聖女召喚の儀、巻き込まれたはどちらか
聖女召喚。
異世界の住人が、己の世界の危機に立ち向かえる者を別の世界から呼び出す。
異世界と異世界を無理矢理繋げるのだ、それに必要な魔素、魔力は膨大で計り知れない。一説では、多くの人間の命と引き換えにされるとか。それ程までに難しい、召喚の儀。
だからだろうか。
大きな魔法陣の中に、二人の少女が立ち尽くしているのを確認した異世界人が、説明より先に盛り上がってしまったのは。
実行役となった王室精鋭の魔導士達は、全魔力を持って行かれ立っているのがやっとであろうに、小鹿のように震える両足で踏ん張り、歓喜の雄叫び。
それを見守っていた貴族達も拳を天に突き上げ、今回のプロジェクト責任者である第一王子も美しい笑顔。それを面白くもなさそうに、ともすれば舌打ちしてそうな顔で見る第二王子。その二人の王子の奥には、この国の王が玉座にてふんぞり返っている。
「あ、あのっ!!此処はどこですかっ……?!あなた達は、……」
一人の少女が、意を決したように声を張り上げる。ピタリと喧騒が収まる。
少女は、美しかった。美少女といっても、過言ではない。二人の王子は見惚れた。一目惚れといってもいい。動き出そうとした第二王子に素早く腹パンを入れ、第一王子が優雅に少女の手を取り、微笑む。
「よくぞ、来てくださいました。聖女様」
「え……、わ、私?私は聖女なんかじゃ、」
「いいえ、この魔法陣は真の聖女様にしか反応しません。貴女が今、此処に居る。これこそ証」
「でも、私だけじゃ……」
と、少女がおずおずと見遣る先に、もう一人の少女。彼女は一言も発さず、周囲を困惑した様子で見渡している。その容姿は、なんというか、……もさっとしている。
美少女と同じ型の制服を着ているのに、何故か野暮ったい。黒髪は簡素に後ろで縛っているだけ。眼鏡をかけ、化粧もしていないようだ。体も細く、こう言っては何だが、貧相。対する美少女は完璧だ、輝いてすらいる。均整のとれた体、白い玉のような肌、大きな瞳、艶やかなサラリとした栗毛色の髪……。
「聖女様の近くに居たので、引っ張られたのでしょう。巻き込まれたのです。こういった事例は初めてですが…」
「そ、そんな!!じゃあ私のせい?!」
「いいえ!!決して聖女様は悪くありません!異変に気付きながらも、即回避に動けなかった彼女の落ち度、いえ、お伺いしますが、彼女は聖女様の御友人で……?」
「え、その……クラスメイトですが、そこまで親しくは……偶々話があって、それで…」
「あぁそうでしたか!!では彼女の落ち度です!聖女様は偶々、偶然、話していただけなのですから!ええ!」
第一王子は、もさっとした少女を切り捨てた。彼としては聖女が居れば、成功なのだ。巻き込まれ、ついでで来た冴えない少女など、どうでもいい。
その王子の振る舞いは、すぐにその場に居た者らに伝播した。
――可哀そうなモサ子。異世界でも、アンタの扱いは変わらないのね。
周囲の侮蔑の視線に晒される、冴えないクラスメイトを眺め、美少女は見えないようニタリと嗤った。
異世界に飛ばされたその日、二人は教室に居た。放課後の教室は、普段の騒がしさとは打って変わり、空気すらも冷えているようだ。美少女とモサ子……なんとかな少女とかなんとかの少女と書き始めると長いので、仮名としてココはそう呼ぶ事としよう。
二人は偶然、二人きりになった。美少女は忘れ物を取りに来て、モサ子は本に熱中する余りこの時間となったのだ。クラスメイトとはいえ、全く話す事もなく行動を共にする事も無い。常に人に囲まれている美少女と、いつも一人、黙々と読書するモサ子。真逆の二人であった。
