第9話「対立組織【後編】」①
俺……森千秋はある組織に拐われ、どこかに監禁されていたところを脱出し、とある書庫のような部屋にやって来ていた。……いや、指示語が多いな。
まあとにかく俺はそこで、ある少年……いや少年なのか? に、出会った。そいつは丸石勇林と名乗り、前世はユーリス・サーストンという名だったらしい。……俺の前世だったと言われている、森下秋とも関わりがあったようだ。
そして俺はそこで彼に、『ウィーン音楽聖戦』などについて聞くのだった。
一方、俺のクラスメートで俺の前世の相棒だという香光善──前世の名はゼン・フロライト──や、小学六年生|(ちなみにそう言うと怒る)のキャンディ──前世の名はキャンディ・キャロライン──や、俺の幼馴染みであり、俺の前世の弟子だという日下部和奏──前世の名は日和奏──、この三人が、俺を助けるために俺が囚われている……囚われている……? この組織にやって来てくれていた。
そして彼らはそこで、同胞だという男に出会う。
「……えーっと、前回までのあらすじってこれでいいのか?」
「いいんじゃない? 間違ってないし」
「……はー、早く帰りてぇ……」
「それは俺も同意……てかアキ、のんびり話してる暇があるなら早く逃げればいいのに」
「あっちが勝手に話してるんだよ。……お前とも早く合流してぇな」
「……待っててね。すぐ助けに行くから」
──────────
「さて、そうと決まればどこから話すか」
彼……勇林はそう言って腕を組む。俺……千秋はその口から出てくる言葉の先をただ待った。
「……ではまずは、この組織の名と概要についてお話しよう」
「……ああ」
俺が頷くと、勇林は優雅に本のページをめくりながら言う。
……いやその本、いつの間に持ってきた。
「この組織の名は……『コン・アニマ』。……この意味、お前ならわかるだろう」
コン・アニマ、それは、音楽用語で……。
「……『生き生きと』」
「そうだ」
俺の言葉に勇林は深々と頷いた。
……音楽用語を名にした組織なのか……。しかも意味が意味なだけ……。
「まあ先程も言ったが、この『コン・アニマ』は音楽の個性を重んじる組織だ。だが逆にそのためには手段を選ばない。より崇高で誰も思いつかないような音楽を生み出すためには、どんな手でも使う」
「……どんな手でも?」
「ああ。……その『ウィーン音楽聖戦』も、この『コン・アニマ』のせいだからな」
勇林はあっさりと頷く。個性的な音楽を生み出すためには、どんな手段でも厭わないってことか……。いやでも、どんな手段でも使うって、つまりどんな手を使うんだ? 思いつくのなんて、その時々の一瞬のタイミングや瞬間だ。無理矢理作れるものじゃない。
俺の疑問に対し、勇林はまた頷いた。
「具体的にどういう策だと言われると、つまりはこうだ。……そいつを、極限状態まで追い込む」
「極限状態……?」
「ああ。火事場の馬鹿力、とここでは言うのかな。人生に関わること、つまり、命に関わる土壇場では、人間はとてつもない力を発する。演奏家の場合、それは……」
「……曲となって、現れる」
「そういうことだ」
理解が早くて助かる。と勇林は冷静に言った。
火事場の馬鹿力によって生まれた、音楽。
……それは、一概に喜べるものじゃないな。
「実際、その当時は聖戦後に様々な曲が発表された。名曲になったものも多い。『コン・アニマ』からしたら、成功も成功。彼らの目的が成就されたことになる」
「……そんな、そのために、何人の人が……」
「……そうだな。しかし、『コン・アニマ』は大きな組織。たった数人の力では、止めることは容易ではなかった。……実際、戦争は起こってしまったしな」
勇林はそう憂いげに呟く。子供のするような表情ではなかった。
しかしふと勇林は顔を上げる。そして俺を見て微笑んだ。
「やはりお前はアキのようだな。他の者がお前をアキだと思ってしまうのも頷ける。……何だかんだ言いつつも心優しいその天邪鬼さが、瓜二つだ」
「おっ……俺は別に、優しくなんか……」
「ほら、そういうところだ」
クスクスと笑われ、俺は思わず身を小さくする。本当だ。別に俺は、優しくなんかない。
