第11話「オーストリアの歌姫【後編】」①
「……ハプス、ブルク……?」
俺……森千秋は思わずそう呟く。ゼンははっきりと頷いた。助けを求めるように隣にいる幼馴染みの和奏を見たが、彼女も同様に俺に助けを求めるように俺を見ていた。駄目じゃねぇか。
「……ハプスブルクって、あの……?」
「うん。オーストリアで一番有名な貴族。一時は神聖ローマ帝国の皇位を世襲した王族一族だよ」
ゼンはまるで世界史の教科書でも読むみたいにそうスラスラ言う。……い、いや、そうだよな……ハプスブルクって、それ以外無いよな……。
「……キャンディってそんな、お嬢様だったのか……?」
「今は生粋の日本人だよ。でも前世は……そのハプスブルク家の、末裔だった。今もハプスブルク゠ロートリンゲン家はいるけど、それとは別の血統の末裔だね。何とか、細長く生きている、そんな家だった」
ゼンはそう言って、少し悲しげに目を伏せる。
「キャンディの家は、そんな傾いたハプスブルク家の名声を立て直そうと必死だった。高い服も食器もあった。でも家を擁護し、慕ってくれる人がいなかった。だから、相当焦ってたんだろうね。……キャンディは、政略結婚から逃げてきたんだ」
政略結婚。
……何というかそれは、今の俺たちには随分聞き慣れない言葉だな……現実感が無いというか……。
……でも、実際にあったことなんだよな。
「大好きな歌も禁止されて、キャンディは遂に限界を迎えて、逃げて……そして、俺たちに出会った。でも家側も、みすみす彼女を逃がすわけにはいかない。なんてったって、彼女は類稀な美貌を持っていたから」
「……いや、わかるんだけど、あんたが言うとやっぱ不審者感半端ないというか……」
「お前俺のことロリコン扱いし続けて楽しい????」
またゼンと和奏が言い合いを始めたため、俺は早く続きを話せ、と言うと、ゼンは軽く咳払いをしてから再び口を開いた。
「キャンディは、家の全てを怖がっていた。……キャンディのお兄さんも、その結婚をやめさせようと頑張ってたみたい。だけどキャンディは、それを受け取れなかったんだ」
「……お兄さんも怖かったってこと?」
「……一度付けられた固定概念は、簡単には拭えないものだからね」
和奏の言葉に、ゼンはそう言って頷く。ふーん、と和奏は呟いた。
「……それで、その時はどうなったんだ?」
「……まあ、予想通り俺たちは戦って……お兄さんは、帰ってくれたよ。キャンディは、一時だけ君に預けるってね」
「ふーん、随分あっさり折れるじゃん」
「……まーね……」
和奏の言葉に、何故かゼンは気まずそうに目をそらす。何だ?
「まあとにかくそんな感じで、キャンディはハプスブルク家のことを思い出すから、お兄さんから逃げてるんだよ」
「……今気持ちが沈んでるのも、過去のことを思い出してるから、ってことか?」
「そうだと思う。……前世でも、たまにキャンディは家のことを思い出して、過呼吸になったりしてた。……しばらくすれば、落ち着いてくるとは思うんだけどね」
でも、やっぱり、心配で。とゼンは呟く。
「……俺は、キャンディと約束したから」
「……約束……?」
俺がその言葉に反応した、その時。
ガサガサッ、と横の草むらから音がする。そっちを見ると……先程俺が二人から奪い取ったはずの、なんちゃって草擬態被り物(?)が目の前で揺れていた。
……二人は、ここにいるし、俺の手元には、ちゃんと二人分の被り物があるし……。
……じゃあ、何だ? コレ。
「……」
俺は草むらから覗くそれを無造作に掴み、思いっきり引っ張り上げた。
「……ちょっと、何するの? 君」
「……いやアンタが何なんだよ……」
俺は呆れ気味に呟く。その被り物を被っていたのは、中々に美形な男だった。物が何も引っかからなそうなほどサラサラな金髪、宝石のように澄んだ青い瞳、鼻筋はシュッとしていて、同性の俺でも見惚れそうだ。……いやでも、このくらいなら……。
……。
「……いや、違うからな!?」
「うええ!? 何が!?」
思わずゼンの方を見て叫んでしまう。ゼンは驚いたように仰け反っていた。いや、違う、違うんだ。このくらいなら、ゼンの方がカッコいいんじゃないかとか……何考えてるんだ俺は!!