美少女は、自分は何をしても許されると思っている節がある。人の容姿を貶し、人の失敗を嗤い見下す。それは日常茶飯事で、彼女の周りに居る者も同調するだけ。誰も止めなかった。行動がエスカレートし、誰が見てもイジメであろう行為をしていても、止めなかった。
モサ子は、美少女の憂さ晴らしに使われている、一人だ。
間の悪い事に、美少女の虫の居所は悪く……モサ子は標的にされ、容姿イジリから始まり、人格否定、果ては、
「アンタよくそんなので生きてるよね、一回死んだら?そしたらもっとマシな顔で生まれ変われるんじゃない?顔が悪い性格も悪いその上弱い。そんなんじゃ、生きてたって仕方ないじゃん」
辛辣である。ニヤニヤ笑う美少女は外道顔。モサ子は下を向いたまま、黙っている。反論もしなければ泣きもしない。ただ時間が過ぎるのを待っているようだ。
それが気に入らない。美少女は顔を歪め、腕を振り上げた。
その時だ。
教室全体が光り、床に文様が浮かび上がり、強過ぎる光に意識が途切れたのは。
そして、今ココである。
モサ子は手を挙げた。
「巻き込まれただけなら、帰してくれませんか。聖女はその人なんでしょう」
困惑しながらも、話は聞いていたらしい。モサ子は蹲る第二王子から、美少女の肩を抱く第一王子、そしてずっとふんぞり返っている王へと、順繰りに視線を遣った。
王はチラと見返し、態とらしい大仰な溜息を吐くと、第一王子を指した。
「あの無知に説明してやれ」
「……聖女召喚の儀は一方通行だ。無理矢理空間を捻じ曲げるだけでも、膨大な魔力を奪われる。簡単に行き来できる訳じゃないんだ。見て分からないか?この儀を成功させる為に、長い月日を使ったのだぞ」
「帰れない、方法はない、という事ですか」
「だがそうだな、今ならまだ、ほんの少しだが繋がっている。試しにお前の魔力を流してみたらどうだ?戻れるかもしれんぞ。聖女でないお前には無理だろうが」
「だったら探してください。帰れる方法。貴方達にはその責任がある」
儀式の場で嘲笑が響き渡る中、モサ子は何一つ動じず言い放った。ついでに王族全員に人差し指を突き付けるという、不敬付きで。
「勝手な理由で勝手に連れてきて、ただの誘拐じゃないですか。成功っていうのは行き来できてから言ってください。不完全な召喚術で勝ち誇らないでくれませんか」
「……もういい、不愉快だ。その異世界人の首を落とせ。聖女でないなら不要だ、」
あーあ、あいつ終わりだわ。美少女は内心大笑いしながらやり取りを見ていた。
珍しいほどによく喋るな、とは思っていたが。モサ子は今まで一言も返してこなかったので、怯えてまともに喋れないんだろうと思い込んでいたのだ。
だから、幻覚だと判断したのだ。
モサ子が超人の如く跳躍し、王を玉座ごと殴り倒した場面など。
「え?」
更に王の頭を鷲掴み、石壁がひび割れる程の力で叩きつけるモサ子。
「ゑ?」
王も、ゑ?と言いたげな表情であったが、それはすぐに消えた。モサ子が、ボディーに拳を抉り込むように入れたからだ。王は顔から出せるものを全部出し、床に落ちた。
「ゑ、え、ゑゑぇぇ?」
美少女だけではない。王子達も、その場に居た全員が呆け、現実を受け入れられない。
動かない王を引きずりながら階段を下り、モサ子は第二王子に鋭い右足を入れ、第一王子の前に立った。必然的に対面する形になった美少女、本能的に素早く目を逸らした。目が合ったら、ヤラレル……!!
