第6話「延焼の白昼夢」①
──めらめらと輝く炎。
──人々のレクイエム。
その中でひときわ美しい。
愛する人の死に顔。
「……っ!?」
思わず飛び起きて、彼は辺りを見回す。
そこにもちろん炎などは無く、どこか殺風景な部屋の景色が広がっていた。
彼は……香光善は静かに深呼吸を繰り返し……体育座りで頭を掻きむしる。
「……嫌な夢、見たな……」
善の全身には冷や汗が流れていた。
心臓は不規則に鳴り響いており、鼓膜にうるさい。
そして善はその全てを遮断するように、体育座りのまま、再び目を閉じるのだった。
俺……森千秋は頬杖を付きながらチラッと横を見た。
そこにいるのは、同級生であり……俺の、前世からの相棒だと主張してくる、香光善。
いつもうるさいくらい話しかけてくるのだが……。
……なんか、今日、静かだな。
まだ朝の段階だが、今まで付きまとわれていたからそのくらいわかる。話しかけてくるのは変わらないが、どこか覇気が無い。というか、いつもより話しかけてこない。
……俺に見られてるとわかると死ぬほどうるさいのに、もはや今こうやって俺が見つめていることにすら気づかない。
ゼンに話しかけてくるクラスメートにも、どこか上の空だ。
……本当にどうしたんだ、こいつは。
「ちーあーきっ、おっはー……って、どうしたの?」
「……いや……」
幼馴染の日下部和奏(こいつも前世の俺の妹弟子……? らしい)に問われ、俺は小さく呟く。
……というか、何で俺がこんなにゼンのことを気にしないといけないんだ。うるさくないなら都合がいい。いや、和奏がうるさいから結局うるさいのだが。
……だけど……。
「……気になる、よな……」
「えっ、何が? 私のこと?」
「自惚れも大概にしろ」
「あいてっ」
和奏の頭に思いっきりチョップをしてから、俺は再びゼンの方を見る。
しかしゼンは先程の体勢と変わらず、上の空で机を見つめているだけだった。
「……今日のゼン、キモくない?」
そう言う和奏の声が俺だけに聞こえるような小声なのは、すぐそこにいるゼンに配慮したのか、それとも別の理由なのか。
俺はそう思いつつもあー……と小さく呟く。
和奏は「キモくない?」といった割にその顔には心配しているような表情が浮かんでおり、やはり嫌っていても(?)和奏は優しいのだなとぼんやりと思った。
「……別にキモくはねぇけど……まあ、調子狂う」
「ぶん殴る?」
「教師呼ぶぞ」
「むー、わかってるよ……」
立ち上がりかけた和奏は自分の椅子に座り直す。
俺はまたゼンの方をチラッと見た。
ゼンは無表情で淡々とコンビニで買ったであろうパンを食べており、いつもは話しかけるクラスメートもその何とも言えない雰囲気にすっかり謙遜してしまっているようだ。
……そしてなぜか、「おいお前なんとかしろよ」みたいな視線が俺に向けられているのは気のせいか……。
俺は小さくため息をついて、ゆっくり立ち上がる。
それからゼンの前のやつの席に、勝手に座った。
突然俺が前に現れたことに対し驚いたのか、ゼンはキョトンとした顔でまばたきをしている。
クラスメートがさり気なく俺達を見守る中、俺は上手い言葉が出て来なくて結局黙ってしまった。
……こういう時、上手いことが言えたらいいんだがな……。
というか、何度でも言うが何で俺がこんなに気にしなきゃいけないんだ……。
俺は色々考えて、迷って、頭の中で試行錯誤してから。
……結局、手に持っていたいちご牛乳のパックを差し出した。
「……え、っと」
「……やる」
「……飲みかけ?」
「見りゃわかるだろ未開封だ」
俺はそう吐き捨ててから、ゼンの反応を伺う。
ゼンは……少しだけ呆れたように笑って、そのいちご牛乳を受け取った。
「……ありがと」
その笑顔は何気に今日初めてちゃんと見せた笑顔のような気がして……何故か俺は、急に顔が赤くなるのを感じる。
……いや、脳完全にバグってるだろ、何で赤くなるんだ!?
