第10話「オーストリアの歌姫【前編】」④
そして、その日の夜。
キャンディは体を起こした。窓の外には、大きな月が浮かんでいる。温かく彼女を包む布をどけて、彼女は立ち上がった。
音をたてないよう慎重に、キャンディは部屋を出る。階段を下って、外に出た。
キャンディは大きく息を吸い、足を一歩、踏み出す。
「Wohin gehst du? Dame」
どこに行くんですか? お嬢様。
キャンディは弾かれたように振り返る。そこには、腕を組んだゼンが立っていた。
「〝……ゼン……〟」
「〝こんな真夜中に、女の子一人じゃ危ないよ。ましてや君……追われてるんでしょ?〟」
ゼンの言葉に、キャンディは黙って俯く。そして、口を開いた。
「〝……あなたたちを、巻き込めない〟」
「……」
「〝だってあなたたち、皆いい人なんですもの。……スープ、美味しかった。一緒に音楽が出来て、楽しかった。……短い間だったけど、あなたたちを巻き込んだらいけないって、わかる。だから……〟」
さよなら。
キャンディはそう言って去ろうとする。しかしゼンは、彼女の前に立ち塞がった。
「〝……スープなんて、いつでも飲ませてあげるよ。師匠、実は音楽をするよりそっちの方が好き疑惑あるし。今度は、俺も一緒に演奏したいな。俺は指揮者だから、アキみたいには混ざれないけど〟」
「〝……そこを退いて。ゼン〟」
「〝嫌だ〟」
ゼンはそう言って無垢に笑う。キャンディは戸惑ったような瞳でゼンを見つめた。
「〝それに俺、もう逃げ場無いみたい〟」
「〝……え?〟」
すると近くから、沢山の足音が現れる。キャンディが辺りを見回すと、既に沢山の人に囲まれていた。
いつの間に、とキャンディが思っていると、その内の一人が前に出てくる。
「〝お嬢様……もうワガママの時間は終わりですよ。さあ、帰りましょう〟」
「……」
キャンディは黙り、そして一歩後ろに下がった。しかし集まった人々はどんどんキャンディに迫る。
キャンディは、小さく呟いた。
「〝……嫌〟」
たすけて。
誰にも聞こえないくらいの、その悲鳴を。
聞き届けた男が、一人。
「〝嫌がる女の子を多勢で連れて行く……なんて、紳士としてあるまじき行為じゃない?〟」
キャンディは、目を見開く。
目の前に、一人の男の背中があった。
キャンディを庇うように、ゼンが、人々の前に立ち塞がった。
「〝ゼン……! 駄目、あなたまで……!〟」
「〝あー、結局君がどんな事情抱えてるかは知らないけどさ。まあ、君を拾っちゃった時から何となくこうなることは予想してたから、気にしないで〟」
「〝でも……!〟」
「〝大丈夫〟」
ゼンは振り返って、ニッ、と笑う。
その手には、一本の指揮棒。
「〝俺、こう見えても結構強いんだよねぇ〟」
「〝お嬢様には傷一つ負わせずに回収しろ! 男はどうなっても構わん!〟」
「……回収って……物じゃないんだから……さっ!」
ゼンは日本語で悪態をつき、そして指揮棒を振り上げた。
その次の瞬間。
ゴウッ!! と風が吹き荒れ、人々の三分の一ほどを一気にぶっ飛ばした。
「……!!」
キャンディは息を呑む。その光景に、キャンディは思わず目を疑った。
「〝な、何だあの指揮棒は……!!〟」
「〝あいつ、ただの指揮者じゃないのか……!?〟」
「〝一体何が起きてる……!?〟」
慌てふためく人々に、ゼンはニィッ、と不敵に笑う。
「〝音楽だよ。知らないの?〟」
そしてゼンの、音楽による一方的な攻撃が、彼らを襲った。
「〝……あー、やりすぎちゃったかなぁ〟」
全ての人を倒したゼンは、そう言って苦笑いを浮かべ、キャンディのことを振り返る。キャンディは一瞬ビクッ、となったが、一歩ゼンに向けて踏み出した。
「〝……本当に、強いのね……〟」
「〝うん。言ったでしょ?〟」
そう言ってゼンはいたずらっ子のようにニヤッと笑う。本当ね、と言ってキャンディも笑った。
「〝さて、これからどうする?〟」
「〝そ、そう……そうだ……お願い、ゼン〟」
「〝お、おうっ、何?〟」
突然キャンディに飛びつかれたゼンは、その体を受け止めつつそう言う。キャンディは、真面目な顔で言った。
「〝今すぐ、私とここから逃げよう〟」
その言葉に、ゼンは、すぐに返す。
「〝それは頷けない〟」
キャンディは目を見開き、そして俯いた。しかしそれも一瞬で、すぐに顔を上げる。
「〝今の人たちより、もっと……怖い人が、きっとあなたのところに来る。ううん、きっとじゃない。必ず……。あなたは強い。見て、すぐにわかったわ。でも、あの人は……違うの。もっと強いの。あなたでも、きっと敵わない……〟」