今まで感じた事の無い怒気と圧に、勝手に体が震える。
「…私は暴力は嫌いだ。痛いのは嫌だし、痛めつける趣味もない。でも、こいつは言った。私の首を落とせと。勝手に喚んで勝手に要らないって。こんな理不尽あるか?王子、お前も笑っていたな。厄介払いができるとばかりに」
「い、や、わたっ私は、」
「お前、何の前触れなく床が光るという見たことない現象を見て即座に動けるか?私が悪いと言ったぐらいだできるんだよな?」
王子は知らないが、浮かんだ文様…すなわち魔法陣に捕らわれた時点で、体は動かせなくなる仕様であった。モサ子の光の無い目に見据えられ、王子は無言で首を振るしかできない。
「目には目を。理不尽には理不尽を。私の人生否定して勝手な理由で終わらせようとするならば、ここに居る全員に、このクソ王に倣って理不尽振りかざしてやるよ」
待って待って待ってモサ子こんなヤバイ奴だったの??!美少女は震えと汗が止まらない。
威圧にも似たそれは、モサ子が放っている。それだけ、キレ散らかしているという事だろう。
無理も無い。最初から最後まで、王子達は配慮に欠けまくっていた。モサ子の反応は当たり前である。誰もかれもが、仕方ないねと受け入れる訳がないのだ。この世界の為に…!と立ち上がる訳ないのだ。
「帰れる方法を作れ。考えろ。私の要求はそれだけだ。できないというなら、こいつから消ス。次はあいつ。三日だ。三日でやれ」
正に理不尽。モサ子は王を片手で持ち上げ、落とした。かろうじてまだ生きているようだ。第一王子は、威厳も尊厳も無くし、ただ頷くだけになった。
それからは早かった。二人の王子は思いの外優秀だったらしく、王宮魔導士達と力を合わせ本気出して書庫を端から端まで走り、読み、解析し、そうして出来上がった、期日ギリギリの帰還の魔法陣。
しかし、これもまた禁忌に近く、膨大な魔力を必要とする。起動させるなら、それこそ魔王レベルの魔力が必要。しかしそこは、期限を守ったとあり、モサ子自ら魔王城に乗り込み単独で倒し解決。
その時に一応ついて行っていた美少女、こっそりモサ子のステータスを覗き見し、全てが『∞』と表示されているのを見て心臓止まりかけたのは別の話だ。あと、『力の聖女』と表示されていたのも。
因みに美少女は、『癒しの聖女』である。
ともあれ、二人は無事、元の世界に戻れたのだった。
……モサ子は静かに座っている。
美少女は、振り上げたままの自分の腕に気付き、慌てて元に戻した。
「教室……」
放課後の教室。召喚された日に、戻ってこれたらしい。まるで、夢を見ていた気分だ。
結局、異世界を堪能する事なく帰ってきた。だから余計だろうか、奇妙な体験だったなとしか思えない。美少女は、帰り支度を始めるモサ子を見た。知っている彼女だ。
あれは、異世界に行った補正か何かなのかもしれない。
「あ、のさ、」
ごしゃあ……。
美少女は見た。
ただ帰り支度をしていただけなのに、モサ子の机がへし折れた瞬間を。そして聞こえた。力加減間違えた、という呟きを。
美少女は走った。それはそれは美しいフォームで。ただ、離れたいという一心で、全速力で。
美少女はこの日初めて、本気を出した。
余談だが、彼女は心を入れ替え、率先してイジメを止めるようになり、誰に対しても優しく謙虚になったという。
「ただいまー」
「お帰りぃ。遅かったな、父さん心配したぞ」
「ん-、今読んでるのが面白くてさ、つい学校で続き読んでて」
「手を洗っておいでー、ご飯できてるよ」
「うん、すぐ行くー。ちょっと面白い体験してさぁ、聞いてー」
「お、なんだなんだ。可愛い娘の話なら何でも聞くぞ」
「母さんも交ぜてー」
……家に帰れば、優しい家族と温かいご飯。これは何物にも代え難い、大切なもの。
ニッコリ笑うモサ子は、満足気であった。