「……わ、渡したからな」
「う、うん……?」
……これだと、俺がいちご牛乳あげたくてたまらない人みたいだな……。
そう思いつつ俺は元の席に戻った。
「……あれで良かったの?」
「……知らねぇ」
和奏の問いに俺はそう呟いて昼食を再開する。
一方ゼンは、俺のあげたいちご牛乳を1人でチマチマと飲み始めているのだった。
「というわけで、年増小学生」
「わざわざ小学校まで来て……何の用? びっくりしたよ。『なんか高校生のお兄さんとお姉さん2人が校門にいる〜』って騒がれてたのが……まさかあんた達だったとは」
「俺は無理矢理連れてこられただけだ……」
首根っこを和奏に掴まれた俺は手を離され、思わずよろめいて顔から倒れる。
起き上がると、完全に冷めた目で俺達の仲間の……キャンディ(小学生と言うと怒る)が俺のことを見下していた。
……好きで顔から行ったわけじゃねぇよ……。
俺は顔についた土を払いながらため息をつく。
「……に、しても。お前本当に小学生なんだな」
「ふーん、ぶっ飛ばされたいのかな☆」
「☆をつけるな☆を」
俺はそう突っ込みつつ、キャンディの通う小学校の校舎を見上げながら言った。
「お前の家って金持ちなのか? ここ、有名な私立大学附属小学校だろ」
「この年増小学生、昔から頭は良いからね〜」
「……はあ、ここじゃなんだし、歩きながら話すわよ……」
チラッと周りを見ると、小学生達が興味ありげにこちらを伺っている。
年の割に突っ込んでこないのは、秀才の集まりだからだろうか。
キャンディが歩き出したため、俺と和奏は顔を見合わせ、その後を追うのだった。
「……あの小学校、成績さえ取れれば奨学金出るから」
歩きながらキャンディが小さく呟く。
ああ、俺のさっきの質問に対してか……。
そう思っていると、キャンディは平坦な声で言った。
「私、本当の家族じゃないし、迷惑かけるわけにはいかないから」
その言葉に、思わず足を止めかける。
……それって、前世が云々だから……ってことか?
なんとなく気まずくなって横にいる和奏を見るが、和奏は特に動揺している様子は無い。
……気持ちがわかるところはあるのだろうか。
「……で、そんなことより、何か用があって来たんでしょ? 話しなさいよ」
「ああ、そうだった」
和奏はそう言って手を叩き、後ろからキャンディを覗き込む。
「ゼンのことなんだけど」
「ゼン? あいつがどうかしたの?」
「実は……」
和奏は言いかけてから俺のことを見上げた。
「……やっぱ、千秋から説明して」
「は? 俺?」
突然矢が飛んできたような気分に戸惑っていると、和奏は怠そうに言う。
「冷静に考えると、私ゼンのことなんてどうでもいいし〜」
「ここまで連れてきたくせにか……?」
そう言うが、和奏はもう話す気はゼロのようだ。仕方が無い。
俺はため息をついて口を開く。
「……ゼンが、嫌に元気が無くて逆に面倒なんだ。なんか知らないか?」
「要は、あんたはゼンが元気の方が安心するってことね」
「……今そういう話してないだろ……」
「認めるんだ」
「揚げ足を取るな。いいから、何か知ってるなら教えてくれ」
キャンディはなぜか少し嬉しそうに笑って、それから腕を組んだ。
「……うーん、たぶんだけど……」
「だけど?」
「……奏。あんたも、同じ考えでしょ?」
「え?」
俺が横を見ると、和奏は機嫌を損ねたようにつーんとそっぽを向いている。
「さぁ? 知らなーい」
「……ま、いいよ。アキ。ゼンの元気が無いのは、たぶん……」
「……」
俺はその言葉を聞いて……少し考えてから、言った。
「……それって、俺達には……」
「どうにも出来ないだろうね」
あっさり言ったキャンディに対し、俺はうつむく。
……どうにも出来ないなら出来ないで、そのままほっとけばいい。頭ではわかってる。でも……。
あの悲しそうな、空っぽになってしまったような、ゼンの瞳を思い出す。
……ほっとけるわけが、無い。
「でも、まあ」
キャンディはそう言って背伸びをし、俺の額にデコピンをした。
「っつ、」
「好きにしたらいいと思うよ。……ゼンは、私や奏より、あんたのことを信用してるから」
私達より、よっぽど。とキャンディは呟く。
俺は額を抑えながら言った。
「……そうでも無いと思うが……」
「それが、あるんだよね。ゼンにとってあんたは、特別な存在だから」
……特別? 俺が?
俺が眉をひそめていると、キャンディははぁ……とため息をつく。
「まー何でもいいけど、私の家着いたから。ほら帰った帰った」
「あ、ああ……」
俺はそう返事をしつつ、目の前の建物を見上げた。
目の前には決して豪邸では無いが、確実にそこらのサラリーマンが払えなそうな値段の、そこそこ高そうな一軒家がある。どうやらここがキャンディの家のようだ。
「……へぇ、あんたいい家住んでるじゃない」
「冷やかしは帰ってもらえますか〜?」
からかうような和奏の言葉にキャンディは苛ついたようにそう返す。
その時俺は、家の表札に「飴木」と書かれていることに気がついた。
……こいつ、飴木っていうのか……。
というか、俺、キャンディのこと、名前がキャンディくらいしか知らない気が……。
……いや、そもそも。
キャンディって本当に、キャンディっていう名前なのか?
「……千秋、どうしたの? 帰ろー」
「え、あ、ああ……」
和奏に呼びかけられて我に返り、キャンディに礼を言って軽く手を振ってから、その場を去る。
振り返ると、キャンディが門を開いて中に入っているところだった。
別に話しかけようと思ったわけではないが、話しかけられない雰囲気だな、とぼんやりと思った。




