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第6話「延焼の白昼夢」③

 結局、本当に来てしまった。

 俺は部屋の前に立って腕を組む。


 ……ゼンの母親、あそこまで来ると入らないと帰してくれなそうだからな……。


 というか、中から全然物音がしないんだが。本当にいるのか?

 この部屋の中に。


 俺は部屋の扉をノックする。

 特に何も言わないで待っていると、中から物音がし……扉が、開いた。


「……何だよ、母さ、」


 部屋から出てきたゼンと、至近距離で目が合う。


 ゼンは一瞬フリーズしてから、秒速で扉を閉めた。

 バダンッ!! と豪快な音がして思わず俺は顔をしかめる。


「……おい、ゼ……」

「何でアキがいんの!? 俺めっちゃだらしない格好してるから無理!! は!?」


 ……元気そうだな。

 そう思いつつ俺はため息をついて、扉を開いた。


「うわあああああ!?」

「うるせぇ。お前のだらしない格好なんざどうでもいい」

「ひっど!?」


 うずくまっていたゼンはそう叫んでため息をつき、体育座りをする。


 ……確かにゼンの格好はだらしない。いつもより髪ははねていて整っていない。服はゆるいTシャツとハーフパンツ。サイズがあっていないのか、首元からは鎖骨が覗いていて、なんだか色っぽ……って何の話してるんだ俺は。

 とにかく、いつもの学校で見る格好とは違って見慣れないが、別に違和感は感じなかった。何をそんなに気にしているのかわからない。


「……それで、アキ、何の用……?」

「何の用って……プリントを届けに来たら、お前の母さんが無理矢理『善の部屋に行け』って押されてな」

「母さん……」


 ゼンはそう呟いて額を抑える。


「……無理矢理ごめん」

「いや、お前の母さん、本当にゼンとそっくりだな。人の話を聞かないところなんて特に」

「俺人の話聞いてますけど!?」


 そんな態度のゼンを見てから俺は呟いた。


「……元気そうだな」

「……えっ」

「お前の母さんから聞いてたが、本当にズル休みだったんだな」

「……えっと、それは……」


 気まずそうに目をそらすゼンに、俺は言う。


「まあ俺もズル休みなんて両手の指の数以上にしたことあるからそこはいいんだが」

「ちゃんと学校行こう??????」

「……そんなことよりも、何かあったんならちゃんと話せ」


 俺の言葉にゼンは動きを止めた。


「……話せって?」


 そしてそうしらばっくれるゼンに、俺は続ける。


「お前が元気ねぇと、こっちまで調子狂うんだ。それに……」


 俺は言いかけて、言い淀んで、やっぱり口を開いた。


「……一緒に、戦うんだろ。弱いから、一緒にいて欲しいんだろ。なら、1人で抱え込むような真似するな」


 ゼンは俺の言葉にかすかに目を見開き、それからフッと呆れたように笑う。


「……アキ……そりゃズルいって……」

「……何がだ」


 俺が眉をひそめると、ゼンは小さく笑いながら言った。


「うん……なんかもう、どうでも良く……は、なってないけど」


 ゼンは照れたように指先で頬をかいて続ける。


「話すよ。俺がズル休みした理由」





 ゼンから聞いた話は、大方キャンディの予想通りだった。


『ゼンはたぶん……あんた達が校外学習の時に遭遇した、あの組織のことを気にしてるんだよ。気が抜けないんじゃない?』


「……校外学習であの組織と会ったあとに、夢、見てさ……前世の、それも、1番心に中々来る内容だったから……思い出して、それで……」

「……要は、気が沈んでたって訳か」

「うん、まあ……そういうこと」


 そんな、家も出られないほどの記憶……。

 ……コイツは、何を見たんだ?


