぁっ……!?」
そんな表情をされる筋合いなんて、無い。何これ、背筋がすごいゾワゾワするんですけど。居心地が悪い。……ほらもはや恐怖すぎて心臓が変な音立ててるんですけど!?
「あんたのためとかじゃないから!! 千秋があんたのこと心配してるから、仕方なく……!!」
「はいはい」
「何その顔ムカつくっっっっ……!!」
キャンディは嬉しそうにスキップしながら、先程二人が行った方に向かって行く。私はため息をついて、それを追った。
……まあ、元に戻ったみたいで良かったわよ。
……千秋にはああ言ったけど、私も、まあ、心配はしてたし……。
……でも、これはあれよ。言い合う相手が本調子じゃなかったら、調子狂うだけなんだから。
「奏! 置いて行くわよ!」
「あんたのせいで足止め食らってたのに、随分偉そうじゃないの……」
私はそうぼやきつつも、駆け足でキャンディのことを追うのだった。