……いつまでもずっと、自分勝手なだけだ。
「……ゼンがアキを愛するのも、頷けるな」
「……え? 何か言ったか?」
「いや、こちらの話だ」
勇林は小さく微笑みながら、両手を膝の上に軽く重ねるように丁寧に置き、言う。
「さて、一通りいじったところで話を戻すか。……ゼンが、いや、ゼンだけではないが……あいつらが、この組織……『コン・アニマ』を嫌っている理由は、これでわかっただろう。血も涙もない、至上の音楽のためならば手段を選ばない非道さ。あいつらはそれを嫌っているんだ。大方、ゼンなどはお前を近づけないよう必死になったはずだ。あの時、一番被害を被ったのは、お前だからな」
「……そう、なのか……」
校外学習の時、必死に俺の手を引いてくれたアイツの手の暖かさを思い出す。あんなに安心して、優しい手。
……俺は、守られているんだな。俺の知らないところでもきっと、何度も。
じっと自分の手を見つめていると、勇林は呟いた。
「……愛だな」
「……はっ?」
「いや、何でもない。……もう一つの組織についても話しておくか。尊経派の、話を」
俺は先程のコイツの言葉に戸惑いつつも、それを聞いて頷く。
まだここから出るには、時間がかかりそうだ。
「……久しぶりだね。同胞」
ゼンの言葉に、彼の前に立つそいつはただ微笑む。それを見ながら、私……キャンディと、私の隣に立つ奏は、思わずゴクッと息を呑んだ。
……こいつのことは、私でも知ってる。こいつは……。
……この組織、『コン・アニマ』のナンバー2……!!
「本当に久しぶりだな。……あの時以来じゃないか? ……お前にあの時、倒されてから」
「……アダムスキー……」
「ふっ、懐かしい名だな。……今は、アダム・ノイヒというんだ。よろしく頼むよ。香光善くん」
「……」
ゼンは黙ってただ冷や汗を流す。その緊張感がこちらからもひしひしと伝わってきた。
アダムスキー・ノイマン。今は、アダム・ノイヒらしい。彼は、前世からとても力強く、そして美しい音色で有名だった。もちろん能力も桁違いに強く……。
……でも、あの時、『ウィーン音楽聖戦』の時に、ゼンに敗れたはずだ。
私はその時、ゼンの近くにいた。だから知ってる。
「さて、俺の役目は君たちをここで足止めすること……だけど、単純な足止めではない。ゼン、ここでお前を倒して、もう一度お前にここ……『コン・アニマ』に属してもらう」
「……私たちのことはどうでもいいみたいね……」
「……そうね……」
私と奏はゼンの後ろでそうコソコソと会話をする。逃げても良かったが、ゼンを置いては行けなかった。奏もたぶん、何だかんだでゼンのことは心配なのだろう。
「さあゼン。お前の武器を取れ。もう一度、あの日の続きを始めようじゃないか」
アダムスキーはそう言って何かを構える。それは前世でも愛用していた、銀色に輝くフルートだった。銀色が光を反射する。それがゼンのことを見据える。
ゼンはそれを見ながら、一言言った。
「断る」
一瞬でその場を、静寂が包んだ。
「……断るだって?」
「ああ。俺は、お前のことなんてどうでもいい。それに……」
ゼンは指揮棒を取り出し、それからそれを優しく包み込むように手で握った。
「これは、武器じゃない」
武器なんかじゃない。
ゼンの、そんな声が聞こえてきた気がした。
「この組織にも、俺は、俺たちは、二度と属することはない。お前らのやり方には、もう心底呆れているんだ。勝手にやっててくれ。でも……アキを、あの子を、巻き込むのだけは絶対にやめろ」
そこでゼンの声が急に低くなる。……本当にゼンは、アキのことになると全く余裕が無くなるんだから。
「あの子を返さないのなら、それこそお前と戦うことになる」
「……お前は、いつもそうだ。口を開けばアキ、アキ、と……ふざけるな。お前にとってそいつは、それほどの存在だって言うのかよ」
「そうだ」
ゼンは真っ直ぐな瞳で、アダムスキーに言う。
「何より大事だよ」
……ほんと、それを本人に言うのが一番早いっていうのに、遠回りし過ぎなんだよね。
「そこをどけ。アダムスキー」
「断る!!」
そしてアダムスキーの能力とゼンの能力が、交差した。




