第1話「青天の霹靂」
音楽、それは魔法だった。
涙を流しながら拍手する観衆。誰もが立ち上がり、手の痛さに構わずに手を叩く。
誰もが見とれた。
誰もが魔法にかかった。
その中心にいる父親の姿に、俺は幼いながらに感動したものだ。
まあ、それも今は過去の話だが。
「お前は前世からの俺の相棒だ!!」
そう言われて思わず固まった。何で、何でこうなった? つかコイツは何だ?
現実逃避するように過去のことを必死に思い出す。
俺……森千秋はとある高校に通う17歳だ。
1人でいるのが好きでいつもヘッドフォンをしているから友人も、なんなら知り合いもいない。
そんな教室の隅で生きる俺だったが、転校生の……香光、善だったっけか? が自己紹介を終えた後、なぜか真っ直ぐに俺のところに歩いてきてこう言われたのだった。
俺は、コイツの前世からの相棒なのだと。
……………………………。
……厨二病か?
恐る恐る目を開けるが、コイツの期待するようなキラッキラ輝いた瞳は変わらない。
クラスメート達は俺達のことを遠巻きに眺めてヒソヒソと何かを話している。
……まあ別に、助けてくれることを期待しては無いが。
俺は無言で立ち上がった。
クラス中がシン……となる。
そして。
俺はダッシュをして、逃げた。
「あっ、ちょっ、おい!?」
香光が驚いたように俺を呼び止めるが、俺は聞く耳を持たずに階段を駆け上る。
……陰キャだが、体力には自信がある。
階段を5段飛ばしで駆け上がり、とりあえず屋上に着いてから俺はふぅ……と息を吐き出したのだった。
「さっすがアキ!! その体力は今世でも継承されてるんだね!!」
わずか5分後、俺はヘッドフォンをむしり取られて耳元でそう叫ばれた。
「なっ、お前……」
「俺を撒けると思った? 残念!! アキが1回でも俺に勝ったことあった?」
「お前と追いかけっこをした記憶はねぇよ……」
もう一度逃げようかとも思ったが、授業はすでに始まっている時間のため、今下手に動くと教師に色々言われてしまう。……ただでさえ目をつけられているのに。
仕方ないからコイツの話を少しだけ聞いてみることにした。
「……わかった。もう逃げねぇ」
「本当!?」
嬉しそうに笑うコイツに対し、俺はため息をつく。犬かよコイツは……。
「アキ、久しぶりだね!! この学校にアキが居るってキャンディから聞いたから俺、わざわざ来たんだ!!」
久しぶり? それにキャンディって……誰だよ。
というかコイツ、俺に会ったことあるみたいな言い草だったし、それにこの学校に居るって聞いたって……。
「……お前、前世とかなんとか言ってたけど、本当に俺に会ったことあるのか?」
そう聞くと香光は驚いたように目を見開き……それから、なぜか悲しそうに、笑った。
「……俺のこと、覚えてない?」
その悲しそうな顔に……俺は、何も言えなかった。
何でなんだろう。なんか……今コイツを撥ね退けたら、いけない気がする。
俺はその視線から逃れるようにそっぽを向き、小さく知らねぇよ。と呟く。
その言葉に香光は小さくそっか、と呟いた。
それから立ち上がって、俺のことを見下ろして笑う。
「……付き合わしてごめんね」
「あ、いや……」
「ごめん……俺の、勘違いだったみたい……」
香光はそう言って去っていく。
『──待て』
頭の中で、そんな声が響いた気がした。
気づくと俺は立ち上がり、そいつの腕を掴んでいた。
「……え?」
「……え?」
掴まれた香光も、掴んだ俺も、戸惑いの声を上げる。
「な、何?」
「いや……何も……」
何も、ないのに。
今この手を放したら。
なんだか、後悔する気がする。
「……ねぇ、アキ」
香光がそう言って俺をフェンスに押し付け、その横に手をつく。
「……本当に俺のこと、覚えてないの?」
「覚えてるも何も、初対面だろ……」
そのはずなのに。
心臓が痛い。俺に何かを訴えかけるように、激しく鳴っている。
何だ、これ……。
見上げると、香光の真面目な顔が目に映った。
電流が流されたように、体が硬直してしまう。
「……おい、香光……」
そう呼びかけると香光はハッとしたように目を見開き、慌てたように離れた。
「かっ、重ね重ねごめんね!?」
「い、いや……」
よくわからないが……心臓に悪い……。
胸元を抑えて俯く俺に、香光が口を開きかけた瞬間……。
「お取り込み中のところ、失礼するよ」
そう頭上から声が聞こえて、2人で顔を上げた。
「なっ、お前っ……」
「……それどうなってるんだ?」
「アキ、今そういうこと言ってる暇無いって!!」
いや、だって……。
突然現れた声の主は、屋上のフェンスの上に危なげもなく立っており、優雅に微笑んでいたのだ。
そしてどこか馬鹿にするように、こちらを見下げている。
「……知り合いか?」
そうコソッと尋ねると香光はため息をつく。
「……まあ、そうかもしんない」
「ゼンに……そっちにいるのはアキか? 久しぶりだね」
……コイツも、俺のことを……?
