第8話「対立組織【前編】」③
息が乱れる。気づくと、体に激痛が走っていた。そして瞬きをすると、目の前には床がある。……何が起きた?
……呼吸が苦しい。何だ? 何が起きている? ……何で俺は、こんなに動揺している?
いつまで、そうしていただろう。
パラ……パラ……という規則正しい、何かが擦れて進んでいく音が耳に入って、俺は目を覚ました。
起き上がって、思わず俺は額を抑える。くっそ、まだ少し、頭が痛い。……まだ心臓の鼓動も早い。あの日記を読んだだけだっていうのに、何なんだ一体……。
「……っ!?」
そこで俺は気づく。手の中に、あの日記がない。隠し場所になっていた、あの本も。
というか、あのページを捲る音は……。
「……おお、ようやく目を覚ましたか」
そんな声が聞こえ、俺は顔を上げる。
俺の視線の先には……積み上がった本に腰掛ける、一人の、子供がいた。
……え、子供?
「まあ、派手に倒れて死んだように眠っていたからな。体調はどうだ? アキ」
「え? え、っと……」
しかもコイツ、俺のことを知ってる……?
「だ、大丈夫、だが、お前、何だよ……」
「……うん?」
そいつはそう呟いたかと思うと、ふむ、と呟いて顎に小さな指を添えて何かしら考え始める。いちいち言動が年寄りくさいのが、少しだけ気になった。
「……お前、ユーリス・サーストン、という名に聞き覚えは?」
「ユーリス……? いや、無いが……」
というか何でこのガキは、いちいちこんなに偉そうなんだ。
「そうか。なるほど。安直に考えすぎていたようだ。申し訳無い」
「え、ああ……何の話だ?」
「いや、気にすることはない。……名乗りもせず、無礼だったな。私の名は、丸石勇林だ」
「……森、千秋……です……」
思わず敬語になってしまう。何だ、コイツから発せられる『威厳』のようなものは。俺よりずっと年下のはずなのに、精神年齢で負けているような気がする。
「もし伝わらない話だったらスルーしてほしいが、お前は、森下秋の生まれ変わりか?」
「……! お前、森下秋を知ってるのか?」
「……その反応だと、ビンゴか?」
「あ、いや……」
俺はそう呟いてうつむく。
「……俺は、森下秋の生まれ変わりって言われるが……俺自身は、そうじゃないと思っている。そいつの記憶もないし、俺にとっては、俺に似た別人、みたいなもので……」
「……ふむ、なるほど。じゃあお前は、アキに似ているだけでアキではないのだな」
「……理解が早いな」
「年寄りだからな。いかなることでも、受け入れて進んでいくしかないと知っている」
そう言って、そいつ……勇林は、ニヤッと笑った。自分で年寄りって言ったぞ。コイツ。
「だが、森下秋の名を知っているということは、無関係でも無いのだろう? 大方、森下秋として連れてこられたのだろう」
「……わからねぇ。ここの組織のやつらに、無理矢理連れてこられて……」
「ふむ、スマートではないな」
勇林は積み上がった本の上から飛び降り、俺に近寄ってくる。こう見ると、やはり小さい。……小学二、三年生……ってところか?
