表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/61

筧祥史

          

           3   

 

右足が痛みやがる。

十一月の暮れ、例年より早い寒さの到来により、

痛みが頻繁に訪れていた。

 いや、今日の痛みはそれだけじゃない。

ムカついてるからだ。

 筧は舌打つと右足を引き摺りながら

大通りへと出た。

 タクシーを止めようと手を挙げる。

が、一向にその姿は現れなかった。

 面倒臭え、電車使うしかねえのかよ・・・・。

 筧がそう思った時、1台の車が目の前に

滑り込んだ。

 だが、それはお目当てのタクシーではなく、

黒塗りのセダンだった。

 筧の目の前、黒いスーツに白シャツ、

ノータイ姿の男が2人、セダンから降り立つ。

「筧さん、いつになったら返済して

くれるんですかね?」

 細身で長身の40代男、大沢 一仁が

冷たい目を筧に向けた。

 筧はそれを意に介さず、島川から

貰ったライターで咥えた煙草に火を点け、

大きく煙を吐き出す。

「四千万は簡単じゃねえからなぁ。

金が出来たら、だ」

 大沢の隣に立つ、恰幅のいい40代男、

真野 和良がゆっくりと筧に詰め寄る。

「 ほんと落ちぶれたなぁ、元刑事さんよ。

大金借りてまで始めた事業がコケて

今じゃ、しがない探偵業とはよ」

 真野は更にニヤニヤ顔を筧の眼前に

突きつけた。

「さっさと強盗タタキでもやって、

金作ったらどうだい?あ、でも無理か

その足じゃ。アクティブな事は

出来ねえよなぁ」

 薄ら笑いを浮かべる真野。

突如、その顔面に筧の拳が叩き込まれた。

 真野は、血が溢れ出る鼻を押さえながら

呻き、膝をついた。

「ふざけんなよ。アホな利子で借金

かさませやがったくせによぉ」

 筧は咥えたままだった煙草を真野の

足元に吐き出した。

「オヤジ(会長)だから、あんたみたいな

人に大金貸してくれたんですよ。

返さなきゃ嵩むのは当然でしょう?」

 大沢は目の前で今起きた事に動じること

なく、淡々と己の言い分を告げた。

「けっ」

 筧も熱くなる事無く、今度は大沢に

向けて唾を吐いた。

「・・・・オヤジもいい加減、

怒り狂ってますから」

「何度も言わせんなって、梶谷のオッサンに

言っとけ。俺が現役の頃、どんだけ世話して

やったと思ってんだ?俺がいなきゃ、てめえは

今もムショの中だったんだぞ、ってな」

「直接言ったらどうです?」

「あ?」

「もう充分、義理は果たした。オヤジは

そう言ってますよ」

「・・・・」

「いらっしゃるときは金も忘れずに。

でないとー」

 筧が大沢の言葉を遮る様に詰め寄る。

「でないと、何だ?具体的に言ってみろ」

「オヤジは、あんたに対する方針を

固めたって事です」

「・・・・」

「オヤジから言伝です。二日待ってやるんで

必ず持ってこい、と」

 大沢はそう告げると、立ち上がった真野と

共にセダンに乗り込んだ。

「ちっ」

筧は舌打ち、走り去るセダンを

ジッと睨みつけていた。


           4


 かつては警視庁 組織犯罪対策部 暴力団対策課に

所属する刑事だった。

 取り締まり対象である暴力団はもちろん、

身内の刑事達も一目置く存在で、

筧は将来も有望だった。

 ただ、私生活がいけなかった。ギャンブル、

風俗、酒に異常な程の金を使い、やがて警官の

薄給では追いつかなくなっていた。

 そして、いつの間にか暴力団との陰の

付き合いを始めるようになった。


 かつては持ちつ持たれつだった警察と

ヤクザだったが、暴対法が施行された

現代では、無闇に会う事や話す事も

禁じられ、敵対関係が明白になった。

だが、筧はかつての交友関係を人知れず

続け、内偵の情報をリークしては、

多額の賄賂を受け取っていた。


 大沢たちのボス、梶谷組組長 梶谷 巌も

