第6話「延焼の白昼夢」②
翌日。
学校まで歩いていて、俺はその違和感に気づく。
……ゼンがいない。
いつもなら登校中にどこらしらで合流して、一緒に行っているのだが……。
気づいたら俺は教室まで着いており、1人で席へ座っていた。
俺が来る=ゼンも来るという認識だったクラスメートは、「え、善くんどこ?」と言うように俺を見つめてきている。知らねぇよ。
俺はそう思いつつ席に付き、久しぶりにカバンからヘッドフォンを取り出した。
そして定位置につけて、適当にスマホをいじる。
……そういえば、本当に久しぶりだな。こうしてヘッドフォンをつけて、外界全部遮断するのは。
最近は、ゼンに絡まれたり和奏に絡まれたり……ああ、最近は、柊木とか中島もたまに話しかけてくるか……。
……とにかく、外界を遮断する前に、誰かが俺の所に来た。
今までなら、絶対に訪れなかった展開だ。
ゼンに会ったから、変わった。
友達なんて別にいらない。今だってそう思っている。でも。
……俗に言う「友達」ってやつが、俺にも出来てしまっている気がする。
ゼンと会って、無理矢理連れ出されて、新たな世界をいくつも見せられた、そんな気分だ。
いらないものを、与えられて。
それを俺は、「いらない」と言いつつ抱え続けている。
……自分で自分がわからない。
俺は、一体、どうしたいのだろう。
ため息をつくと、ヘッドフォンがむしり取られた。
慌てて顔を上げる。
『おはよ、アキ!!』
「千秋、おっは〜」
「…………あ、和奏……」
そう呼んでから、一瞬でも俺のヘッドフォンを取ったのがゼンだと思ってしまった自分に驚いた。そして思わず顔を赤くする。
……ゼンが来るのを期待していたみたいで、嫌になる。
「ん? 千秋どしたの?」
「いや……何でもない」
俺がそう言って咳払いをすると、和奏はそういえば、と話を切り出した。
「今日、ゼン休みなんだね」
「……は?」
その言葉に思わず俺はそう返す。
俺の反応に和奏はかすかに目を見開いた。
「知らなかったの?」
「全く……」
「おっかしいな〜……私にはちゃんと連絡来たよ? ほら」
和奏はそう言ってスマホを差し出してくる。
そこには確かに、「俺今日休むから」とそっけない文面がそこにはあった。
俺もスマホを見るが、やっぱりゼンからのメッセージは来ていない。
「私にだけ連絡して、千秋に連絡しないなんて、そんなことあるのかな……」
「いや、まあ、そんなこともあるだろ……」
俺はそう返しつつ、なぜか内心動揺していた。
何で、こんなにも。
……傷ついたような、気持ちになっているのだろう。
「……でも、あのゼン・フロライトに限ってアキさんに連絡しないなんて、そんなことあるのかな……あいつが一番アキさんを大事にしてるのに……余計な心配かけたくないとか……?」
「……何小声で言ってるんだ?」
「あっ、んーん!! 何でもない!!」
俺の問いに和奏は笑って手を振る。
そして自分の席へと歩いて行った。
……はあ、もうゼンのことなんて、考えるだけでも面倒だ。やめよう。
とりあえずゼンのことは頭から追い払って、それからハッとなる。
……いや和奏。俺のヘッドフォン返せ。
担任の話で、本当にゼンは今日休みだということがわかった(待って疑われてたの? by和奏)。
それから何事もなく1日を過ごし、久しぶりに平和な日々を謳歌していたのだが……。
「……何で俺が……」
俺はそう呟きながらため息をつく。
くっそあの担任。自分に予定があるからって俺にプリント届け任せるんじゃねぇよ……しかも何だよ、「お前香光と仲いいよな。じゃあこれ頼むわ」って……。
というか休んだやつにプリント届けるって、小学生がやることだろ……もちろん俺はそんなこと、和奏くらいにしかしなかったが、それぶりだ。
……でも、ゼンの家、初めて行くな。
別に楽しみにしているわけではないが、ゼンがどのような家に住んでいるかは少し興味がある。
担任に言われた住所を頼りに住宅街を歩く。ゼンの家は、俺と同じく徒歩圏内にあるようだ。
……まあ俺がこの高校を選んだのは、「徒歩で行けるから」なのだから当たり前なんだけど。
そうこう考えているうちに、次の角を曲がったら着く所まで来ていた。
少し足を止めて、それから歩く。
曲がり角を曲がった。
そして、俺は。
「……普通の家だな」
思わず、そう呟く。
……当たり前か。前世がどうとか言っているが、普通の高校生なんだし。いや、能力とかある時点で普通じゃないが。普通って何だよ……(哲学)。
インターホンの前に立って少し考える。これ、普通に押しても大丈夫だよな?
