第8話「対立組織【前編】」②
建物に入るとすぐに、大きなエレベーターがある。そこに四人で乗り込んだ。
マントの人物は普通の階数ボタンは押さずに、その下の空白のちょっとした取っ掛かりに指をかける。するとそこが蓋となっていて、新たな階数ボタンが現れた。そこには「−1」や「−2」だとかが書いてある。つまり、地下だ。
「……普通の建物に、地下が隠されているとはな……」
「現代社会に紛れるのもお手の物でしょう?」
ゴウンゴウン、と揺られながらエレベーターはどんどん下へと向かっていく。爛々と光るライト。窓の外は壁が写るのみで殺風景だった。
エレベーターの速度が段々落ちてくる。そろそろ止まるらしい。
動きが完全に止まり、扉が、開いた。そこでは……。
「まだ見つからないのか!」
「ただの人一人なのに、どうしてこう苦戦するのか……!」
……なんか、大変そうなことになっていた。
「ちょ、ちょっと、何事ですか?」
私たちを連れて来た人物が、近くを駆け抜けようとしていた一人に問いかける。するとその人は鬱陶しそうな表情を浮かべて止まって言った。
「あの人質が逃げ出したんだってよ。お前も早く探すの手伝え!」
そして走り出してしまった。人質……って、アキのことだよね。絶対。
人気の無くなった廊下。呆然と立ち尽くすその人物に……。
……私と奏で、後ろからタックルして押し倒した。
「……うぇぇっ!? ちょ、キャンディに、お前も……!」
「何かよくわかんないけど、チャンスでしょ! この混乱に乗じて、秋さん見つけた方がいいって!!」
「私も賛成。……とりあえず、こいつは縛って動けないように……ゼン、ネクタイちょうだい」
「え、い、いいけど……」
ゼンから渡されたネクタイで、私はその人物を縛る。そいつは必死に抵抗していたが、二人から押さえつけられているのだ。逃げられるわけがない。
「ちょ、あなたたち、何勝手なことを……!」
「先に秋さんのこと捕まえて勝手なことしたのそっちでしょ!? ……あ、このマント、ちょっと拝借しまーす」
「……え? ちょ、待っ、」
言うや否や、奏がその人物の身包みを剥がす。その人物は女性だった。長く綺麗な髪で、顔も中々……美人だ。こっちを睨みつけている。だけど、下から睨まれている分、全然怖くない。
「ちなみに、アキは元々どこに捕らえられてたの? 教えて」
「そ、そんなの、教えるわけっ……」
「……へ〜? ここには7オクターブの声域の化物と世界一の指揮者とあの日本人ピアニスト唯一の弟子がいるんだけど、そんな態度取っていいんですか〜」
私の言葉に、女性は一気に青ざめた。それから悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「……っ、わかったわよ! この道真っ直ぐ行った、一番奥! どうせいないわよ!」
「ありがとう! お姉さん!」
私はニコッと笑ってから、自分の喉を抑えた。その動きを見て、女性は青を通り越して顔が白くなる。
「ちょ、やめ……」
「……大声とか出されても困るし、少し気絶しててよね」
そして私はバレない程度の声量で歌う。後ろの二人は耳を塞いでいたけど、この女性には直接聴こえてしまう。あっという間に女性は気絶した。
「……よし、二人とも、行こう」
「……私、あんたとは喧嘩するだけの仲でいたいわ……」
「……やっぱりキャンディ怒らせるのこえー……」
「二人とも?」
私が睨みを効かすと、二人はすぐ私に付いてきた。
俺はとある部屋に入った。この部屋の中には誰もいないようで、埃っぽいし、電気も点かない。だが、その分好都合だ。しばらくここで休ませてもらおう。
何故か鍵だけは有能に働いて、内側から閉められた。そして俺は、改めて部屋の中を見回す。
ここは、書庫であるようだ。沢山の本棚、沢山の本が置かれている。真新しそうなものから、もう開くのが難しそうな本まで、様々だ。することも無かったため、俺は本棚の隙間を縫うように歩いて行った。
本の内容は、大方全て同じものらしい。それは決まって、音楽のもの。初心者のためのピアノの弾き方から、超絶技巧をこらした技術。ベートーヴェンにバッハにリストにモーツァルトにシューベルト。オーケストラにコンサートの様式。置き方だとか保存方法だとかは適当なのに、ちゃんとジャンルごとにはまとまっているようだ。真面目なのか、そうじゃないのか。
一冊手に取って、読んでみた。それは、音楽史だった。ロマン派、ロック派、世界史の教科書とかでみたことがある。音楽をやっている人なら、ここら辺は一般教養なのだろうか。俺には……よくわからない。そもそも、音楽は、やめたんだし……。
……切り捨てたはずなのに、何でこんな所まで来たのやら。こんな、音楽に囲まれた書庫。
そこで俺は、その本に違和感があることに気がついた。何か、変だ。この本の、裏表紙。……心無しか、分厚い?
