前垂れかけた小僧さん
その顔を思い出そうとした。遠い暗がりの記憶だから暫くは掛かったが、輪郭はぼんやりせずにくっきり描かれている。
幼い頃テレビに映ってた松竹新喜劇の藤山寛美の顔だ。紺絣に前垂れ掛けたオッサンだが、2週間に一度は馴染みの理髪店をマネージャーに予約してもらい、午の公演と夜の公演に合間をぬって、劇場からハイヤー飛ばして五分刈りに刈られたばかりの小僧さんの顔だ。
その顔がわたしの命の恩人の顔になった。
衛生も人権もない牢屋の中で、わたしは強力に寝込みを襲われ、組み伏せられ、気づいたときは寸分も動けないかたちにされていた。
犯られると分かった。
と、同時に諦観した。いままでにそれを現実として見たことも近づいてくる未遂さえ経験しなかったが、これから襲ってくる先の正確な現実を描けていた。
恐ろしさよりもおのれの身が憐れになった。
ここに女がいたら、見目はともかく女性の生を受けた女がいたら、代替えの非常食のわたしなどは目を付けられずにいたものを。こんな牢屋に入れられたばっかりにうつ伏せに返され下穿きを剝がされ、それでも肛門は、己れの身のことだから、これからの血肉の千切れを恐れ戦慄いている。
何も守る術を与えられてない身の上が気の毒で寒々の俯瞰までいったとき、寸分の動きも与えられなかった身体に隙間が生じ、さきほどまでの自由だった平坦を打ち始める。被さった肉塊は消えている。
大丈夫だから、もう・・・・仰向けに起きても
声がしてから、牢屋にもう一人いたのを思い出す。紺絣に前垂れ掛けたオッサンだが五分刈りに刈られたばかりの藤山寛美の顔が、暫くはかかったけれど、輪郭がくっきり現れてくる。