それを黙って聞いていたゼンは、座り込んでしまったキャンディの目線に合わせるように、ともに座り込んだ。
「〝……キャンディ。君は一体、何に追われてるの?〟」
キャンディは地面をじっと見つめ、そして口を開き、言葉を紡ごうとする。
その時。
「〝やぁ。僕の妹に何か用?〟」
ゾワッ! とゼンの全身に鳥肌が立った。
ゼンはすぐ立ち上がり、そして後ろに飛ぶように下がる。ドォンッ!! と音が響き、一瞬前までゼンがいた場所が、抉れていた。
「〝おや、案外早く動く害虫だね〟」
「〝害虫って……〟」
ゼンはそう言いながら、キャンディの方を見る。キャンディは真っ青になってゼンの方を見つめていた。安心させる意味も込めて、ゼンは微笑む。しかしキャンディの口は、駄目、と言っていた。
「〝……キャンディのお兄さん?〟」
「〝そう。僕の可愛い可愛い妹を攫っていった野郎は、君かい?〟」
「〝あなたの妹さん、どうやらあなたのところには帰りたくないみたいですよ〟」
「〝……ふふ。人様の家のことに、部外者が口を出さないでもらえないかなぁ〟」
ゼンの頬を、冷や汗が流れる。いくら大口を叩こうと、体の震えが止まるわけではない。
こいつは、危ない。全身が、そんな危険信号を発していた。
「〝この子が何者なのかも、君は知らないんだろ? さっきそう言ってたしな〟」
「〝……盗み聞きなんて、質が悪いなぁ〟」
「〝君の声っていう雑音が大きすぎるだけだよ〟」
言ってくれるな、とゼンは思う。汗で滑る指揮棒をもう一度握り直して、ゼンはしっかり立った。
「〝お兄様……やめて〟」
「〝大丈夫、キャンディ。何も怖がることはないよ。……僕が守ってあげるからね〟」
男はそう言ってキャンディに微笑む。そしてゼンの方を見て、言った。
「〝僕は、ハーネス・キャロライン・──〟」
それを聞いて、ゼンは目を見開く。キャンディはもう一度、やめて、と言った。
「〝そしてこの子が、僕の妹……〟」
男は、月をバックにゼンに言う。
「〝キャンディ・キャロライン・ハプスブルクさ〟」
ハプスブルク。
ゼンは思わず小さく笑ってしまう。本当に、とんでもないものを敵に回してしまったなぁ、と思いながら。
やっぱり文章が上手くなっている分、過去の表現とかもすごく上手くなっている感じがしますね。そしてキャンディちゃんの過去をめちゃくちゃ楽しんで書いているのが分かります。あの無口な女の子が今は主人公2人の背中を強く押してくれる存在になっていると思うと、感慨深い……。
そしてこの時点でしあまほの舞台が2050年~2150年のどっかだと決まりました(!?)。そして過去パートが大体1950年~2050年のどっかです。
当時の解説(?)をどうぞ。
↓
まず、オーストリアの音楽の最盛期が17〜18世紀らへんなんですね。で、今回出てきたハプスブルク家の最盛期が16世紀。完全に滅亡したのが20世紀ほど? 第一次世界大戦辺りで滅亡したんです。
キャンディをハプスブルク家の人間にしようというのは、リメイクを書き始めた時から決めていたんですよ。オーストリアといえばハプスブルク家!! って価値観が私の中にあるので(笑)
まあそれで自分に被害被りました!!!!(駄目やん)
音楽も流石、国境を超えた言葉なき言語だと思います(あくまでこれは個人の感想)。とにかく歴史が深い。深すぎる。バロックだとかロックだとか(時代の話ね)、とても把握しきれないし、「これ過去17世紀設定にすると、この曲は当時把握してなかったことになる……」とか色々悩むことも多かったんです。でもそこで歴史ガン無視しようとはなれなくて。やっぱりやるからには歴史沿いたくて。
結局過去の方を今の私たちが生きてる時代にしちまいました!!(ヤケクソ)
ていうかまず17〜18世紀に日本からオーストリアに留学出来たのかわからないし、出来たとしても当時、森下秋だとかゼン・フロライトだとかそんな名前が存在したかどうかすらわからない。
結論:全てわからない。
もっと世界史……せっかくヨーロッパ史やってたんだから……もっと真面目にやってりゃ良かった……でも受験で使わないんで勉強し直す気もありません。でも図書室でハプスブルク家の本は借りました。とりあえずそれでちょっと勉強します。それで許して。
というわけで、過去が1950〜2050年のどこか、今が2050〜2150年のどこかになります。本当作者の頭が弱っちいせいでごめんなさい。




