第9話「対立組織【後編】」③
「……っ!」
ゼンの指揮棒がアダムスキーの音の攻撃を受け止める。衝撃でゼンの足がザリッ、と言う音とともに地面と擦れた。ゼンの頬を冷や汗が流れる。
……まずい。ゼンが、こんなに苦戦するなんて……!
「どうしたゼン! 我が同胞よ! お前はその程度のものではないだろう!」
「うっ……るせぇっ……!」
ゼンは後ろに引いた右足を前に持ってくる。そしてアダムスキーの攻撃を自分のものにし、そっくりそのまま跳ね返した。その他にも、服の擦れる音、髪が流れる音、靴が地面を削る音、瞬き、呼吸、その一つ一つを、全てを、彼のものにする。
そして、アダムスキーに一気に撃ち込んだ!
「っ……! 流石だ、ゼン!」
「そりゃあどうも!」
しかしそのゼンのペースにアダムスキーも負けていない。すぐに体勢を持ち直し、フルートで高く、そして鼓膜を震わせる音が鳴り響いた。
……ちなみに私たちは微塵も相手にされていないので、全くもって害がない。誰か人が来たら倒していた。
「……レディを待たせるなんて、あいつらも礼儀ってもんがなってないわね」
「全くよ……奏、あんただけでもアキのこと探しに行けば?」
「うーん……そうしたいのは山々だけど……正直、ここで一人で行動したくないのよねー。だからといってあんたは、あいつから離れる気無いでしょ?」
「無い。……まあ確かに、一人で行動したくないっていうのは、私もわかるわ」
私はそう言ってため息を吐き出す。奏もほとんど直後に同じようにため息をついた。……本当に、面倒なことになってきたわね。アキの方も、何かトラブルになってないといいけど……。
「……はぁっ!」
「……!!」
ゼンの攻撃で、アダムスキーの音が乱れる。ゼンはその隙を、見逃さなかった。
「──っ!」
ゼンは息を呑み、一気に畳み掛けるようにその腕を振り上げる。音がその指揮棒の先に集結するのがわかった。そして、ゼンの手の動きに合わせてうごめいている。一つ一つ、意思を持つように。そして……。
ジャンッ!! と音が響いた。
「ぐあっ……!」
アダムスキーの悲鳴が響く。ゼンの攻撃をモロに受けたアダムスキーは、無抵抗に地面に倒れた。ゼンは肩で息をしながら、前に突き出していた腕を下ろす。それと同時に、ゼンに身に付いていた燕尾服も姿を消した。
「……お疲れ」
「あ、キャンディ……」
私は彼に近寄り、持っていたハンカチを差し出す。ゼンはありがと、と言ってそれを受け取った。
「……仮にも『コン・アニマ』のナンバー2を倒すなんて、本当に流石だよ」
「……キャンディの方が余裕だと思うけどなぁ〜……」
「……そうかなぁ」
「そうだよ」
ゼンがそう言って苦笑いを浮かべる。とにかく、ゼンは大丈夫そうだ。私もホッとした。
「……あちゃー、完全に伸びてるね〜。ねぇあんた、これサイズぴったりでしょ? 拝借しときなよ」
「ああ、マント? ……確かに身に着けておいた方が、目立たないか……」
奏に促され、ゼンはあっさりアダムスキーの身包み(マント)を引っ剥がす。遠慮がない……。
ゼンはマントを着て、奏も先程の女性から奪っていたマントをいつの間にか身に着けていた。
「キャンディ、あんたは私の中に収まっときなさい」
「……え、やだ」
「私だって嫌だけど!! でもあんたのドデカツインテール目立つのよ!! 大人しく私の中に収まってなさい!!」
「ちょっ、ツインテール引っ張んな!!」
「……ちょ、二人とも〜……その言い合いが既に目立つ……」
喧嘩を始める私たちに、ゼンが呆れたように仲裁しようとする。
その時。
「キャンディ?」
そんな声が飛んできた。
私の体が、全身が、石になってしまったような感覚を覚える。そしてぎこちなく、振り返る。振り返ってしまう。
「次から次に何……? はぁ、もう、またあんた、やっといてよ……」
「……いや、あの人は、俺でも無理だ……」
奏との会話の後、ゼンが私を呼び戻すように私の腕を引く。そこで初めて私の全身に体温が戻ったような気がした。息が、出来る。でも、でも……。
……怖い。
「……お兄、様……」
「……お兄様……?」
奏の声が聞こえる。でも私はそれに、言葉を返せなかった。
「ぐっ……」
俺は思わず悲鳴を上げながら、膝を立てそうになるところを必死に抑える。……やべぇなこれ。少しでも気を抜いたら、倒れそうだ。
追撃に備えようと俺は手を前に出す。鍵盤に乗せたところで、勇林は急に指揮棒を下ろした。
「……お前のナイトが来たようだぞ」
「は……?」
俺が首を傾げる。勇林は指揮棒を扉の方へ向けた。するとカチャン、と鍵が開くような音がする。そして。
「はーっ!! 死ぬ!! これ死ぬ!!」
「何なのあいつ!? 超怖いんですけど!?」
「……」
そんな声とともに、ゼン、和奏、キャンディの三人が中に飛び込んできた。
勇林はまた指揮棒をクイッ、と動かす。すると逆にガチャン、と音がして鍵が閉まる音がした。
「……慌ただしい登場だな。ナイト」
「今それどころじゃなっ……って、あれ? アキ……?」
「お前ら、何でここに」
「そりゃあ、アキのことを助けに……って、今それどころじゃないんだって!」
「……ふむ。何かトラブルか? 三人とも」
勇林が声を上げると、ゼンの瞳が訝しげに彼を捉えた。そしてやがて、驚いたように目を見開いていく。
「も、もしかして……」
「……やっと私に気づいたか。注意力散漫だぞ。ゼン」
「師匠……!!」
「……師匠?」
確かにコイツ、森下秋たちと関係があったと言っていたが……ゼンの師匠だったのか?