 俺は少し息を呑んで、口を開く。


「……どんな内容だったのかは、聞いてもいいのか?」


 俺の言葉に、ゼンは黙って首を横に振った。


「……ごめん。話したくない」

「……そうか」


 俺はそう返事をしてから、辛さを共有できないことを少し寂しく思う。

 ……共有できないが、でも、俺に何かできることは……。


「……また何かあったら、俺に言え」

「え?」

「……1人でずっと抱え込むよりマシだろ。具体的にどうこうすることは出来ないが、でも……側にくらいなら、居てやれるから」


 だから、と俺は呟いた。



「……1番に、俺に言ってくれ」



 その言葉に、一瞬で静寂が訪れる。


「……え?」

「……は?」


 俺とゼンはほとんど同時にそう声を出した。


 俺は……今、何て……。

 1番、って……。


『私にだけ連絡して、千秋に連絡しないなんて、そんなことあるのかな……』


 そしてなぜか、和奏の言葉を思い出す。

 ……まさか、いや、まさかな……。


「……俺は、和奏に、嫉妬してたのか……?」

「え? 何の話? 全然見えないんですけど??」


 何が何だかわかっていないゼンのことは放っておいて、俺は考えた。


 ……だって、さっきまでモヤモヤしていた気持ちが、ゼンの話を聞けて一気に晴れた。俺は、ゼンの……。

 ……ゼンの、1番の拠り所になりたかった……のか……?


 そんな考えに至って、思わず顔を赤くする。

 ……それじゃあ、まるで、ゼンの特別になりたい、みたいなニュアンスに聞こえるんだが……。


「……アキ?」

「っだっ、こっち、見んな……」

「……アキって、そればっかだね」


 ゼンは呆れたように、どこか嬉しそうに、そう笑って。

 ……俺のことを、抱きしめた。


「っ……!?」


 バク、バク、と心臓が鳴っているのが聞こえる。

 ……ヤバい、緊張してる。人に抱きしめられたことなんて、数えるほどしかないから、慣れてない……。


 というか、何で俺は、抱きしめられてるんだ。押し返そう、とも、思ったが……。

 ……嬉しい、と思ってる自分がいて、押し返すのに力が入らない。

 ……嬉しいって、何だよ……。


「ほーら、こうしたら見えない」

「よっ……余計恥ずかしいだろ」

「……ありがとう。アキ」


 ゼンはそう言って、俺を抱きしめる腕に力を込める。


「今度から、そうするね。……ありがとう。嬉しかったよ」

「……いや……」


 俺はその腕の中でどうすればいいかわからず、ただじっと耐えた。

 するとゼンはクスッと笑う。


「アキ、緊張してる?」

「うっ……るせ、経験無いんだよ、こんな……」

「簡単だよ〜。俺の背中に手を回し返せばいいだけ。あ、別にこのままでもいいけど」


 ……背中に手を回し返す?

 それって、俺も抱きしめるってこと……。


 と、思いつつもゼンがニヤニヤと笑っているのがわかってむっとなった。

 ……俺だってそのくらいできる。


 そしてゼンの背中にそろっ……っと腕を回しかけた、瞬間。


「千秋くん、良かったらお菓子……って、あら? どうしたの?」

「い、いや、何でもないですっ……!!」

「いったぁ……!! 母さん、タイミング……!!」

「え?」


 ゼンの母親が入ってきた瞬間、俺は全力でゼンのことを突き飛ばしたのだった。

 突き飛ばされたゼンは、壁に頭を打ったのか痛そうに頭を抑えている。


 そしてゼンの母親は、キョトンとしていた。





「……はぁ〜……」


 俺……ゼンは、アキが帰った後、部屋で1人ため息をついていた。

 それから自分の手に目を落とす。


 ……明日から、ちゃんと学校行かないとな。

 いつまでも、心配かけるわけにはいかないし……。

 ……でも……。


 手を握りしめて、その拳を、額に当てた。


 抱きしめていた、さっきまでの感覚を思い出して。

 俺は、もっと、あいつに。



「……触りてぇ……」



 俺は、この薄汚い欲望を、どうすればいいのだろう。

 いちご牛乳差し出すところ、すごくトトロのカンタだなぁ、と思います(そして本文中にそう書いていたので消しました)。実際、見るからに落ち込んでいる人に私たちは何をしてあげられるのだろうか……答えは出ないですね。


 これは2020年に書いていたのですが、次の話は1年ほど開けてから書いているので、文章が格段に上手くなっています。展開のとんでも感はあんまり変わりませんが……お楽しみに(?)。

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