王女、自由になる
インデスタ―王国を舞台にした物語の三作目になります。主人公はマレーナ王女です。今作だけでも読めるように書くにように頑張りますが、前作もお読みいただけたら幸いです。一作目、二作目共にマレーナ王女の登場場面が多いので、私の中ではインデスタ―王国物語の最終章としてマレーナ王女を選びました。稚拙ながら、マレーナ王女が幸せになれる話になるよう努めますのでよろしくお願いいたします。
インデスター王国は大陸の西に浮かぶ島国だ。島国といっても大きな島で、海岸沿いの道を馬車で回ると一ヶ月かかる。
王都は大陸に面した海の近くにあり、港から船で二日で向かいのブランディー王国に着くので、大陸の各国との交流も盛んだ。
海に囲まれているので海産物が豊富な上、島のあちこちに金山と銀山がある。それらがある領地は全て王家の所領となっている。
そしてこの国の王女が恋しい人を摑まえようと立ち上がろうとしていた。
王女の名はマレーナ。19歳。そろそろ結婚相手を探したい年頃だ。しかし王女としての役割を理解しているマレーナは自由に恋愛もできなければ、自分で相手を探すこともできない。
国益を考えて国王である父の指示に従ってどこにでも嫁ぐ覚悟をしている。そんなマレーナが向かっているのは父の執務室で、マレーナの執務室の上の階にある。父からの呼び出しで、やっていた仕事を中断して向かっているところだ。
緩やかに波打つ銀色の髪に白い肌。そしてアメジストの様な紫の目の美しい王女で、見慣れているはずの王城勤務の者たちでさえ振り返る。それだけ人を惹き付ける存在の王女である。
それを知ってか知らずか、人当たり良く話しかけ、王太子妃と並ぶ程王城で人気がある。もちろん国民人気も高く、マレーナが訪れたカフェなどはたちまち噂になり行列になる程だ。
執務室に到着する前に、マレーナの姿が見えた時点で近衛騎士が中に伝えているのが見え、マレーナは執務室まで来るとノックをして入室した。
「お父様。お呼びとのことで参りました」
マレーナと同じ銀色の髪に紫の目の父が書類から目を離してマレーナを見た。
「来てもらって悪かったな。おまえのことだ、仕事中だったろ?」
「急ぎの仕事ではありませんから大丈夫です」
「今おまえに一任している下水工事業だが、何年かかっても構わんから強固なものを作れ。直ぐに壊れては逆に国庫の負担になる。衛生面がしっかりすれば病も減るから国民の為の重要な事業だ」
「お父様。これを提案してもう四年です。来年王都から工事に入れそうだとお伝えしてあったと思いますが、本格的に工事に入れる見込みがつきましたので、次回の議会で工事開始時期の提案をします。
王都の工事が半分進んで様子を見て手応えを感じれば、徐々に各領地の整備にも入ります。下水道工事そのものを輸出事業にする。その為の下準備は専門家も育ったので既に終わりを迎えようとしています。私は見守るだけで良いかと」
マレーナは暗に自分が関わるのはもう終わりだと伝えた。
「いや、おまえには引き続き担当してもらい、陣頭指揮をとってもらう」
「お父様。そんなことをしたら、私結婚できませんわ」
マレーナは困った顔で首を傾げた。
「そんなことはない。できる方法があるだろ?」
「できる方法?」
「そうだ。マレーナ、おまえは嫁ぐな。王家に残って婿をもらえ。相手は自由に選んでいい」
「え!本気ですか?」
「もちろんだ。おまえは有能だからな。王家として手放すのは勿体ないとフレデリクと話が一致した。他国なんかに嫁がせたらみるみるその国は発展して行くだろうからな。そんなことさせるくらいなら我が国を発展させたい。これから議会に提案をして受諾させるが、私が王家に残すと言っているのだから必ず通る。
おまえの提案した事業も確実に進めたいし、一緒に考えられる相手を見つけろ。私は余程のことがない限り、マレーナの選んだ相手を認める。マレーナが見誤るとは思えないしな。
