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第7話「My music!」①

 俺は昼休み、屋上へ向かっていた。弁当と水筒だけを持ち、欠伸は噛み殺して。

 階段を上がって、重い扉を開く。太陽の光が目に染み、少しだけ目を閉じると……。



「遅いよ! アキ!」



 そんな声が飛んできて、俺は頭を掻きながら言う。


「……担任に呼ばれたんだよ。お前も見てただろ」

「そうだけど」

「ままっ、いいじゃん! ねー、千秋っ! とっとと始めちゃお!」

「……ところで、何で呼ばれたか聞いてないんだけど……何するんだ?」


 俺の問いに、俺を呼びつけた、香光かこうぜん──前世ゼン・フロライトという名前で、俺の相棒だったらしい──が、弁当の箸を俺に突きつけながら言った。行儀が悪い。


「トレーニング、ってとこかな」

「トレーニング……?」

「そ。アキ、君は俺たちと戦うって決めたけど……そう決めたからには、生半可な強さで臨むわけにはいかない。……あの組織も現れたし……とにかく、ぶっちゃけるとまだまだアキは弱すぎる!」

「悪かったな」


 そんなにハッキリ言われると、イラッとしてくる。ああ、わかってるよ。この前の校外学習でそれは身に沁みるほどわかった。ゼンの言う『あの組織』は、強い。最初に現れたバイオリン男の比でもない。俺は全力で足を引っ張ったし、ゼンがいなかったら今頃俺はここにいないだろう。


「だからこの子も交えて、アキの能力の強化をしていこうかと思います。俺は指揮者だから、正直アキの役に立てる気はしないし……」

「私からあきさんに教えるというのは、大変不躾なことであるとは思いますが……これも秋さんがご自分の身を守るためです! ビシバシ行かせてもらいます!」

「あ、ああ……」


 そう、この幼馴染である日下部くさかべ和奏わかなも、俺の前世の妹弟子の……日和ひわかなで、であるらしい。俺も詳しいことは知らないが、よく和奏は奏の話し方で接してくることが増えた。和奏と奏は性格が大きく違うから、正直戸惑うところが多い。