「っていうか、アキ、その人……!!」
「……え、え? 何だよ」
ゼンと和奏は、ピッタリのタイミングで俺が掴み上げる男を指差し、叫んだ。
「キャンディのお兄さん!!」
「あのおチビちゃんのお兄さん!!」
……やっぱり、何だかんだで仲いいだろ。お前ら。
そう思ってから、俺は、とりあえず次に思ったことを呟いておいた。
「……この被り物、流行ってんのかよ……」
やっぱり俺がおかしいのか? いや、そんなこと無いはずだ。絶対……。
とりあえずまたその被り物は没収しておいた。じゃないとまた話に集中出来ない。ちなみに、草むらに良く擬態出来てるだろ? と言われた。全然出来てない。
「……久しぶりだね。ゼン・フロライト」
「……お久しぶりです。お兄さん」
「君にお兄さんと呼ばれる筋合いは無いよ」
「すみません、名前を覚えていないもので」
二人はニコニコ笑みを浮かべながらも、雰囲気はバチバチである。言葉の端々から、お互いを煽っているのが見て取れた。
「……ねぇこの会話、あのおチビちゃんと結婚する婿vsお兄さんに聞こえるんだけど……」
「……奇遇だな、俺もだ」
俺と和奏はそんなことを小声で話す。そんなこんなをしている間に、二人は話し続けていた。
「僕の名前は、ハーネス・キャロライン・ハプスブルク。今世ではハルネス・キャンベル。しっかり覚えておいてね。ゼン・フロライト」
「俺は、今世では香光善っていうんですよ」
「……ふふ、フロライト、だからか」
男……ハルネスはそう言って笑う。ゼンは少しだけムッとしたように眉をひそめてから言った。
「……あなたも生まれ変わってたんですね」
「妹が心配でね、死んでも死にきれなかったよ」
「……あいつは、あなたに心配されなくても大丈夫ですよ」
そんな言い合いを横目に、俺はあることに気づく。あの、と小さく声を出すと、二人の目が一気にこっちを向いた。怖いな。こっち見んな。呼んだの俺だけど。
「……その問題の妹、もういなくなってるけど」
「「……」」
二人は、すっかり黙ってしまう。そう、先程までブランコに座って友達といたキャンディは、もうそこにはいなかった。もう誰一人いない。いるのは、女子小学生を見守っていた怪しい集団だけ。
「……君たちが、話しかけて僕の邪魔をするから!!」
「それはアンタが変な被り物被ってたからだよ……」
俺は呆れ混じりにそう呟く。というか、このうち四分の三が変な被り物してたって怖すぎる。そろそろ通報されないか心配だ。
ハルネスはため息をついて立ち上がる。そして俺たちの方を振り返った。
「僕は、キャンディを僕のもとへ連れ戻したい。でも君たちは、それを許したくない。そうだろ?」
「……いや、私はあのおチビちゃんのことなんて、どうでも……」
ハルネスの言葉にド真面目にそう返そうとした和奏の口を、慌てて塞ぐ。和奏は少し暴れてから、あっという間に大人しくなった。
ゼンに頷くと、ゼンは俺に頷き返してからハルネスの方を見て言う。
「ああ、そうだね」
「……わかった。じゃあこうしようか。キャンディを先に見つけた方が勝ち。……彼女を好きにできるとしよう」
「……わかった」
ハルネスの言葉に、ゼンは頷いた。ハルネスは小さく笑い、そして踵を返す。
「……僕はね、実は君たちに期待してたんだよ。あの家に何度も傷つけられたあの子が、君たちといることで、その傷が癒えるんじゃないかってね」
そんな言葉が飛んできて、歩き出しかけていたゼンは足を止めた。
「……でも、それは間違いだったみたいだね。キャンディは僕を見て、怖がっていた。傷は、まだ癒えていない。……君には無理だよ。君に、キャンディは任せられない」
そしてハルネスは歩き出す。その背中をジッと見つめてから、ゼンははっきりと言った。
「無理じゃない」
その声は、ハルネスに聞こえていたようだ。ハルネスの足が、止まる。
「昔も今も変わらない。俺は、キャンディの傍にいる。傍で、支える」
ゼンは、小さく笑った。
「見てろよ」
そしてゼンは歩き出す。俺と和奏は、顔を見合わせつつもそれに付いて行った。
ハルネスはしばらくゼンを見送り、そして少し苛ついたように頭を掻きむしってから再び俺たちとは逆方向に歩き出した。




