王女、自分で考えた第一作戦に挑む②
「わーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
翌朝突然、王太子宮に大きな叫び声が響き渡った。それに煩いなと思いながらマレーナはゆっくり起き上がり目をこする。
「マレーナ!何してるんだ!!」
「え?」
マレーナは首を傾げた。マレーナは眠っていただけだ。そこにどたどたと足音が聞こえた。
「入るぞ!」
そう言ってバン!と扉を開けたのは兄だった。そして兄が慌てて護衛を下がらせ扉を閉める。
「マレーナ!なんて恰好をしているんだ!」
「あら。お兄様おはようございます。どうなさったの?」
「何がおはようございますだ!寝ぼけるな!周りを見ろ!」
マレーナは起きたばかりで眠たい目で辺りを見回す。
「コンラード。どうして床に座っているの?あ、おはようございます」
「お、おはようじゃないだろ!何で僕の部屋にいるんだよ!」
「いや、待て!それより着るものだ」
兄が床に落ちていたガウンを拾ってベッドに座るマレーナに渡して来た。それにマレーナは袖を通すとにっこり笑った。
「部屋、間違えちゃったみたい」
「みたい、じゃない!僕を殺す気か?!」
「誰もコンラードを殺さないわよ」
「嫁入り前だろ!」
「違うわ。婿取り前よ」
「そんな訂正はいらない!それからそもそもそんな意味で言ったんじゃない!」
「あら、どんな意味かしら?」
「そんなことはいいから、何でここにいるんだよ!」
コンラードは座り込んだまま聞いてくる。しかも久しぶりに聞いたマレーナという呼び方。いつの間にかマレーナからマレーナ王女殿下に変わったのが寂しかったのだ。
「昨夜うとうとして目が覚めたら喉が渇いたの。それで水を飲もうと思って水差しの水を飲んだんだけどまだ喉が渇いていたから、夜中だし誰か呼ぶのも申し訳ないと思って自分で厨房まで水を飲みに行ったのよ。
その帰りに間違えちゃったのね。何だか温かいなあと思いながら眠った覚えがあるわ」
「いやいやいやいや。おかしいだろ!ベッドに人がいるんだぞ!普通気付くだろ!?」
「酔ってたのかしら?気付かなかったわ。驚かせちゃってごめんなさい」
マレーナはペコンと頭を下げた。
「そ、それと、何でそんな夜着着てんだよ!」
「ああ、これはお義姉様に借りたの。昨日は飲み会に混ぜてもらって泊まるつもりだったから、お義姉様に夜着を貸して欲しいって言ったら、クローゼから好きなのを持って行って良いって。
だから畳んである中から柔らかそうな生地で着心地が良さそうだなって思って持ってきたんだけどね、着てみたらちょっとお兄様を見る目が変わりそうだったわ」
「そ、それは同感だが、たからってそのまま着ないで別のを借りにいけよ!」
「だってお義姉様は寝てるだろうし、申しわけないじゃない?それに全部こんなのかもしれないし。誰も見ないし良いかなって」
「良くない!」
「全部じゃない!」
「そう?お兄様声が大きいわ」
マレーナは大き目のガウンの胸元を少し捲って中を見ている。
マレーナが今着ているのはレースの肩紐が着いた夜着だ。肌がギリギリ見えない薄さだが、見えない分質感が分かってしまう生地でできている。
それがより想像を掻き立てる。前をリボンで結んで合わせて留め、膝上丈の夜着は、着るための物ではなく脱がすための物だと男なら誰だって気付く。
柔らかいものを抱きしめて、温かくて心地よい。そんな目覚めをしたコンラードは、目覚めて自分が抱きしめていたのがマレーナで、しかも目のやり場に困る夜着を着ていれば叫びたくもなるだろう。
「とにかく、全員一旦落ち着こう。マレーナは間違えてコンラードの部屋で眠ってしまった。コンラードはそれに目が覚めるまで気付かなかった。それで良いな?何もないな?」
「ないないないないない!断じてない!」
「何もって、何があるのよそれ以外。変なお兄様」
「わかった。マレーナ。今度から気をつけろ。それから、これからは夜着はユリアナに選んでもらうこと」
「何よ。こんなのお義姉様に着せて喜んでるくせに。お兄様がこんな趣味だったなんて知らなかったわ」
「はあ?!そんなの男のロマンだろ!マレーナにはわからない!だけど、マレーナだって着心地が良さそうって思ったから持っていったんだろ?実際着てみてどうだった?軽くて柔らかくて肌触りが良かっただろ?」
「確かに着心地は良かったわよ。持って帰りたいくらいね」
「そうだろ?最高級生地でできているんだ!良いに決まってる!っていうかやらないぞ!」
「いらないわよ。冗談じゃない。本当にお兄様ってお義姉様のことになると人が変わるのね」
「って、そんな話じゃない!王太子宮には箝口令を敷く。マレーナとコンラードが同衾した、なんて話が広まっては大変だ。父上の耳に入れば大事になる」
「確かにそうね。お願いね、お兄様」
「頼むから問題を起こさないでくれ」
マレーナは兄に手招きした。それに兄が近づき耳を近づける。
「だってこれくらいしないと女性として見てもらえないでしょ?」
そう言ってマレーナはふふと笑った。
「お、おまえ・・・・・・。はあ。わかった」
兄はコンラードの元に行くと手を差し出し立ち上がらせる。
「とにかく、二人の間に何もなかったのならそれで良いが、マレーナは謝罪にコンラードを晩餐に招待すること。個室があるところを紹介してやるから」
「わかったわ。コンラード今夜空いてる?一緒に食事に行きましょう」
「いやいやいやいや。別に謝罪はいらないって」
「ダメよ。謝罪はいるわ。迷惑をかけたもの」
「迷惑じゃないから」
「ホント?じゃあまた間違えても叫ばないでね」
「それは間違えるな!」
「もう。わかったわ。気を付けるってば。コンラード。迎えに行くからよろしくね」
「はあ。わかった。準備しておくから」
コンラードが膝に手を付いている。マレーナは兄に向かって言った。
「ありがとう」
それに仕方なないなという顔で兄は笑い返してきた。兄は手助けしてくれた。それに報いなければならない。
マレーナは今夜の晩餐が楽しみだと未だこちらをみないコンラードを見つめた。