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王女、弱気になる

 マレーナは暗闇の中にいた。

 周りが何も見えず、向かう方向さえわからなくてしばらく辺りをさ迷った後、マレーナはその場にしゃがみ込んで手を付いた。苦しい。私はこの苦しみから逃れられることができるの?私は国民の為にも自分の為にもこの国にいない方が良いの?わからない。今までどうしていたのか思い出せない。

 私はこんなに弱かったの?こんな私にできることなんてあるの?

 お父様、国益とは何でしょうか?私は国益に適う働きをしていますか?

 誰か。誰か教えて。私は国民の為にちゃんとやれている?私の生き方は間違っていない?誰か誰か教えて!

 マレーナが暗闇の中手を伸ばすと、その手を優しく握ってくれる手があった。その手に引っ張られるようにふっと意識が戻り、目を開けると義姉がマレーナの手を握っていた。

「マレーナ!良かった。目が覚めたのね」

「お義姉様。私・・・・・」

 ユリアナがマレーナの手を握り額に当てている。

「良かったわ。ミレアがマレーナの様子がおかしいって相談に来たのよ。それで見に来たら部屋で倒れていたから、慌てて近衛騎士に頼んでベッドに運んでもらってお医者様を呼んだのよ。だってマレーナの手がブランケットを握って離さないんだもの。体も丸まったままで、意識があるように見えたけど肩を叩いたらないみたいだし心配したのよ。

 お医者様には心労じゃないかって言われたわ。マレーナ。何にそんなに苦しんでいるの?意識がなかったときのマレーナはずっと苦しそうな顔をしていたわ」

「お義姉様」

 マレーナは体を起こしユリアナに抱きついた。

「私はクレメンタール王国に嫁いだ方が国益になる?その方が国民の為になる?」

「何を言っているの!マレーナはこの国に残るの!この国でお婿さんを迎えるのよ」

「でも、でも、私が東のクレメンタール王国に行った方が事業が進むわ」

「誰に何を言われたのか知らないけど、それはじっくり進めていく事業なんでしょ?マレーナが嫁つがなくても、いずれはクレメンタール王国に話が行くわ。まずは近くの国から。それからで良いのよ」

 ユリアナが優しく背中を撫でてくれる。

「私はずるいわ。お義姉様ならそう言ってくれると思って聞いているんだもの。本当はわかっているの。クレメンタール王国じゃなくても、他国に嫁いで王妃になった方が国益になるって。でもお父様もお兄様も優しいから私に言えないのよ」

 マレーナの目から涙が零れる。

「マレーナ。その話はもう決定したことよ。陛下もフレデリク様もマレーナが国に残ることが国益と結論を出されたの。逆に言えば、マレーナが他国に行きたいって言っても出してもらえないのよ」

「お義姉様は幸せ?他国に突然嫁ぐことになったのに」

「私は幸せだわ。でも誰もが他国に嫁いで幸せとは限らないのよ。簡単に決められる話ではないの。マレーナは優秀だからどこでも力を発揮して輝くことができるだろうけど、私たちはそれを望んでいないわ。マレーナはこの国で輝くのが一番良いの。どうしたの?何があったの?」

 ユリアナがマレーナを抱きしめる力が強くなった。こんなに細い体にこんな力があったとのかと思うほどだ。

「あのね。アロイス王子に言われたの。それからね・・・・・」

 マレーナの話を遮ることなくユリアナは聞いていた。時折マレーナの目から零れる涙を拭いながら。

「マレーナ。よく私の目を見てちょうだい」

「お義姉様」

「アロイス王子の言うことなんて気にする必要はないの。第一、インデスタ―王国の事業の拠点を作らせてくれるなんて思い付きで言ったに違いないわ。そんな権限今のアロイス王子にはないもの。騙されてはダメよ。王太子に選ばられるかどうかも怪しいんだから。今回来たのも外交ではなくただの視察旅行よ。外交問題で何ら決定権はないの。

 それから、コンラード様のことも、たまたま店で会ったんじゃないの?コンラード様に限ってイルマさんとってことはないわ」

「どうしてそんなこと言えるの?」

「コンラード様がイルマさんを選ぶと思わないもの。たまたま鉢合わせただけよ」

「でもイルマと結婚すれば侯爵になれるわ。お兄様の補佐として相応しい爵位になれるのよ?」

「コンラード様がそんなことで結婚相手を決めると思う?私は思わないわ。コンラード様ならいずれ自分の力で叙爵されるわ。だからわざわざ爵位の為に結婚する必要なんてないのよ。コンラード様にはそんなこと無理だって思う?」

「コンラードなら自力でできるわ」

「そうでしょう?それなら違うって思わない?マレーナはしっかりしているようでいて時々不安になるくらい、周りを見ずに真っ直ぐに走り出すから心配だわ。とにかく休養が必要らしいからゆっくり休みなさい。マレーナは働き過ぎなのよ。だから余計なことを考えてしまうの。