 そして俺が、もり千秋ちあき。……前世の名は、森下もりしたあき。ちなみに、前世があることを認めてはいない。

 ただその能力には目覚めてしまったため、こうしてコイツらと交流を続けている。


 ……遠いところまで来たな。


「あっ、千秋! 早速嫌そーな顔してる! 今からそんなんじゃ、この先身が保たないよ!」

「そうだよアキ! 敵はいつどこから現れるかわからないんだからね!」


 そう二人に叫ばれて、思わずうんざりする。……早速だが、元の平和な日常に戻りたい。





 気を取り直して、そのトレーニングとやらに身を置く。とりあえず弁当を食べてから、トレーニングを始めることになった。食べながら、ゼンが話を始める。


「まずは自分の、持ち曲を決めるところからかな」

「持ち曲?」

「そう。アキと言ったらこれ! って曲を決めるの。慣れている曲だったりすると、突然のことにもすぐ対応出来る」

「……なるほどな」


 俺は納得してそう呟いてから和奏の方を見た。


「お前の持ち曲は?」

「んー、特に決まってないかな。ただ漠然と、明るい曲がいいとは思ってる」

「……和奏にピッタリだな」

「でしょー?」


 和奏はそう笑ってから、弁当を閉じてその上に箸を置く。


「今の一瞬で機嫌が良くなったから、ちょっとサービスしてあげる!」


 そして和奏は、どこからか現れた透明な椅子に座った。ピアノと違い、電子オルガンは長い椅子である。そこに座って、和奏は手を、足を前に出した。

 和奏の手が動き出す。指が素早く動き、メロディーを刻んだ。


「これは……」

「……某テーマパークの有名な……」


 俺の言葉にゼンが重ねる。そう、和奏が今弾いている曲は、某テーマパークの有名なパレードの曲だった。何故名前を伏せるかというと、大人の事情である。

 その曲は電子オルガンならではの多彩な音で彩られていっていた。楽しくて、自然と体を揺らしてしまう。


 曲が終わると、和奏がドヤ顔で俺を見つめた。仕方なく、拍手をしてやる。


「ちょっ、千秋! 何その仕方ないから〜感は!」

「はいはいお前はすごいよ」

「心がこもってないーっ!」


 ……本当に、すごいとは思っている。だって、俺と和奏がピアノを始めたのはほぼ同時だ。なのに和奏はこんなに巧みに電子オルガンを弾きこなしている。下手すると、俺より上手い気がする。


 ……いや、そもそも、俺はここ数年……ピアノを弾くのを、サボってたからな。

 ……二度と弾くことなんか、絶対にないと思ってたのに。


「……ま、いいや。とりあえず私は、こんな感じだよっ。ちなみに、千秋と戦った時のあれは、私の即興演奏!」

「あれ、即興だったのか……」


 なおさらすごい。右手と左手を使うのはもちろん、左足で鍵盤、右足で音量調節、そして音の切り替えを行うのだから。

 どんなに才能があっても、練習無しにそんなことは出来ない。……どれだけ練習したのだろう。


 置いて行かれている気がする。


「てかずっと気になってたんだけど、あんたのその指揮者だと何が出来るの?」

「え、一回戦わなかったっけ?」

「指揮棒で攻撃受け止められただけなんですけど」

「あ、それもそっか」


 和奏の言葉にゼンはそう答え、それからごちそうさま! と叫んだ。そしてゼンは弁当箱と箸を片付けて立ち上がる。

 ゼンが手をクルッと回すと、その手の中に指揮棒が現れた。まるでマジックである。


「えー、俺は二人とは違って音が出ないから、かなり特殊なんだよね。キャンディも、どちらかと言えば特殊かも。楽器じゃなくて、自分の喉に依存してるから。喉が潰れたら終わりなんだよ」

「へぇ……」

「で、俺のことに話を戻すと……指揮者は周りの音を操作できる。増幅させたり、減衰させたり」


 そう言うとゼンは指揮棒を振った。すると先程までそよ風程度だったものが、一気に嵐のようにゴウッ! と音を立てる。座っているのがやっとの風だ。


「一番やりやすいのは風かな。音を大きくさせると、その音に見合った威力になってくれるから、物理的にどうこう出来るんだよね。後はその風を使って物を動かしたりと、念力モドキみたいなことも出来るよ」

