王女、自分で考えた第一作戦に挑む①
「マレーナ。本当にやるの?」
「ええ、もちろん。お義姉様も応援してね」
「それはもちろんするけど。この作戦はどうなのかしら?不安だわ」
「大丈夫よ。それにしても。お兄様って、妹の私が言うのもなんだけど、ちょっと考えた方が良いわよ。お義姉様」
「そ、それは私も思うところはあるんだけどね。頼まれると拒めないのよ」
そんな会話をしているのはマレーナとマレーナの義姉で王太子妃のユリアナだ。
「じゃあ、頑張って来るわ。ミカル、ラディーナまたね!」
そう言って王太子宮のユリアナの部屋を後にした。可愛い甥と姪はすくすくと育ち、マレーナと遊ぶのが大好きだ。今日もたくさん遊んでご機嫌なのかマレーナが去る時は満足気に笑いながら手を振ってくれた。また来てね、という感じだろうか。
「さて、やってみるしかないわね。普通のやり方じゃ無理だと思うもの」
マレーナはそう言いながら王太子宮の一階へと向かった。そして応接室を目指す。
応接室の前に着くと大きく深呼吸をして気持ちを整える。そしてよしっ!と気合を入れて扉をノックした。そして中から返事もないのに扉を開けるとマレーナは中に入っていった。
「誰かと思ったらマレーナか」
兄がやれやれという顔でマレーナを見る。
「テオお兄様とコンラードが来てるってお義姉様から聞いて覗きに来たの。たまには私も混ぜてよ」
応接室には大きな二人掛けのソファーが向かい合って置かれている。その片方に兄が、もう片方にテオドールとコンラードが座っていた。マレーナはそこの兄の横にストンと座った。テオドールはラーゲルベック公爵の爵位を継いで間もない。その横のコンラードはバックリーン公爵家の次男だ。
この二人と兄は幼馴染でもあり学友でもある。マレーナが幼い時はよく一緒に遊んてもらったりしていた。
そして向かいに座るコンラードがマレーナの想い人だ。気付いた時には好きになっていた。だからいつから好きかはわからない。
コンラードはこの3人の中で場を和ませるのが抜きん出て上手い。陽気で気さくなコンラードだからこそ、兄とテオドールの友人ができるのだ。
兄は基本真面目で、王太子として厳しく育ってきたのもあって、仕事としての話術は上手いが人としては少し固い。ユリアナと出会って性格が多少変わったようだが、それまでは賢くあれ、強くあれ、と己に言い聞かせているような人だった。
そしてテオドールは温和で物静かで、自分が話すより相手の話を聞くのが好きな方だ。しかし頑固なところもある。
こんな二人にコンラードが加わることで、楽しい時間を過ごせていると言っても過言ではない。二人が仲が悪いわけではなく、王太子として育ってきた兄と、公爵家の跡取りとして育ってきたテオドールでは、真面目な話になりがちなのだ。笑いは一切ない。
そんなマレーナは、子どもの頃からこの二人は優しくて可愛がってくれて大好きだが、コンラードがいた方が楽しいと思って育ってきた。
「子どもたちと遊んでいたのか?」
兄がマレーナにワインを渡しながら聞いてきた。
「ええ。可愛いからついつい甘やかしたくなるわ。でも子どもの成長って早いわね。ついこの前まで腕の中にすっぽり収まっていたと思うのに、もう抱っこするのが辛い重さね」
「まあなあ。あっという間に育っていくから思考が追いつかないよ。学ばせたいことがたくさんあるが、まだどれにするか決まってない」
「ミカルはまだ三歳だろ?まだ好きに遊ばせておけばいい」
そう言うテオドールに対してコンラードが分かってないなあと加わった。
「良いか?ミカルはいずれ王太子だ。三歳ならもう、音楽は教師を付けて学ばせろ。楽器でも歌でも構わない」
「何故だ?」
テオドールが不思議そうに聞いている。
「考えてもみろ。毎日デリクの子守唄とか聞いて育つとどうなるか」
「あー、なるほど。デリクのようになるな」
「歌が下手な子になるわね」