殺人容疑で逮捕寸前のところを筧が

身代わりを仕立て上げ、救った事もある。

 服役経験が何度もある梶谷は、

次に立件されれば確実に無期懲役を

言い渡される身であった。

 だが、前組長 宇陀から隠居後の組を

託されていた梶谷はここで収監される

訳にはいかないでいた。

 梶谷は何度も何度も筧に感謝の意を伝え、

それ以降彼の言う事は何でも聞いてきた。


 だが、4年前に全てが変わった。


 筧は梶谷組とは別の組織とも懇意に

付き合っていたが、リークの度に

報酬の額を釣り上げていた。

 それに耐え兼ねたある幹部が、


 ”裏社会と通じ賄賂を受け取る

警視庁の刑事の存在ー筧を匂わすー”

の情報を匿名でリークした。


 物証などは普段から残さない様に

していたのですぐに査問委員会などに

掛けられる事はなかったが、

内部監査は、注意深く筧に目を

光らせる様になった。

 

 筧は頭にきた。

密告チンコロしたのは誰だ!?”


 やがて、独自の調査でその幹部に辿り着き、

秘密裏に彼の自宅を訪れると、

捜査の名目で殴りつけた。

 しかし、執拗に暴力を受けブチ切れた相手が

拳銃チャカを抜き、遂に発砲した。


 弾丸は筧の右足を壊した。


 銃声を聞きつけた近隣の通報により、

筧の隠密の行動は露見した。

 筧は上層部に”捜査”を主張した。

 だが、これが令状フダも無い

単独での違法捜査という事で、

すぐさま査問委員会に掛けられた。

 しかも重傷を負わされ怒った幹部が、

筧の悪事全てをこれまた匿名で

週刊誌にリークした。


 上層部はあらゆる手を使いその記事を

なんとか削除させたが、いつ表沙汰に

なるかわからないこの事案と、

先の賄賂の件を懸案し、使い物に

ならなくなった筧をこう諭した。


“このまま、疑惑を追求され続けるか、

それとも辞表を書くか、選べ”と。


 筧は自棄になり辞表を書き、警視庁を辞めた。



 無職になった筧は事業を始めようと、

一番付き合いがあり、恩を売っていた

梶谷に相談した。

 すると梶谷は、いきなり四千万を

貸してくれた。筧はすぐさま飛びつき、

警備会社を起こした。警備といっても

ビルの前などにに立っている

制服警備員ではなく、要はクラブなどの

用心棒的な類だった。


 が、事業は全く上手くいかなかった。

 元々金勘定もまともにした事がなく、

経理の事など全くわからなかった。

 更に顧客にする筈だった裏社会の

人間たちに、かつての刑事時代の様な

不遜な態度が出来ない事に気付いた。

向こうはあくまで客で、こちらは仕事を

請け負う側。そんな当たり前の事すら

わからないほど筧は暴力に染まって生きて来た。


 事業は案の定、頓挫した。


 途端に梶谷組の追い込みが始まった。

美味しい話でこちらを引き込み、

最終的には相手から搾れるモノを

搾れるだけ絞り取る。 

 そんなヤクザの常とう手段を嫌という程

知ってた筈なのに、あの時全てに

焦っていた筧はそれを見失っていた。


事業を畳んだ後は、フリーの探偵を名乗った。

だが、依頼といえば浮気調査などしがない案件

ばかり。小さな稼ぎしかなかった。

自棄になって夜な夜な二丁目で呑んでる時、

その界隈で売りをやっていた島川と出会った。

 それまで、男に興味はなかったが、

島川は女以上に魅力的だった。

 あっという間に、関係を持った。

 何もかも失くした筧を愛してくれた島川が

他の人間に抱かれるのを嫌い、

売りを辞めさせ、ありったけの金で

居ぬきの中古物件を買い、BARの店長に据えた。


 あいつの為に今の状況をなんとか

抜け出さねば。

・・・・いや、俺自身の為にも

何が何でも全てを変えなければ。

そう思いながら筧は遠藤家に向かう為、

タクシーを改めて拾った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