虚(事実)=事実(虚)
大田区蒲田・菖蒲橋。
橋梁を見渡せる呑川沿いの道に
ハイエースがやってきた。
「ココで停めろ」
鉄男の声を聞いた勇次はブレーキを踏み、ハイエースを停車させた。
橋の周辺には古き良き住居やマンションが立ち並んでおり、
車や人通りもほとんどなかった。
「ここで野郎が来るのを待つ」
後部座席に座る鉄男は、少し身を乗り出し
インパネのデジタル時計に目をやった。
現在、22時22分。
あと10分もすれば、あの男が来るはずだ。
咥え煙草でリボルバーを手にし、シリンダーを開く。
「バカが。住宅街なんかで弾きやがって」
隣で項垂れている島川を呆れ顔で見やると
空薬莢を1つ掌に落とし、残り5つの穴の実包を確認して
シリンダーを閉じた。
勇次がルームミラー越しに島川を睨んでいると、
鉄男と共に島川を挟み込んでいた直也が、
突然声をあげた。
「おいおい!これ見ろよ」
鉄男は直也が差し出したガラケーに目をやる。
「あ?なんだこりゃ」
運転席の勇次も何事かと振り返る。
「なんですか?」
鉄男が勇次にガラケーを差し出す。
ガラケーの画面には
昼間見た、一郎と若菜の2S写真が載っていた。
『若手社長と人気女優の痴情!』
『不倫関係にあった2人が別れの大喧嘩!!』
『彼女が押し返す封筒、その中身は?手切れ金?』
『経営が苦しい中、社長は幾ら払ったのか!!?」
とある。
黒田さんて言ったっけ?ジャーナリスト志望の
フリーのゴシップカメラマン。
勇次はぼんやり思い出した。
「こいつらは、父親に”素直に金払わないから”って
襲撃してきたんだよな?」
鉄男が島川を顎でこなしながら勇次に言った。
「え?」
我に返った勇次を鉄男が無言で睨む。
「聞いてろよ、コラ」
「・・・・すみません」
「こいつらは、父親に”素直に金払わないから”って
襲撃してきたんだよな?」
鉄男はもう一度、島川を顎でこなしながら聞いた。
「はい。俺は金の入った紙袋を確かに渡したんですけど」
「だから父親は金ケチったのか」
鉄男は島川を見た。
「おい。お前らが金を奪った時、幾らあった?」
島川は口を閉じたまま、ただ前を見据えた。
直也が左の拳を、島川の鳩尾に素早く叩き込む。
「げほぉっ!」
島川は上体を深く屈め、悶絶した。
「聞いてんだろが、イケメン」
直也はそう言って煙草を咥えー
「・・・・さ、三千万」
「三千万んんっ!?」
たが、咳き込みながら答えた島川の言葉に
煙草を口から落とし、目を開いた。
「てことはあの父親、七千万渋りやがったって事か?」
直也はそう言いながら、拾った煙草を改めて口に咥えた。
「幾らか知らねえが、女優に手切れ金
払っちまったから、余計な出費を嫌ったんだろ」
鉄男が言った。
「嫌った?てめえの息子が攫われたのに?」
「親ってのはそんなモンだろ」
鉄男の言葉に直也は苦い顔で頷いた。
「あの夫婦は再婚だそうです」
勇次が言った。
「あと記事にもある様にお父さんの会社、実は火の車で大変みたいで。
だから、それもあるのかもしれませんね」
仙道兄弟は驚いて勇次を見た。
「おい、初耳だぞ。お前、ちゃんとあの家のコト調べたんじゃねえのかよ」
鉄男が直也に厳しい目を向けー
「俺らがあのまま仕事続けてたら、
俺らが父親に出し抜かれてたかも知れねえんだぞ?」
押しの強い声色で言った。
「え!?え・・・・と。ていうか、そんなゴシップ記事
適当な噓かもしんねえだろ!?こいつの言う事もよぉ!」
直也はアタフタしながら勇次を指差した。
「アイドルの熱愛は完全に信用してたじゃねえか」
鉄男が冷静に詰める。
「そ、それはーあんなのだって噓だよ!
そもそも俺はyou tuberなんかと里穂ちゃんの熱愛なんか
信じねぇたくねえんだ!」
「でも、信じて狼狽えてたじゃねえかよ」
「・・・・」
揉める仙道兄弟をしばらく見ていた勇次は
ジッと何か考えると、運転席から飛び降りた。