「そうそう。デリクなんて学園時代に、国歌も学園歌も歌う振りだったからな。僕はミカルにそんな男に育ってほしくない」
「確かにそうだな。うん、今から付けたほうが良いぞ」
一人は茶化し一人は真面目に。そんな二人に兄は肩を落としている。兄は音楽全般がダメだ。他は何でもこなすのに。
「僕だって好きで歌が苦手なわけではない。何故か上手く歌えないんだ。母も父も普通なのに。マレーナなんて歌手顔負けだしな。僕だけ何故かダメなんだ。
だから僕だってわかっている。子守唄はユリアナや侍女たちに任せて歌わないようにしているさ」
何だか不貞腐れたように兄が言う。
「そう言うな。今からでも習ったらどうだ?声楽の教師をつけて」
「恥ずかしくてできるか!こんなことならもっと子どもの頃に音楽を学べば良かった。僕が始めたのは10歳だからな。どれも合わず全て辞めた」
「だろ?だったら今のうちから学んだ方が良いって」
「そうね。コンラードの言う通りだわ。お兄様直ぐに講師をつけましょう」
マレーナは隣に座る兄を見上げた。正面に座るコンラードを見るのが少し恥ずかしくなったのだ。
「わかったよ。ユリアナに相談してみる」
「お義姉様は今日も美しかったですわ。お兄様三人目のお子はまだですの?」
「そろそろだろ。4人。いや5人は確実に子どもができるな」
「でしょう?お義姉様も大変だわ」
「そういったことは本人たちの問題だから周りが言うことではないのではないか?」
テオドールがやんわり注意をしてくる。茶化すなと言うことだろう。
「はーい。でも子どもって可愛いわよね。私も早く欲しいわ」
「ブーーーッ!」
コンラードが飲んでいたワインを吹き出しそうになっている。
「あら、コンラード。どうしたの?」
「ゲホ。いや結婚もしていないのに子どもが欲しいってのはどうなんだ?」
「見ていたら欲しくなったのよ。コンラードの甥のクヌートも可愛いわ。この前クヌートとミカルが遊んでいるのを見ていたんだけど、すっかりクヌートがお兄様気分になっているのよ。これはこうする、とか教えているの。愛おしいわね」
「マレーナ王女殿下もそろそろどうするか決まるのではないか?」
テオドールが言葉を選んで聞いてくる。
「ん?ああ、それはもうある程度決まっているんだ」
兄の言葉にコンラードが立ち上がった。
「どうした?」
「いや、何でもない。ちょっと驚いただけだ」
「そうか。マレーナは王家に残る。婿をもらうことにしたんだ」
「そうなの。お父様が『マレーナは有能だから他国に出したくはない』っておっしゃって。そろそろ私、お婿さん探しを始めるの」
「そうなのか?良かったな。国を離れなくて良いのは皆が喜ぶ。マレーナ王女殿下は人気があるからな。フェリシア嬢にはもう言ったのか?」
「ええ。喜んでくれたわ」
「そうだろうな。二人が話している姿は微笑ましい」
テオドールはそう言ってマレーナが国に残り婿を迎えることに喜びを表してくれた。コンラードを見るとどこを見ているのかわからなかった。喜びの言葉もなくこの話に興味がないように見えて寂しくなった。
「マレーナは有能だからな。父上が他国に出すわけがないだろ?僕も国益を考えるとマレーナは残るべきだと進言した。近隣国にはマレーナと年齢が合う王太子はいないしな。大陸の中央から東はいるがそこまで行かせるのは可哀想だし」
マレーナは兄に抱きついた。
「ありがとう、お兄様。でも、私、国の為ならどこにでも行く覚悟はしていたのよ。だって王女ですもの」
「知っているさ。だが、国益の為には残った方が良い。それが父上と僕の結論だ。頼んだぞ」
「はい!!大好き、お兄様!」
「おいおい。気持ち悪いな。ここまで言われると」
「失礼しちゃう!」
「はは。兄妹仲は相変わらず良いな。コンラードどうした?さっきからぼうっとして」
テオドールがコンラードの肩に手を乗せた。
「いや。ああ聞いていたよ。国が繁栄すると良いな」