おまえの友人のブレンダ嬢もフェリシア嬢ももうすぐ結婚する。次はおまえの番だろ?私はマレーナとフレデリクが一緒にこの国を支え合って行って欲しいと考えている」
マレーナは父の言葉に返す言葉が見つからなかった。どこか遠い国でも受け入れる覚悟をずっと前からしてきたのに出なくて良いというのだ。家族とも友人とも大切な人たちとも離れて暮らすことになり、滅多に会えなくなったとしても、国の為と思って飲みこんできた思いが一気に溢れそうになった。
「マレーナ。おまえはよくやっている。国益を考えた結果、そんなマレーナを他国に嫁がせることも降嫁させることもしない。それが王家の決定だ。
好きな相手を選べ。無理矢理はダメだぞ。常識の範囲で落とせ」
マレーナは両手で口を押えて膝をついた。父も兄も気付いていたのだ。そしてマレーナの気持ちを尊重しようとしてくれている。嬉しさで涙が零れそうになるのを必死に堪えた。
今はまだ泣く時ではない。もっと幸せな時に零す為にまだ涙は流さない。
「かしこまりました。懸命にインデスタ―王国の為に尽くします」
「ああ。これが知られれば言い寄って来る貴族が増えるぞ。覚悟しろ。それらを払いのけて掴み取れ」
「はい!お父様!」
その言葉に微笑んだ父は満足そうだった。
「こんな美しくて優秀な娘を余所に出せるか。そう思うだろ?」
「本当に。国の大損失ですわね」
マレーナは立ち上がりそう答えた。
「話はそれだけだ。吉報を待っているぞ」
「はい。お任せください。では失礼致します」
マレーナはそう言って父の元を後にした。
帰りの足取りは思わず踊り出しそうだったが、冷静にと心で呟きながら歩いた。
自分の執務室に戻ると護衛も外に出し、一人で両手を上げる。
「やったわ!こんなことってある?本当に?夢じゃないわよね?
なんて素晴らしい日なのかしら。どうしよう。こんなこと思ってもみなかったからどうしたらいいかしら?私が自由に選べるのよ!でも、私を選んで貰わないとならないわ!
どうしよう!無理強いはしたくないわ。誰かに相談もした方が良いわよね?ああ、もう!嬉しくてどうしよう!今夜は眠れないわ!
どうしよう!嬉しい!もうどうしたらいいの!」
マレーナはくるくる回りながら舞台の上の女優のように、身ぶり手ぶりしながら舞うように言い続ける。
「今の幸せな気持ちを忘れないようにしないと。お父様、お兄様、ありがとう!」
マレーナは回り過ぎて眩暈がしてソファーに座り込んだ。
「はあ。はあ。頑張ってきて良かった」
目を閉じ眩暈が治まるのを待ちながら思考を巡らせる。
如何にして掴むのか。掴み取れるのか。選んでもらうのか。
自分一人で決められることではない。相手がいることだ。
もちろん、王命を出してもらって婿に来てもらうこともできるだろうが、そんなことをマレーナはしたくない。マレーナを自ら選んで欲しいのだ。マレーナが選んだように。
我儘な気持ちだとはわかっているが、どうしてもそこは譲れない。王女だから選ばれるのではなく、マレーナだから選ばれたいのだ。
友人二人は互いに思い合っている相手と結ばれることになった。マレーナだってそんな恋をして幸せな結婚がしたいのだ。呆らめ覚悟を決めていただけに、その反動は強い。欲がどうしても出てしまう。
掴み取れという父の言葉は、一番良い人を選べという意味ではない。この人のみという人のことだ。
「どうやったら良いかしら?とりあえず報告しなくちゃ」
マレーナはお茶会の招待状を書き始めた。
王宮の庭園の中央にお茶会の会場を準備してもらった。と言っても招待客は二人。
幼い頃からの友人のフェリシアと学園に入ってから親しくなったブレンダだ。
フェリシアもブレンダも結婚式の準備の真っ只中。
それでもマレーナが相談したいことがあると書いたら集まってくれた。頼もしい友人だ。
庭園で待っていると二人が歩いてくるのが見えたので手を振った。
「何だか嬉しそうね、マレーナ」
ブレンダが着いた途端に言ってきた。
「え?何だか浮かれてる?」