「し、師匠、あんたと話したいのは山々なんですけど、俺たち早く行かないと……」
「……訳を聞こう」
「キャンディの、兄が……」
「……ふむ、なるほど。承知した。例の彼だな?」
「ああ」
キャンディの、兄? 俺はキャンディの方を振り返る。そこではキャンディが和奏に肩を抱かれながら、真っ青になっていた。
「……ちょっとあんた、大丈夫……?」
「っ……」
キャンディは和奏にしがみつくように軽く抱きつく。和奏はかすかに目を見開いた。……いつもは仲が悪いのに、そんな和奏に抱きつくなんて、キャンディ……。
しかしそんなキャンディに構わず、勇林は部屋の奥へと歩いていく。そして俺たちの方を振り返った。
「ゼン、アキ。手伝え」
「は、はいっ」
「……はぁ……」
ゼンがはっきりと、俺が首を傾げながら返事をする。勇林はポン、と本棚に手を置き、それから本棚を右へずらすよう身振りで指示した。俺たちは顔を見合わせ、そして指示された通りに二人で本棚をずらす。すると……。
「……隠し通路か? これ……」
「……うわぁ。流石師匠……」
ゼンが若干引き気味に呟く。そう、本棚をずらしたそこには、大きな穴が広がっていた。中は灯りがわずかにあるだけで暗くて、どこまで続いているのかここからだとわからないが。
「ここから逃げるといい。もし彼がここに来たら、時間稼ぎは私がする」
「……ありがとう。師匠」
「なぁに。可愛い弟子たちに一肌脱ぐだけだ。……事態が落ち着いたら、改めて話そう」
「……はい」
ゼンは頷き、俺たちの方を……いや、キャンディの方を、振り返った。
「……キャンディ」
ゼンがそう呼ぶと、微動だにせずに和奏にしがみついていたキャンディが、ふらっと彷徨うようにゼンの方へ歩く。そしてゼンの方へ倒れ込むように抱きついた。
ゼンはその背中をしっかり抱き、呟く。
「……大丈夫、キャンディ。俺が守る」
その光景に、俺は。
……ズキン、と、心が痛むのを感じた。
……ズキン? 何で、心が痛むんだ?
「二人も、行こう」
ゼンに言われ、俺はハッと顔を上げる。そして歩き出すゼンの背中に続いた。
振り返ると勇林は微笑んでいて、やがて指揮棒を取り出し、それで本棚を動かす。通路の中には、かすかな明かりだけが残された。
その道中で、俺は和奏に問う。
「……キャンディ、どうしたんだ?」
「……さぁ……私にも、良く事態が把握出来てないっていうか……」
和奏はうーん、と呻いて腕を組んだ。
「……何か変なやつが現れて、キャンディがそいつのことをお兄様って呼んで、ゼンが慌てたようにキャンディと私の腕を引いて……で、追いかけてくるそいつがめちゃくちゃ強くて、たまたま飛び込んだとこに千秋がいて……って感じ」
「……ふぅん……」
俺は頷き、前の二人を見る。キャンディはゼンに寄りかかり、ゼンはそれを支えるように歩いていた。ゼンは……何となく、俺の勘だが、キャンディがどうしてこんなに動揺しているのか、知ってる気がする。
「ところで、千秋は大丈夫? 何だかんだで流れちゃったけど」
「ああ。俺は、大丈夫だ」
俺が頷くと、和奏は安心したようにそっか、と言って笑った。
そのトンネルはまだまだ続く。不安な気持ちが残る俺たちを運んでいくように。
1つのトラブルがまた1つ新たなトラブルを連れてくる。私の好きな展開です笑
そしてこの話の核となる2つの組織の名前が出ましたが、「組織名を音楽用語にしたい!」と単語を調べまくっていたあの日が懐かしいです。なるべく組織の思惑にピッタリな意味の単語を付けました。付けられてるか?
でもあの、千秋誘拐の件をしっかり終わらせてからキャンディの導入やった方が良かったんじゃ……と思っています。まとめ方が雑!!!! 笑