それだけ?マレーナはがっかりしたが顔には出さないようにした。あからさまにしてはいけない。
「ええ。一緒に盛り立ててくれる人が良いわ。ねえ、お兄様」
「そうだな。僕の目を通り父上の目を通らないとならないから相手は大変だな」
「あら、私に一任させてくれないの?」
「マレーナが選べばいいが、決定は僕と父上がする。マレーナだから変なのに掴まることはないと信じているが念のためな。候補が現れる度に徹底的に調査する。テオ手伝ってくれ」
「ん?私で良いなら喜んでやろう。マレーナ王女殿下には迷惑をかけているからな。たまには役に立たないとならないな」
話は別のことに変わっていき、ワインの空瓶が増えて行く。チーズやナッツも残り僅かになってきた。マレーナも良い感じで酔って来た。
「そろそろ解散するか」
まず兄が言った。
「そうだな。そろそろ帰るか」
テオドールが了承する。
「二人とも、もう遅いから泊っていけばいい」
兄がそう提案する。
「いや、私は明日客が朝から来るから帰るよ。コンラードは泊っていけ。こんな遅い時間に二台も馬車を用意してもらうのは悪いからな」
「そうするか。いつもの部屋で良いか?」
「ああ。いつでも使えるようにしているから好きに使え。テオ、馬車を用意させるからちょっと待ってろ」
「私も泊まろっと」
「はあ?おまえは隣だろ?歩いて帰れ」
「冷たいお兄様ね。酔っているから階段が面倒なの。部屋はあるんだからいいじゃない」
「まあ、そうだが」
「明日の朝も子どもたちと遊んでから仕事をするわ」
「わかった。好きにしろ。良いか、おかしな、」
「お兄様!お菓子がまだ食べたりないの?ナッツが少し残っててよ」
マレーナは兄の口を押えるとにっこり笑った。その笑顔に兄は不安そうな目を向けて来たがそんなのは無視するに決まっている。そして小声で伝えた。
「ただ眠って帰るだけよ。心配しないで」
「わ、わかったから手をどけろ」
「あら、お兄様ったら。結構酔ってらっしゃるわね。たまのこととは言えお義姉様が心配するわよ」
そしてしばらく待つと馬車が来たのでテオドールが帰宅し、それぞれが部屋に行ったのだった。
マレーナは湯浴みをして着替えるとソファーに座った。コンラードがマレーナが婿を迎えると聞いてどう思ったのか全くわかならなかった。嫌われてはいないと思う。ただ、妹という線を越えられているかがわからない。一人の女性として見て欲しい。友人の妹でもなく、王女でもなく、ただのマレーナとして。
子どもの頃兄たち三人と一緒に遊んでいると、一番気にかけてくれたのが意外にもコンラードだった。よく見ているのだ。王家の所領に避暑に行った時も、草原で走っていると一番に遅れて一番に疲れるのが幼いマレーナだった。いつもそれにいち早く気づき手を差し伸べてくれたのがのがコンラードだったのだ。時には手を繋いで走り、時には背負ってもらった。
だからもう、いつから好きかはわからない。どんな風に心が辿って今の感情になったのかも。
初めはもう一人の兄と思っていたはずだ。時々一緒に遊んでくれる優しい兄。でもいつからか隣にいて欲しい存在になっていた。こうしていつも手を繋いでいて欲しいと。しかしそんな感情が芽生えた頃には、とっくに王女としての責務があることを理解していた。きっと他国に嫁がされる。それが一番の国益になる。そう信じていた。それか降嫁する。相手はきっと父が決めるだろう。公爵家の次男であるコンラードが選ばれる確率は限りなく低い。
マレーナは全てを諦めて、とにかく自分が国民の為になるようにと学び、父の方針で仕事も早いうちから担当していた。どこの国に嫁いでも大丈夫なようにたくさんの国についても勉強した。それに没頭することでコンラードへの思いを飲み込んだのだ。
相手がコンラードじゃなくても自分は幸せになることができる。そう信じて。
マレーナはそのままソファーでうとうとして目を覚ますと喉が渇いたと思い水差しを探した。