……俺は、ゼンの見舞いに来たただのクラスメート。よし。
深呼吸をして、インターホンのボタンを押した。
ピンポーンと音が聞こえ、それから声がする。
『……はい』
出てきたのは女性の声だった。母親だろうか。
「あ、俺、善くんのクラスメートなんですけど、プリントを届けに……」
『ああ……ちょっと待ってね。今開けるから』
そう言ってガチャンと通話が切れ、それから少しして、玄関の扉が開く。
そこに立っていたのは、とても優しそうな女性だった。
……ああ、ゼンの母親なんだな。
瞳が、そっくりだ。
「わざわざありがとう。お名前は?」
「あ……森千秋です」
俺は自己紹介をして軽く頭を下げてから、鞄の中からプリントを取り出して差し出す。
「これ、善くんに渡しておいて下さると……」
「はい。確かに受け取りました」
ゼンの母親はそう言ってニコッと笑った。
その顔を見つつ、俺は言う。
「……あの、ゼン、体調大丈夫なんですか」
「え?」
「あ、いえ、アイツ、体調崩すようなタイプには見えないので……」
「ああ」
ゼンの母親は納得したように頷いた。
「ズル休みよ」
「……は?」
「あの子、滅多に風邪なんて引かないもの」
「……知ってて、休ませたんですか……?」
呆然とする俺に、ゼンの母親は……何故か少しだけ、悲しそうに笑う。
「ここじゃなんだから、入って話しましょう? お茶を淹れるわ」
最初は遠慮したが、ゼンの母親の悲しそうな顔が少し引っかかったため、大人しくお邪魔することにした。
中に入ると、やはり普通の家である。
リビングには机、椅子、テレビ……等々があり、やはりどこからどう見ても普通の家だ。
……いや、何を期待してるんだ。俺は。
「えっと……千秋くん、だよね? どこでもいいから座ってて。今お茶を出すわ」
「あ……はい。ありがとうございます」
俺はお礼を言ってから椅子の内の1つに座る。
ゼンの母親はキッチンに向かい、冷蔵庫からお茶を出してコップに注いでいた。
リビングには、そのお茶を注ぐ音だけが響く。
……音が、少ない家だな。
外からは子供達の笑い声、車の走る音、様々な人の生活音がよく聞こえる。
でもここは、そんな外界から断絶されたように、静かな……音の無い空間が、流れていた。
少し寂しいような、変な気分になる。
「あの子、学校ではどう?」
そう言ってゼンの母親が俺の前にお茶を置いた。
俺はその声に顔を上げてから、慌てて頭を下げる。
「あ……お茶、ありがとうございます……」
そして俺は続けた。
「……アイツは……友達も、沢山いますし、楽しそうにやってると思います……」
「そう。ならいいんだけど」
ゼンの母親はそう言って俺の前の席に座る。
「あの子、昔から何も言わないから」
……何も言わない……?
あんなにうるさいやつが?
「正直、何で休んだかも私にはよくわからないのよね。高校は比較的、楽しそうに行ってたと思うんだけど……転校して今の学校に入ってからは、特に」
だから、と言ってゼンの母親は眉をひそめて笑った。
「だから、最近元気が無いのは、ちょっと心配」
ゼンの母親はお茶を飲んで、それから続ける。
「千秋くん。善と仲良くしてくれてありがとう」
「……いえ、俺は……」
ゼンと仲良くする気なんて、更々無かったし……お礼を言われる筋合いは無い。
元々あっちから俺の方へ来たのだから。
「良かったら善の部屋に寄って行ってあげて。どうせ起きてるだろうし」
「え、いや、別にそこまでは……」
「いいのいいの。ほらほら。善の部屋は2階の一番奥の部屋よ」
さあさあと行ってゼンの母親は俺の背中を押してくる。
……本当に、ゼンの母親だな……。
……人の話を、聞かないタイプ……。




