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第8話「対立組織【前編】」①

 冷たく硬い床の感触に、俺の意識が徐々に覚醒してきた。一度その感触を認識すると、そればかりが気になって仕方がない。どうやら俺は地面に倒れているようだ。起き上がろうと手を使おうとするが、何故か動かすことが出来ない。そちらに意識を集中させると、背中で手首を縛られているようだとわかった。……何なんだ。一体。


「……う……」


 思わず小さくそう声を溢す。声を出したことで、瞼も動いてくれた。ゆっくり目を開くと、薄暗い室内が見える。室内なのか。外じゃなくて良かった、と場違いなことを思う。

 良かったのだが、ここは、一体。


「……どこなんだよ……」


 俺は何とか体を起こして、辺りを見回した。だが、四方向どこを見ても見覚えがない。


 ……段々思い出してきた。確か俺は自分の部屋にいて、そこに変なマントにフードを目元まで被ったやつが現れて、何か音が聴こえたと思って……そこで、意識が途切れている。恐らく、眠らされたのだろう。情けない。……十八番を使うのって、もしかしてこの時か? ……やはり、もっと強くなっておく必要はあるな。

 ……さて、どうするか。


 今までで様々なことがあったからなのか、不思議と心の中は冷静だった。手首が少し痛むくらいで、怪我もない。恐らく、俺に害を加えたいわけでは無いのだろう。もしくは、その価値もないと思われているか……。

 立ち上がって、出入り口と思しき扉に近づく。小窓から外を眺めるが、そこには誰もいなく、人気もない。ただ薄暗い廊下が左右に真っ直ぐ伸びている。……不用心だな。俺が逃げるとか思わないのか。……思わないか。まだ俺は、能力もマシに使えない生まれ変わりモドキだもんな。


 あのマントにフード……見覚えがある。校外学習の時の、アイツらだろう。ゼンたちが、毛嫌いして逃げていた……。何のために俺を攫ったのだろう。わからない。

 だが。


「……見限られるのは、普通にムカつくな」


 俺はピアノを取り出した。自由に動く指先で、鍵盤を叩く。するとその音に合わせるように、俺の手首を縛る紐が音もなく落ちた。


 ……拘束するなら、手首より指先の方が良かっただろうに。

 そうしたら今度は足で鍵盤を叩くまでか。


 ……まあ、何でもいい。


 俺は扉に近寄って、音をたてないように静かにドアノブに手をかける。しかし、流石に鍵は掛かっているようだ。そこは、当たり前か。逆に掛かっていなかったらここの警備システムを疑うところだった。


 またピアノを取り出して、ゆっくり、手探るように、音を鳴らしていく。鍵の仕組みは、この前無料動画サイトで見た。後はそれを思い出しながら、一つ一つのくぼみに音を合わせていって……。

 ……集中すれば……。



 ……カチャン……。



 そんな小さな音が響き、俺は目を開く。再びドアノブに手を掛けると、扉はあっさりと開いた。……よし、上手くいった。


 扉から顔だけ出して、左右を見渡す。相変わらず誰もいない。誰かが来る気配もない。

 少しだけヒリヒリと痛む手首を擦って、俺はゆっくり深呼吸をする。


 ……ゼン、心配してるだろうな。


 足音をたてないよう気をつけながら俺は駆け出した。ひとまず、ここから脱出しねぇと!

 俺のことを心配してくれるのは、もちろんゼンだけではないはずなのに、俺はゼンのことしか思い出さず、そしてそんな自分にも気づいていないのだった。





 私……キャンディの目の前に座るゼン……香光善は、ゆっくり耳に当てていたスマホを机の上に置いた。そして。

 苛ついたように、机をガンッ! と叩く。その拍子に、机の上のカップが震え上がるように音を立てて揺れた。


「……ゼン」

「……キャンディ。行くぞ」

「……別に、それはいいんだけど」


 私は身を乗り出して、必死にゼンのその腕に手を伸ばし、腕を掴む。


「一旦、落ち着きなよ」


 ゼンは顔を上げ、私を見つめた。その顔は驚くほど表情が無くて、冷淡で、私まで背筋が凍るような気持ちになる。でも、昔から何度もこの顔を見ているからか、怖いとは思わなかった。


「落ち着きなって」


 もう一度念を押すと、ゼンはしばらくその唇の線を結び……やがて、ゆっくり深呼吸をし始める。深呼吸は、ゼンのルーティーン。荒ぶった気持ちを、落ち着けるための。本番前も、よくこうして深呼吸していた。ゼンは、よく突っ走るから。


「……悪い、キャンディ」

「落ち着いたね。じゃあ、行こっか」


 私はゼンの腕を離す。ゼンも、大きく頷いた。


 アキが連れて行かれた場所。皮肉なことに、私たちはそこに心当たりがあった。





 そこに向かう道中、私たちは見知った顔を見つけた。


「奏」


 私がそう言うと、スマホを見ていた奏──日下部和奏、前世は日和奏──が顔を上げる。その顔はやはり真面目なもので、いつもの嫌味や、逆にハイテンションさを出す気配はない。


