ひゃくめろうそく
ひとを殺すのって百目蠟燭つくるより簡単だよ、絞めていったらそのうち死んじゃうんだから
ヒデヒトと名乗ったわたしの命の恩人は、さっきの強力を足して八十九人を殺してきたのだと云う。もう大丈夫だから安心してと言ったすぐあとにそんな足し算をして話したのは、きっと、わたしを助けることに繋がるさっきの殺しを大して大げさなことではないと安心させたかったからだ。ねっ、88のあとにひとつ足して89にしたって数字は変わったけど並べてみれば、ほらっ、かたちは大して変わらないから、それは大したたことじゃないんだよ、と。
はじめて会った相手の中に波風が沸き立たないよう、それだけを注意深く見つめている。
でも、躊躇や立ち止まるような思慮深い性格ではないから関心のアプローチはすぐに移っていく。真ん中でなく周辺に。気が散っていく性格だから、あちこちばらばらな感じは、やむを得ない。
なにか、ぼくのために、いま、貢献出来ることってある?
ひでひとがヒデヒトと名乗ったあと、わたしは自分も同じように名乗らなければいけないと心配し、ドキンが鳴る。それが、ヒデヒトの矛先が、わたし本人にでなくてわたしの何かの行動にだったので安心する。ほっとする。わたしも真ん中は嫌いな性格だから。
犯られないようにしてあげたんだからさぁ・・・・何かの貢献を見せないと、ねっ?
ヒデヒトは貢献という言葉が好きらしい。
余所行きの一張羅を手に入れた男の子の気分を台無しにしないよう、貢献に一番そぐわしことを伝えてあげなければと考える。命の恩人に出来る貢献っていったら、
「牢屋の脱獄くらいかな」と一呼吸を置いてから、あたまの上の鉄格子を見る。散っていたヒデヒトが鉄格子に集中してきたのが見える。
ヒデヒトが両掌いっぱいに唾を塗ってべとべとした両掌で牢屋の鉄格子しごいて呉れるんならと言ってから、すこしためをつくったあとに、そのあとボクがオシッコかけたらこんな牢屋の鉄格子くらい、ふにゃりへなちょこの、あっという間に溶かしてみせる。
と言った。あー言っちゃった、言っちゃったと思ったが、もう遅い。ヒデヒトの反応を待つ。
わたしの唯一の秘技を言ったあとの返しは、いつも次の二つだ。
怒って、最低二発は顔をグゥのパンチで殴られる。あるいは呆れて、やっと指先が触れたばかりの間柄をシャッター下ろすように店じまいされる。
でも、ヒデヒトは違った。
わたしの言ったのを疑いもバカにしたりもせず、すぐに背中を向いて、愚鈍に鉄格子に唾を塗っている。紺絣に前垂れ掛けた五分刈りあたまの丁稚どんが、しゃがんで固まって黙々と作業してる格好は、わたしに画才があればすぐにスケッチブックをめくって書き写したい気分にさせる。
掌に貯める量の唾が口の中に溜まるまでずっとひとところの鉄格子をさすり塗ってる。
躊躇なくあっけなく屈強な強姦魔を殺せたのは、きっとその前の88人も立ち止まることなく俊敏に愚鈍に遂行してきたからだと、実を結んでくる。
本当は唾は塗らなくてもオシッコだけで溶かせるんだけど塗った方がきっと効果は高いかもしれないと、あながちヒデヒトを担ぐような噓を言ったのではないからと、わたしはわたしを信じこませ膀胱圧で勃起した陰茎を出して小便器が使い捨ての機器だと証明するように、溶かして破壊する勢いのションベンをあたまひとつ上の鉄格子めがけて放出する。
ふにゃりへなちょこの鉄格子をどかしたあとに出てきたぽっかり四角い穴は、窓というにはその用途から外れた間抜けな感じがした。
五つの子どもでもなければ脱臼でもしない限り通り抜けない厚いコンクリ仕立てだけど、そこは閉じ込められてる牢屋の鉄格子を壊し溶かしたハイテンションの二人だから、分厚いコンクリもさっきのベトベト唾やションベン砲で塗りたてのモルタルに戻ったくらいの自己暗示をかけて、飛込み台から飛び込む泳者なみに、えいっと飛び込んだ。
あっちが柔らかくなったか、こっちが一瞬タコに化けたか。するする抜けたふたりのリズムに外れはない。
だって、ふたりは、友達だから。