というかアキって……千秋だからか?
そう思っていると、香光が俺を守るように前に出て、腕を横に突き出す。
「……違う。この子は、アキじゃない」
アキじゃない……。
その言葉にズキッ、と心が痛んだ気がした。
「アキじゃない? その黒髪に、その冷ややかな目つき。口調までそのままじゃないか? これが単なる他人の空似とでも?」
「……それは……」
いや、否定するならもう少し頑張れよ……。
という俺の心の中のツッコミも虚しく、コイツらは勝手に会話を展開していく。
「と、とにかく、俺達に何の用だ?」
「わかってるだろ? ……この世に、音楽を取り戻すんだ」
……音楽を、取り戻す……?
取り戻すも何も、音楽はこの世にあるが……。
そいつの言葉に香光は噛み付くように叫ぶ。
「っ……お前らの音楽は、単なる利己主義だ!! 音楽は……音楽はっ、誰かを幸せにするためにあるのに!!」
……何だ? コイツらは、何の話をしている?
頭が、心臓が、全身が、痛い。
「君達も本質は私達と同じはずだ。何故私達の手を取らない?」
「お前らなんかの音楽は、音楽なんかじゃない!! それだけだ!!」
「……今世も、交渉決裂……か」
そいつはヒラリとフェンスから降りて床に立つ。
「ならいい。ゼン・フロライト。……あの日の続きを始めようじゃないか」
ゼン・フロライト……。
「っ……」
香光は少しうめいたと思うと、意を決したように深呼吸をしてから言った。
「……アキ、俺が合図をしたら扉に向かって走って」
「……は?」
「君がアキじゃないなら、この戦いに巻き込むわけにはいかない。いや……本当はアキでも、この戦いに巻き込めないけど……」
「お前っ、さっきから何の話をしてるんだよ!?」
俺は少し焦って声を荒げる。
何が起きるんだ? コイツはどうなるんだ? この、痛みの正体は何だ?
俺の言葉に香光は曖昧に微笑むだけで何も言わない。
そして、俺のことを強く突き飛ばした。
「なっ……」
「いいよ、君が覚えてなくても……」
香光は笑って、言った。
「俺が、覚えてるから」
「香光!!」
叫んで手を伸ばすが、間に合わない。
香光は既に、アイツの方を向いている。
その時、不思議なことが起きた。
香光の服装が、変わり始めたのだ。
学校の服装が……いつか父親が教えてくれた、タキシードスーツに変わる。
あれは……。
『千秋、あれはタキシードスーツだよ』
『かっこいいね!!』
『でも千秋、あの人は演奏者に勝っちゃいけないんだ』
『……どういうこと?』
『主役はあくまで演奏者。あの人は演奏の手助けをするだけだからね』
『……あの人は、何て呼べばいいの?』
『そうだな、あれは……』
指揮者。
演奏に手を出さず、しかし居なければ演奏が成り立つことはほとんど無い、縁の下の力持ち。
香光の手には指揮棒が握られており……本当の指揮者のように、これから演奏を始めるとでも言うように、それを構えた。
「……来い。俺の音楽にしてやる」
香光がそう言うと同時に、敵(たぶん)もどこから出したのか、バイオリンを構える。
……まさか……。
その瞬間、ジャンッッッ!! と大音量がその場を支配する。
少し離れたここからでもその威力がわかる。衝撃でぶっ飛ばされそうだった。
「っ……!!」
香光が指揮棒を真上に振り上げると、風がザアアッ!!と吹いてバイオリン男をぶっ飛ばす。
す、すげぇ……風っていう『音』が、香光の味方になってる……。
「……ゼン!! 転生しても君のその力は変わってないようだね!!」
「そりゃどうも!!」
バイオリン男は香光の攻撃を避けるように……なぜか、俺に向けてダッシュし始めた。
「っ、アキ!!」
「は……?」
ゼンが俺に向けて指揮棒を振ると風が俺のことを持ち上げる。
バイオリン男を避けられたのはいいが……。
……なんか、落下し始めた。
「やっば着地のこと考えてなかった!!」
「考えとけよ!!」
やばい、この高さで、この体勢……完全に、頭から突っ込む。最悪、命に関わる。
……でもまあ、いっそそれでもいいか。俺なんか、こんな世界で生きてても……。
その時、香光と目が合う。
香光は、俺を見つめていた。
寂しそうに、すがるように。
行かないで、と言われた気がした。
……最悪だ。