「どうする?」

「……決まってる」


 奏の端的な問いに、ゼンはすぐに返した。


「アキを、助けに行く」


 私たちは黙る。ゼンがそう言うことはわかっていた。でも……。


「でも、あっちの狙いは確実に、私たちを誘き出すことよ。秋さんを、エサにね」


 奏の言葉に、私は頷く。そう。あの組織は私たちの力を要している。そのためにアキを使うのは自然な流れなのだろう。……アキはまだ、あの組織の危険性を良くわかってないし。教えてない私たちも悪いけど。


「わかってるよ」


 ゼンも頷き、その上で言った。


「でもアキの存在に変えられるものなんて、何も無い」


 私たちは目を見開き、黙る。


 ……何でこういう時だけ、そういうことはハッキリ言えるのかなぁ。


「俺は行く。二人は、ここで待ってて。……控えがいた方が、より安全だ」


 ゼンはそう言って歩き出した。私たちは、保険ってことね。

 ……まあ、別に良いんだけどさ。


「何言ってんの?」

「私たちも、連れて行きなさいよね」


 奏の言葉を継ぐように、私もそう言う。

 ゼンは振り返って、目を見開いた。


 ……良いんだけど。でも、ここまで来て置いていくなんて、それは無いでしょ?


「戦力は、多い方がいいでしょ。……それに、私だって秋さんを助けたいんだから。あんただけだと思うんじゃないわよ」

「……ゼンが暴走しないよう、私が見張ってた方がいいでしょ」


 私たちはゼンの隣に並ぶ。そして追い抜いて、歩き出した。


「ほら、何してんの。置いてくよ!」

「なるべく早い方がいいでしょ。ゼン」


 私たちの言葉に、ゼンはしばらく目を見開いていたが……やがて、呆れたように笑った。


「……やっぱお前ら、仲いいじゃん」


 良くない。と私たちは同時に言う。被せてくんな。





「見かけたか!?」

「あっちの方で見たってやつがいたぞ!」

「では、我々もそちらへ向かおう」


 近くで足音が響き渡り、俺は小さくため息をこぼした。安堵のため息だった。


 早速俺が逃げたのがバレたようで、近くでは怒声やら忙しない足音やらが聞こえてくる。相当苦戦しているようだ。まあ、鬼ごっこは得意だ。捕まる気はしないな。

 緊張感なくそんなことを思っていると、反対側から足音が聞こえた。俺はすぐに曲がり角を曲がって、それをやり過ごす。……安心してる暇もないな。そう思いながら、俺はまた移動をする。


 ……にしても、どうしてヤツらはこんなに俺のことを必死に探すのか。そんなに俺のことを捕らえ続けて、何かメリットでもあるのか? 身代金とか……考えといてあれだが、一番無いな。俺の家の経済状況は、あまりよろしくないのだから。俺自身に価値がある……とも考えづらいし。というか、俺に用なら眠らす必要ないだろ。

 ……あー、わかんねぇ。考えても無駄か。諦めよう。


 とりあえず、出口がどこかわからないのが一番問題なんだよな。案内図もないし。いや、あるわけないか。あったら便利だったんだけど。

 ただこのまま闇雲に走っていると、その分見つかるリスクも増える。またあそこに逆戻りで、今度は警備システム強化……。絶対にごめんだ。失敗は出来ない。

 ……堂々巡りだな。


 というか、ここ、見覚えがあるような気がするんだよな……何でだ……? 本当に見覚えがあるとして、ここはどこなんだ……?


 また足音が聞こえる。俺はその思考を振り払うように、駆け出した。





「ゼン・フロライト、キャンディ・キャロライン、日和奏だな」


 その言葉に、私たちは振り返る。そこには例のごとく、あの黒いマントにフードを被った、男かも女かもわからない、そんな人物が立っていた。


「アキを返せ」


 すると表情を変え、ゼンがそう言ってその人物に詰め寄る。慌てて私はゼンの腕を引いた。じゃないと、殴り掛かりそうな勢いだったから。

 しかしその人物は少しも狼狽えることなく、ただ小さく微笑むだけだった。


「ええ。あなた方に来ていただけるのならば、すぐにでも」

「……」


 ゼンは黙り、一歩だけ下がる。


「……勘違いするな。俺たちは、あんたらに加わるわけじゃない。ただ、アキを返してもらいに行くだけだ」

「……ふふ、まあいいでしょう。どうせあなた方もすぐに、ここへ戻ってきたくなりますよ」

「……笑えない冗談だよ」


 ゼンが真顔で返すが、その人物は気にすることなく、身を翻して歩き出した。私たちは顔を見合わせてから、それに付いて行く。

 ぶっちゃけ、迎えなど無くとも目的地は目の前だった。

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