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僥倖


 タクシーの後部座席に座る筧の前方、

フロントガラス越しに赤い屋根の

瀟洒な一軒家、遠藤家が見えてきた。

 さっき島川の店前で受けた電話で聞いた住所を運転手に伝えていた。

 始めてだな、あいつん家来るのは。ったく小洒落た家に住みやがって。

筧は小さく舌打った。

「この辺でいい」

「え?あと少しですけど」

「いいから」

 筧は運転手の好意を遮り、遠藤家の真ん前でなく、

その数メートル前でタクシーを停車させた。

 運転手に札を数枚渡してタクシーから降りる。


 腹を括る必要が遠藤家までの数メートルにあった。


 人を殺す覚悟が。


 ・・・・一郎に一千万を返さない事より、

梶谷に四千万を返さない方がヤバい。

そんな事は明白だった。

「・・・・山ん中に埋められるよりはマシか」

 筧は邪な思いを胸に秘めると、上着のポケットから

手のひらサイズのポケットナイフを取り出し、見つめた。


 同時にブレーキともいえる感情が筧に芽生えた。

 殺しなんかやって、無事で済むのか?

そこにいた身だからこそ分かる。日本の警察を舐めちゃいけない。

 殺るならもっと計画的にしないと。

殺して金を奪う。その際、相手に騒がれて近隣に気付かれるのを

避けるのには事前に練るべきことがある。

 事を済ませた後、何処へ逃げる?逃走手段は?

その根回しも出来ていない。


 そんな犯罪が上手く行く筈がない。

これからやろうとする事、その成功を確信させる

要素(エレメント)は今の筧には皆無だった。

 だがー


 ー迷ってる時間はない。これしかない。賭けるしか。


 半ばヤケクソだった。筧はいよいよ一縷の望みを頼りに腹を括り、

ナイフを握ったままの手をポケットに突っ込むと、遠藤家の

玄関に向けて歩き出した。



 チャイムを鳴らす。

 嫁もいるのだろうか?息子がいるって

以前言ってたな。

 いずれにしろ、まずは一郎だ。

その後で母子も。


 

 一気に殺って家にあるカードや現金、金目のモノを奪う。

死体は、数日見つからない様に家のどこかに隠す。

島川と合流し、出来るだけ遠くへー


 ー稚拙だった。テンパっているのが自分で痛いほど分かる。


 チャイムを鳴らした事を後悔した時、ドアが開くと同時に一郎が顔を出した。


 !!・・・・行くぞ。


 筧はポケットの中で握ったナイフに力を込めた。

 ーが、


「筧、よく来てくれた!」


 一郎の言葉に、筧は少し呆気に取られた。

歓迎されている?金の催促じゃないのか?

「お、おお・・・・」

 筧は取り急ぎ、無難な返事をした。

「早く入ってくれ」

 一郎は、急かす様に中に入る事を促した。

「一郎」

「ん?」

「・・・・お金の事じゃないのか?」

「ああ、今日は違う。だが、お前には

協力する義理がある筈だ」

「あ?」

 筧は訳がわからなかったが、

ポケットの中のナイフを握るのをやめた。



 一郎は、筧を伴いリビングに戻ると

美波を呼び寄せた。

「筧だ」

 筧は小さく頭を下げる。

「筧です。初めまして」

「はじめまして。妻の美波です」

 美波も丁寧にお辞儀を返す。


 美人なんだろうが、かなり憔悴した様に見える。

なんなんだ?筧は眉を潜めた。


「警察にいらっしゃったんですか?」

 美波が聞いた。まるで筧にすがるように。

「ヤクザ相手の部署にいたんだよな」

 心強い味方を得た、そんな感じで得意げに

一郎が言った。

「ああ。お陰でこの様です」

 そう言うと、筧は美波に右足を引き摺って見せた。

「怪我、ですか?」

 美波が聞いていいモノか、戸惑いながらも聞いた。

「ええ。チンピラに撃たれちまいましてね。

警察カイシャからお役御免になっちまいまして」

 美波は、やはり聞かなきゃよかった、といった風情で

顔を伏せた。

「今は興信所やってんだよな?」

「興信所?」

 美波が再び顔を上げる。

「いわゆる探偵ってヤツです。といっても、

依頼といえば浮気調査とかそんなのばかりですが」

「すみません、私たち家族の事に巻き込んでしまって」

 美波はうやうやしく頭を下げた。


 巻き込む?何を言ってんだ、この女は?

筧はまた眉を潜める。


「こいつはいいんだよ」

 一郎が言った。

「え?」

 美波は夫の言葉の意味が分からずに戸惑う。


 ・・・・野郎。

筧の中で殺意が蘇った。今度のは完全に感情論で。

 ていうか、俺に何の用だ?クソ野郎。


「とにかく、これを見てくれ」

 一郎は、昏い目で怒りを隠しきれていない筧の様子には気付かず、

メモを差し出した。

 それを渋々受け取り、メモに目を通した筧の目が大きくなる。


 誘拐?こいつらのガキが?


「・・・・警察へは?」

 筧は、胸に突然訪れた高揚を抑える様に言った。

「もちろんしてない。だからお前を呼んだんだ」


 ・・・・そう言う事か。筧は全てを把握した。


「犯人からのメッセージにあるだろ?警察には言うなって。

だがー」

「俺は今、刑事じゃない」

 筧の言葉に一郎が頷く。


「お前が犯人を捕まえてくれ。こんな薄汚い奴には

一銭たりとも渡したくないんだ」

「ホシの見当は?」

「ホシ?ああ、犯人か。まったく思い当たらない。

まあ、社長業なんてやってるから

どこで誰に恨み買ってるかわからんがな」

 そう言うと、一郎は着信履歴が表示された

スマホを筧に差し出した。

「この番号から追えないか?」

「どうせ、トバシの携帯だ」

 筧はスマホを受け取る事なく一郎に言った。

「トバシ?」

「闇ルートで流通してる、ヤクザたちが

使うモノだ。それを追っても使ってる本人には

辿り着かない」

「そうか」

「とにかく、お金を用意しないとな」

「明日の朝、犯人からまた電話がくる。

そしたら金を下ろしに行くよう言われた」

「なら、今夜は出来る事はないな」

 そう言うと、筧はメモに改めて目を落とす。


 五千万円の文字に心を奪われていた。



次エピソード→CHAPTER4-2 コミュニケーション

11月8日(金)21時頃、投稿(予定)です。

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