「……というか、お前は何なんだよ。ここの組織のやつなのか?」
「……よろしい。一つ一つ、順を追って説明しよう。そこに座れ」
「そこ、って……」
床にも本が散らばっていて、座るスペースなんてとても……と思いながら俺は指を差された方向を見る。そしてギョッとなった。
清潔感に溢れた、お洒落な店のテラス席にでもありそうな机と二つの椅子が、そこには置かれていた。いつの間に……。
勇林はその内の一つの席に座った。そして俺に目線で早く座るよう、促してくる。慌てて俺も、向かいの席に座った。
「まずお前の質問に答えよう。色々四捨五入すると、答えは『YES』だ」
「……四捨五入しないで言うと?」
「組織に属してはいるが、組織の一員としての待遇を受けたことはないし、私もこの組織には、好き好んでいるわけではないからな」
勇林はそう言って憂いげな表情でため息をつく。ティーカップに暖かな日差しでもつければ、この景色は完璧な絵になるな、と俺はぼんやりと思った。
「次に私からの質問だ。お前はどこまで理解してここにいる?」
「どこまで……」
「森下秋の周辺に関わることでいい」
森下秋の、周辺……か。
俺は顔を上げ、口を開いた。
そしてゼンと出会い、俺が前世からの相棒だと言われたこと。流れで森下秋と同じ能力に目覚めてしまったこと。キャンディと会って、俺の妹弟子だと言う和奏と出会ったこと。ここら辺では、俺が森下秋の生まれ変わりだと言われていること……ゼンと会ってからのことを、全て話した。
聞き終わった勇林は、ふむ、と呟く。口癖か?
「……ゼンもキャンディ嬢も奏嬢も、変わりがないな。特にゼン。あいつは、遠慮がなくて突っ走りすぎるところ、直せと言ったのに」
「……」
「なるほど、大方理解した。確かにそれは周りが、お前が森下秋の生まれ変わりだと思ってしまうことも頷ける」
能力に目覚めてしまったのだからな。と言って、勇林は真っ直ぐに俺を見つめてきた。……居心地の悪い視線だ。俺は、それから逃れるように口を開く。
「……アンタも、前世があったりするのか……?」
「ああ。……ユーリス・サーストンだ。森下秋とはもちろん、ゼン・フロライトやキャンディ・キャロライン、日和奏とも関わりを持っていた」
「へぇ……」
「ではまた私から。……お前の前世だと言われている森下秋について、どこまで聞いた?」
「……どこまで……?」
その問い方に、思わず俺は眉をひそめた。その言い方だと、まるで隠したいことがあるみたいである。
「……有名な日本人ピアニストで、ゼン・フロライトの相棒……? 後は、さっき……この部屋で見たことだが……『ウィーン音楽聖戦』で、恋人を庇って命を落としたって……」
「ああ、これだな」
そう言って勇林はポケットから紙束を取り出した。確かにそれは、俺がさっきまで見ていたものである。
「……アンタも、その戦争に巻き込まれたのか……?」
「ああ。……酷いものだったな。音楽家たちが、音楽による能力を使い、他の音楽家たちを傷つけていく。……音楽は、人を傷つけるために存在するのではない。誰もがわかっていたが、その大きな流れの中、止めることは出来なかった……あれは、そういう戦争だった」
……人を傷つけるために、音楽は存在しているんじゃない。
……知ってる。そんなことは、ずっと。
「……ゼンたちは、この組織を嫌っている。理由は、この戦争だ」
「……『ウィーン音楽聖戦』……?」
「ああ。……話せば長くなるだろう。まあ、お前のナイトが来るまでの老人の長話だと思って、付き合ってくれ」
「……はあ……」
ナイト……って誰のことだよ、とは思ったが、聞いたら何だか戻れなくなるような、そんな予感がして、聞くに聞けなかった。
一方その頃、私たちは。
「久しぶりだな。ゼン・フロライト、キャンディ・キャロライン、日和奏」
一番前で、私と奏を守るように立つゼンは、冷や汗を流しながらその拳を強く握りしめる。そして、口を開いた。
「……久しぶりだね。同胞」
ゼンの言葉にそいつは、ただ小さく笑うだけだった。
黙って囚われてくれないヒロインが好きです。当時読んでくれていた友人に前回の話の後に「この後エロ同人誌みたいになるんでしょ!?」と言われたのが面白かったです。なりません。
にしても、こんなに「前世は○○って名前でした」って人が現れているのに「俺は森千秋だ。森下秋ってそれ俺じゃねぇから」ってスタンスを貫ける千秋、すごく強いな~と思います。そして自分のことじゃないと思っている森下秋のせいでこんなに巻き込まれてるの、すごく不憫だなぁと笑




