第10話「オーストリアの歌姫【前編】」②
学校の終わった俺は、人混みに紛れながら校門まで歩いていく。すると背中に盛大な衝撃が走った。
「ちーあっきっ!!」
「……和奏かよ……」
「こんな美少女を前に、何でそんな鬱陶しそうな顔するかな〜?」
「美少女って自分で言ったら効果半減だぞ」
「ひっど。でも美少女って言葉を否定しない千秋の優しさ」
うるせぇ。という気持ちを顔に出すが、和奏は素知らぬ顔だ。まあこういう粘り強いというか、そういうところがあるから俺と長く付き合ってるんだろうけど。
「で、千秋はあいつんとこ行くの?」
「……何で知ってんだよ」
「昼休み、屋上であいつと電話してたじゃん」
「何盗み聞きしてんだよ」
「邪魔しなかっただけ感謝してほしい〜」
和奏はそう言って、クルッと俺の前に躍り出る。
「あのおチビちゃん、心配なんだ」
「……まあな」
「……そっか」
そして和奏は回れ右。思わず突っ立つ俺を振り返って、和奏は笑った。
「付いて行きますよ。秋さん」
仕方ないんですから。と言って和奏は……いや、奏は、呆れたように笑う。
「……ほら千秋っ! ボサッとしてないで行くよ!」
あっという間に和奏に戻った彼女に腕を引かれ、俺はつっかえながらもそれに続く。
陽の光が降り注ぐ道を、俺たちは夢中で走った。
「というわけで来たわよ。……」
「……何?」
「……いや、本当にあのおチビちゃんのストーカーみたいになってて、面白いというか、ロリコン予備軍みたいでキモいというか……」
「悪口言うなら帰ってくんない????」
出会って早々、引き気味で悪口を言う和奏に、ゼンは食い気味にそう返す。恐らく自分でもストーカーみたいだとは思っているのだろう。
俺たちもゼンに加わって目の前の光景を見守る。俺たちの視線の先には、公園で友人たちと楽しそうに喋るキャンディがいた。……しかし、その瞳は時折悲しそうに伏せられる。……確かに、元気はないな。
「それで、私たちにも話してもらうわよ。あのおチビちゃんのお兄さんが、あの子にどう影響を与えてるわけ?」
「……話せば長くなるけど……」
「……いやちょっと待てお前ら。もしかしてそれで変装したつもりなのか?」
俺の問いかけに、二人が同時に振り返る。その顔は至って真面目だ。しかし……ヘンテコすぎる。何だその格好。やる気あんのか。
端的に言うと二人は、幼稚園の劇であるような、いわゆる『草』を被っている。草。何でよりにもよって草。確かにこの公園は茂みが多いが。でも紙で作ったそれを被っていても全くカモフラージュ出来ていない。というかゼンは、一日中これでいたのか? 絶対五回は通報されてるだろ。
「え? 何、千秋、おかしいとこある?」
「そうそう。上手くカモフラージュ出来てるだろ」
「俺がおかしいのかよ!? ……いや、やっぱ目立ってるから、早く外せ。気になって話に集中出来る気がしない」
「「仕方ないなぁ……」」
……何でそんな、俺がおかしいみたいな雰囲気出すんだよ!!
無理矢理その被り物(?)を外させてから、再び俺と和奏は茂みに隠れつつ、同じく茂みに隠れるゼンの方を向く。……いや何でそんなに悲しそうなんだよ。そんなに被り物取られたのがショックかよ。
「……話は、俺が二十四歳で、キャンディが十九歳の時だったかな。……指揮者としてウィーンで有名になり始めた俺は……キャンディに出会った」
ゼンがそんな前置きをし、話を始める。
それは長い長い、俺の知らない遠い過去の話だった。
──────────
その時は丁度、ゼン・フロライトと森下秋が出会って一年ほどした時でもあった。……ちなみに恋人となって一、二ヶ月ほどでもあるのだが、千秋だけが知らない。
ゼンは指揮者、秋は日本人ピアニスト。それなりにウィーンで名を馳せていた二人は、帰りの道すがら……ある人物に出会う。
その少女は、道で倒れていた。
「…………………………」
「……何か、大変なことになろうとしてない?」
「……何も見なかった」
「えっ、アキ!? 目の前のことから逃げないで!?」
「って! 何連れてこうとしてんだ! 道に落ちてる物を拾って食べたら危ないぞ!」
「いや食べるのはアキだけだから……」
「……何言ってんだ!!」
真っ赤になる秋に、ゼンはすみませーん、と言って笑う。そして再びその倒れる人物を見る。ボロボロのマントを羽織っており、顔も隠している。その顔を見るためにゼンは、顔を隠す布を少しペラッ、とめくった。その顔は……。
「……うわっ、美人……」
「……だな」
お互いが好きな二人でも見惚れるほどの美人だった。見た目からして、十八、十九、の少女、といったところだろうか。綺麗な顔で、苦しそうに目を閉じていた。
「……ってアキ、何してるの?」
「見てみろ」
秋に促され、ゼンはその少女をじっくり見る。マントの下には、なんとも豪勢で高そうな服を着ていた。
「恐らく貴族だ。この子」
「……ひえぇ」
ゼンは情けなくもそう悲鳴を上げる。当たり前だった。貴族など、演奏会の時に呼ばれ遠目から見る、程度の距離だ。話すことなど無いし、こんな近くで見る機会などもはや皆無だった。
「……でもそんな子が、何でこんなボロ羽織ってこんな所で倒れてるんだ?」
「さ、さあ……」
二人が思わず顔を見合わせていると、遠くから大量の足音と怒声が聞こえてくる。
「〝いたか!?〟」
「〝いや……どこにも見当たらない。どこに行ったんだ、あの女……〟」
「〝そこまで遠くには行っていないはずだ。探せ! 近くにはいるはずだ!〟」
ゼンは思わず青ざめて、そこに横たわる少女を見下ろす。
「〝金髪に高貴な服。目立つはずだ。目撃情報もしっかり集めながら探せ!!〟」
ですよね〜〜〜〜〜〜〜〜!? とゼンは思わず心の中で悲鳴を上げた。一方ドイツ語のわからない秋は、突然ゼンが顔色を変えたことに首を傾げる。秋が翻訳を求めると、ゼンは日本語で言った。
「……この子たぶん、悪い人に追われてる……」
「…………………………」
秋は黙り、再び二人で少女を見下ろした。
先程の足音がこちらに近づいてくる。二人はたった今、選択を迫られていた。そして。
「こうなるよね〜〜〜〜!!」
「この後この子に何かあったら目覚めが悪いから、仕方なくだ!!」
ゼンがその少女を背負って、秋が後ろから落ちないようそれを見張る。そして追ってくる音とは逆方向へ走り、二人はいつも練習をする部屋へと急いだ。