「便利だな」


 風が止み、俺が手ぐしで髪を整えていると、ゼンが指揮棒を消す。


「家で一人の時とかはこれで動かずに物を動かしたりもするんだよね」

「能力の無駄使いじゃねぇか」

「やだなぁ。有効活用って言ってよ」


 そんなゼンに、俺はふと思い至ったことを言った。


「……そういや、親にはどう説明してるんだ? 能力があるとか前世があるとか、言ってるのか?」

「まさか。言えるわけないでしょ」

「私も。……私は、五歳くらいの時に前世の記憶を思い出したんだよね」

「俺も……そのくらいかな」

「え、生まれた時からあったんじゃないのか?」


 てっきり生まれた時から前世の記憶を有していると思っていた俺は、思わず声を上げる。すると二人は顔を見合わせた。仲いいかよ。


「……ま、流石にそこから五年くらいは、他人事くらいに思ってたけどね」

「うん。……自分のことだって自覚が出てきたのは、そのくらい」

「へぇ……」


 じゃあ俺も、もしかしたら今後前世の記憶を思い出すことが……いや、前世があるとは思ってないが。


「突然自分の子供が前世の記憶あるとか言い出したら、まず引くよね。自分の子供でも」

「わかる。普通に可哀想」


 何故か大人のような視点で話すゼンと和奏を横目に、俺は膝の上で頬杖を付いた。

 前世があるって、どんな感覚なんだろうか。俺には、良くわからない。


 そこまで考えてから、授業開始五分前を告げるチャイムが鳴り出す。俺たちは荷物をまとめ、慌てて教室に戻るのだった。





 放課後。和奏は補習に呼ばれたとかで、俺とゼンの二人で帰ることになった。いや別に、和奏ともゼンとも一緒に帰る約束をしたわけではないが。

 隣を歩く、少し俺より背の高いゼンを見上げる。日光にゼンの金髪がかった茶髪が反射して、綺麗だ。


「……ゼン」

「ん? 何?」

「……お前、もう大丈夫なのか?」


 俺が問うと、ゼンは一瞬キョトンとしてから、あー、と呟く。


「……お陰様で?」

「何で疑問形なんだよ」

「いやー、まだ本調子では無いし、嘘はつけなくて……」

「……正直だな」

「心配かけたからには、ね」

「……別に、心配してねぇし」

「またまた〜」


 ゼンは馬鹿にするようにこちらを笑ってきてから、んんっ! と咳をした。何だ、と訝しげな瞳で見つめると、ゼンは胸元にその細い指を添えて言う。


「……『お前が元気ねぇと、こっちまで調子狂うんだ』……っていって!? ちょ、アキ、今本気で殴ったでしょ!?」

「お前が変なこと言うからだろ……!!」

「えー、俺、アキが言ってくれたことそのまま言っただけなのにな〜」

「……あの時の俺は普通じゃなかったんだ! 忘れろ!」

「えー、やだ」


 ……くっそ、その笑った顔、ムカつく。っていうか、コイツ、俺が言ったこと何でいちいち覚えてんだよ……。


「……アキ、俺ね、嬉しかったんだよ」

「……え?」


 俺が再びゼンのことを見上げると、ゼンは小さく微笑んだ。

 本当に嬉しそうに、綺麗に。


「アキが俺のこと、少しは必要としてくれてるんだなって思って」

「っ……」


 その顔に、その声に、見惚れてしまう。聞き惚れてしまう。心臓が大きく高鳴っている。息が苦しくなるほど、ドキドキとしている。……こんなに苦しいのに、こんなに、心地良い。

 ……本当に俺、どうしたんだ……?


「……あれ、アキー、ここ、いつもなら怒るとこなんじゃないんですかー……」

「う……るせ……」


 何だ、何なんだ。コイツを見るたびに、声を聞くたびに、心臓の高鳴りが早くなる。止まらない。何を言うべきか、わからない。頭の中で言葉がまとまらなくて、言葉が口から出てこない。その回らない頭で、今、ただ、わかることは。

 ……俺は、今の言葉を否定出来ない。


 思わず俯いて、それからふと思い出す。キャンディに言われたことを。

 このドキドキの正体がわからないなら、ゼンに聞いた方が一番早い、と。


「……ぜ、ゼン」

「は、はい?」

「……お前といると……心臓が、変で……」

「……変?」

「……鼓動が、早くなって、止まらないというか……」


 ……いや、何を相談しているんだ、と俺は少し正気に戻る。こんなこと言って、ただ困らせるだけだろ。そんなこと思いながら俺が顔を上げると……。


「……アキ」

「……え?」


 ゼンの真顔が近くにあった。上から覗き込まれていて、その整った綺麗な顔が、すぐ近くにある。もう、吐息が掛かりそうなほどの距離だ。そう自覚した瞬間、ドキン! と心臓がまた大きく跳ね上がる。呼吸が耳に近い。何だ、何だこれ。止まれ、止まってくれ。

 ……じゃないと、おかしくなりそうだ。


「……アキは、ズルいよ」

「ぜ、ん」


 名前を呼ぶ以外何も出来なくて、俺が反射的に目を閉じた、その瞬間。

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