 私はマレーナのことが大好きだから、マレーナがこの国にいてくれると嬉しいわ。だからこの国でできること、マレーナはマレーナの信じることを一番に考えればいいのよ」

 ユリアナが優しく背中を叩いてくれ、マレーナはその手に安堵を覚えた。

「この国はマレーナを必要としているわ。もちろん、フレデリク様も一緒に国を盛り立てたいと思ってらっしゃるの。だからマレーナを他国に行かせないのよ。二人きりの兄妹だもの。助け合っていかないとね。マレーナ。あなたにも心のままに生きても良い時があるのよ」

「心のままに?」

「そう。たまにはちょっとくらい我儘になっても良いのよ。普段頑張っているんだから。今がその時かな?陛下が断ったんだからアロイス王子と結婚する必要はないの。それはこの国の決定事項なの。マレーナ自身であっても覆すことはできないのよ。

 マレーナは一番側にいて欲しいと思う人をお婿さんにしたらいいの」

「でも、私は王女だもの。国民に身を捧げたのよ。国益が一番大切でしょ?」

「まあ、分からず屋さんねえ。その国益がマレーナがこの国にいることなの。きっと国民も陛下の決定を喜ぶと思うわ。マレーナは国民に好かれているもの。国に残って欲しいに決まっているじゃない。それは、マレーナがずっと国民に寄り添ってきた証だわ。国民に愛される王女なのよ。だからもう迷わないで」

 そう言ってユリアナが頭を撫でてくれる。

「うん。わかった。頑張ってみる。私らしくなかったわ。簡単に諦めたらダメよね」

「そうよ。フレデリク様も普段目一杯頑張っているから、その分私がたまに我儘を聞いてあげるの」

「それがあの夜着なわけね。ふふ」

「もう!それもそうだけど。それだけじゃないわよ。ってそんな話じゃないの。マレーナもたまには我儘を言っても良いってこと。溜め込むだけじゃ今日みたいに倒れちゃうわ。そんなんじゃ心配で尚更他国なんて行かせられないわよ」

 ユリアナがマレーナの手を覆って撫でてくれる。。

「こんな冷たい手をしていてはダメよ。血の通った手にしないと。すぐ温めてあげるからね。マレーナ。あなたは良い子よ。いつも国民の為にできることを考えているわ。素晴らしい王女よ」

 そう言いながらユリアナがマレーナの手をあちこち揉み始めた。

「あなたは強いわ。賢いわ。そして美しい。それでいて愛らしい。私の自慢の義妹よ」

 マレーナの体から段々力が抜けていく。

「私、コンラードを好きでいてもいい?」

「もちろんよ。人を好きになる心は自由だわ。上手く行くか行かないかは、その心を相手も持ってくれるかどうかなだけ。コンラードがマレーナに同じだけの気持ちを返してくれると良いけれど、ダメだったとしたら、また素敵な出会いがあるかもしれないし。出会って間もなくても生まれる愛もあると思うわ。

 だからと言ってアロイス王子はダメよ。マレーナはこの国にいないとならないからね」

 ユリアナの言葉に嬉しさが込み上げる。

 そうだ。マレーナは自由に結婚相手を選んで良いのだ。父にそう言われたではないか。何が目の前を塞いでいたのか。それはマレーナの自信のなさから来たものだったのかもしれない。だからアロイス王子の言葉に惑わされ、ちょっと見た光景で不安になってしまう。

 コンラードに恋をした。そんなコンラードに自分が選んでもらえる自信がなかったのだ。今だって自信はない。いつだって妹のような存在として見られていたのだから。だけど、諦めたらそこでこの恋は終わる。

 それは嫌だ。砕け散っても良いから好きだと伝えたい。そうじゃないと前に進めない。何もしないまま終わらせてはいけない。常に行動をする。それがマレーナだ。

 他国に嫁いだ方が良いかもしれないなんて思ったのは、全部現実から逃げたかっただけ。コンラードに思いを拒否された時に受ける痛みより、他国に行く痛みの方がマレーナにはずっと楽だと感じたのだ。国民の為なんかじゃない。自分の為だ。なんて自分は我儘なんだ。

 そうか、自分はとっくに我儘だったんだ。それさえ気づいていなかった。

「コンラードに時間を作ってもらうわ」

「そうね。二人きりの時間が必要ね。大きな義弟ができるのを楽しみにしているわ」

 そう言って二人は顔を見合わせ笑った。

「何それ。大きな義弟ってコンラードのこと?ふふ。確かに年上の義弟になるものね」

「ふふ。でしょ?」

 マレーナは温かくなった手をユリアナの手に重ねた。

 私は私のできることをする。仕事も恋も。私のやり方で生きて行く。

 もし今状況が変わって、父にどこかの国に嫁ぐように言われたらそれに従う。父が一度言ったことを覆すということは余程悪い状況だということだ。マレーナが嫁がなければ国の存続に関わる程の事態が起こっているということを意味する。

 もしそんなことになれば、王女であるマレーナは喜んで思いに蓋をして嫁ぐ。すっかり忘れていた。大切な人たちを守る為には自ら打って出る。それがマレーナの生き方だ。

 マレーナはすっかり目が覚め、視界が晴れて明るい未来が見えるような気がした。

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