少し爪を掛けると、そこはあっさり剥がれた。中から、少しの紙束が現れる。触ったことのないような紙質だった。……サラサラしていて、指先に埃のような、粉みたいなものが付く。でもそんなことに構っていられない。俺は、何か衝動のようなものに駆られてそれを見た。
それは、どこか外国語のようなもので書かれていた。読めない、はずなのに、俺は、それを読むことが出来た。何と言うべきか。頭では理解出来ないのだ。その文法、一つ一つの単語の意味。でも、心というのか、潜在的な何かが俺にその文を理解させる。まあ、読める分には都合がいい。そのまま読ませてもらった。
それは日付で始まっている。どうやら、日記であるようだ。これを書いた主は、音楽を鑑賞するのが好きで、よく一人のピアニストの音楽を好んで聴きに行っていた。名前は……。
「……森下、秋……」
俺、では無い。が、俺と、無関係ではないであろうやつ。
その人物は、突然現れて聴衆の心を奪っていった。どこか官能的で、それでいて無垢で、人の心を掴んで離さない、と、とにかく褒め言葉が書き連ねられている。自分のことでは無いのに、何だか恥ずかしかった。にしてもコイツ、褒めすぎだろ。
しばらくどのページもそんな感じだったから、読み飛ばした。何だか、雰囲気が変わった、と思ったのは、本当に最後のページだった。
『ウィーン音楽聖戦』
そんな言葉が、書いてあった。
……戦争? 急に、何の話だ? しかも、音楽聖戦って……。
『それは、音楽家たちの技巧とプライドをかけた戦いであった。音楽がぶつかり合い、音楽が音楽を壊す。ウィーンは巨大な音の爆弾になってしまったようで、血が舞い死体が積み上がり、それは酷い光景であった。』
何で森下秋の話から、こんな戦争の話に繋がる?
『その戦争は、大枠を見れば二つの組織の対立であった。尊経派、そして尊音派だ。音楽の個性より、より大衆に響く音楽を機械的に作ろうとする尊経派の〝──〟、個性を重んじ、個にしか作れない音楽を尊重する、尊音派の〝──〟。森下秋は、どうやら尊音派に加担し、戦争に参加していたようだ。』
『しかしそこでトラブルが生じたのか、彼は戦線から一時離脱したようである。だが彼は結局どちらに付くわけでもなく戦争に戻り──』
『──命を落とした。』
「……死ん、だ?」
自分の指先から、すうっ、と冷えていくのがわかる。手が震えていた。自分のことではない。わかっているのに、呼吸が乱れた。落ち着け。深呼吸をして、息を何とか整える。
『彼は自身の恋人を庇って亡くなったようだ。私はその戦争を人伝に聞いただけであるからして、それは定かであるかは明らかではない。だが彼には恋人がいるということは前々から噂になっていたため、信憑性は高いと思われる。何はともあれ、彼の音楽がこの世から無くなってしまったのが、ただ残念でならない。』
日記は、そこで終わっていた。
戦争があった。二つの音楽の、方向性の違いで。そして森下秋は、恋人を庇って死んだ。和奏も? キャンディも? ……ゼンも?
その時、アイツらに、何があったんだ?