そう言ったのはフェリシアだ。二人とも侮れない。よくマレーナのことを見ている。
「相談の前に先に報告するんだけど、私、婿をもらうことになったの」
「え!」
「うそ!」
二人は一瞬驚いた顔をして言ったが、その後満面の笑みを浮かべた。
「良かったわ!おめでとう!」
「やったわね!さすが陛下はよく見てるわ!」
「そうよ!マレーナを他国になんて勿体ないわ!」
「私たちマレーナは国に残るべきっていつも言ってたのよね!」
「そうそう!しかも婿でしよ?降嫁じゃなくて」
「そこが良いわよね!凄いところよ!」
マレーナ以上に高揚して二人が喜び始めた。
「ありがとう。二人とも喜んでくれて」
「当たり前じゃない!ずっと見てきたのよ」
フェリシアが落ち着きを取り戻しマレーナの手を握った。
「喜ぶに決まってるわ。陛下は何ておっしゃってるの?」
ブレンダが聞いてきたことにマレーナはにんまり笑った。
「私が選んで良いんですって!」
「良かったじゃない!え、もちろん行くわよね?」
ブレンダが少し声を抑えて聞いてくる。
「当たり前じゃない。マレーナが選ぶことができるのよ。他にいるわけないじゃない」
フェリシアも何故か声を抑えている。
「え?」
マレーナが二人の話に首を傾げた。
「まさか気付かれてないと思ってたの?」
「ずっと前から気付いてたわよ」
「うそ!」
「やだもう。見てれば分かるわよ。ねえ?」
「そうよ。周りはみんな気付いてたわよきっと」
そんなに隠しきれてなかったのだろうか?
「ねえ。それなら聞くけど、実ると思う?」
マレーナがいつになく自身なさげに言う。父に言われてから浮かれていたが、二人と話した途端急に不安になったのだ。
もう恋人がいたらどうしよう。そんな話はきいたことはないが、ない話でもない。マレーナが知らないだけで。
そう、マレーナには長年密かに思い続けている人がいる。ただ、その恋は実らないと諦めていた。
自分じゃない誰かが隣にいる姿を見たくないと、未だ独身であることを密かに喜んでいた。自分が他国に嫁ぐまで結婚しないでほしいと。この国の別の人のところに降嫁することになったとしたら、この思いは上手く消さなければならない。
そんな思いで押さえつけていた。それがまさか父や兄だけでなく友人たちも気付いていたとは。
「そうね。私は実るにチーズケーキを賭けるわ」
ブレンダが言う。
「あら、私も実るにシフォンケーキを賭けるわ」
「それじゃ成立しないわ!って当たり前よね。実らないに賭けるわけないものね」
「そうよ。実る実らないじゃないわ。実らせるのよ」
フェリシアの言葉にブレンダがうんうんと頷いている。
「私、頑張るわ」
マレーナは拳を握った。
「そんなに頑張らなくても良いと思うけどね」
「そうよね」
二人の呟きはマレーナには聞こえなかった。
「何か言った?」
「いいえ、何も。ねえ?」
「ええ、何も。それより、婿を迎えたら何処に住むの?王宮には住めないでしょ?」
「王宮の後ろに実は宮が三つあるのよ。一つは今領地にいるお祖父様たちが退位した後にしばらく住んでいたの宮。今も王都に来た時に使っているわ。後二つは側妃がいた時代の宮なの。でも父には側妃はいないし、兄も側妃を娶ることはないと思うから、そのうちの一つを父が今から建て直すって言ってるわ」
「陛下はだいぶ前からマレーナを嫁に出すつもりはなかったんじゃない?」
「そうよねえ。今決めた、って感じはしないわ。どうなの?」
「うーん。父は数年見定めていたのかも。嫁がせるか王家に残すか。それで残すに決めたのが最近かもしれないわ」
マレーナは考えながら伝えた。父は国益を考えたと言っていた。他国に嫁ぐ方が国益になるか、王家に残す方が国益になるか。見定めた結果だとマレーナは思っている。
「何にせよ良かったわ。これからもこうやって会えるもの」
「そうよね。いつでも会えるって良いわね」
二人がケーキを食べながら染み染みと言うのを聞いて、マレーナも心の底から良かったと思った。