こんな、何でこんな気持ちになるんだ。
コイツを、1人にしたくないだなんて。
「っ……ゼン!!」
カッ!! と光が目の前で眩しく光った。
目を開けてられなくて閉じる。
次の瞬間、俺は地面に立っていた。
……香光と同じように、服装を変えて。
俺はフォーマルな燕尾服に身を包み、手を前に突き出す。
するとその合図に答えるように、目の前にピアノの鍵盤が現れる。
……ピアノやるなんて、何年ぶりだ。
……わかんねぇけど。
目の前にあるソの鍵盤を押すと、ポーン、と軽やかな音が響く。
それと同時に、俺の中に湧き上がってくる感情があった。
弾きたい。
この熱を、吐き出したい。
天を見上げてため息を付き、バイオリン男に向き合う。
「……は、はは、やっぱりそうだ。お前はあの時のピアニストだ。若き天才と呼ばれ、その音色に誰もが感動した!! 唯一無二の日本人ピアニスト……森下秋!!」
……ああ、だからアキなのか。
心の何処かで緊張感無くそう呟くと、鍵盤の上で指を踊らせる。
久しぶりにも関わらず、指は動いてくれた。
音が、俺に答える。
その音が、バイオリン男をぶっ潰していくのがここから見てわかった。
……ああ本当、最悪だ。
……音楽なんて、大嫌いなのに。
「アキ!! さいっこーだよ!! やっぱり君はアキだった!!」
「あっそう」
俺はそう言ってそっぽを向く。
バイオリン男は気づくと居なくなっていて(コイツいわく逃げんたんじゃね? と)俺たちの服装は気づいたら元に戻っており、もう俺には何がなんだかわからないのだが……。
……この、力とやらが目覚めたのなら、もうコイツに巻き込まれることは確定だ。面倒だが、俺は何もわかっていないため仕方が無い。
「……ねぇ、アキ」
そう呼ばれて顔を上げると、ソイツは俺の顔を困ったように覗き込んできていた。
「力が目覚めて、ついでに記憶を取り戻したとか……」
「無い」
「ですよねぇ……」
ソイツはそう言ってから小さく……よく聞こえなかったが、良かった、と呟いた気がした。
……良かった?
その言葉を聞き返そうとしたが、その前にアキ、と呼ばれてしまう。
「俺のこと、ゼンって呼んでよ!!」
「……は?」
「何? 照れてんの? さっきはゼン〜って叫んでくれた癖に!!」
「あれは……なんというか、無意識に……」
「無意識にできるなら意識持っても出来るって!!」
「何でお前はそう元気なんだ……」
つか、何でそんなに呼んでほしいんだよ……。
そう思ってチラッとソイツを見ると……すごく、キラキラッとした目で期待するように俺を見つめていた。
「……………………」
「……………………」
はぁ、と俺はため息をつき、少し俯いてから小さく呟く。
「………………………………ゼン」
それを聞いたソイツは……ゼンは、嬉しくて仕方が無い!! と言うように肩を震わせ、俺にガバッ!! と抱きついてきた。
「アキ〜〜〜!!」
「ちょっ、くっつくな!!」
慌てる俺をよそにゼンはグリグリと頭を押し付けてくる。
……なんか、犬みたいだな。
俺はそう思いつつ、これからどうなるのだろう……と思ってため息を押し殺せないのだった。
「やっぱり、あの子はアキだったんだね」
「……うん」
放課後、とある場所で、ゼンとある女は会話をしていた。
やっとの思いで会えたにも関わらず、暗い顔をしているゼンにキャンディは言う。
「言ってないの?」
「……何を?」
「何って……」
キャンディは少し迷ったように視線を動かしてから、顔を上げる。
「……前世、恋人同士だったって……」
ゼンはその言葉に少しも反応せず、小さく呟く。
「……言えるわけない……だってアキにはアキの……今回の人生があるんだ。俺が邪魔しちゃ、駄目なんだよ」
その言葉にキャンディは言葉を失う。
ゼンはこの話は終わりだと言わんばかりに立ち上がって、去っていく。
キャンディはその背中に叫ぶように言った。
「じゃあ、ゼンの気持ちはどこに行くの……!?」
ゼンはその言葉に少し足を止め、しかし何も答えずに去って行った。
この戦いは、まだ始まったばかりである。
色々手直しをしながら考えていたのですが、明け学の原点感がちょっとあります(主人公2人の性格の対比とか……)。
続きは手直しが終わり次第載せます~。




