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当たり屋

           1


 秋空の下、2tのゴミ収集車が雑居ビルの

前で停車し、作業員の沼田明が助手席のドアを

開けて降りると声を張り上げた。

「植田君、さっさと降りて!」

 車内でウトウトしていた植田勇次はハッと

目を開けた。

隣の運転席に座る老運転手が顎で“行け”と

指図する。

 勇次は慌てて車を降りると、

先に作業していた沼田と共にたどたどしさも

ありながら多くのゴミ袋を手に取り、

次々と巻き込み式の箱に放り投げていく。


 黙々と作業が出来るバイトは無いか?

そう考え、勇次はこのゴミ収集を選んだ。

 が、まだ働き始めて日の浅い勇次は

既に後悔していた。

臭いもキツイいし、思った以上に体力がいる。


 21歳になるまで、特段運動と

いうものに触れてこなかった。

というか、苦手だった。

 勉強も出来るわけでもなかったから

家庭教師みたいなバイトも無理。

 いよいよ、自分に出来る事は何があるんだろう?

勇次はそう考えながら黙々と作業を続けた。


 回収をすべて終えると、ギューギュー詰めの

車内に戻り次の場所へ向かう。

 このバイトを選んで後悔した理由は

もう一つあった。

それは移動中の車内。

人付き合いの苦手な勇次にとって

力仕事と同等かそれ以上に辛い事だった。

 勇次は老運転手と沼田に挟まれ、

黙って前を見据えていた。

「植田君さぁ、年幾つ?」

沼田が聞いてくる。

「え?えと、21です」

・・・・それ以上の会話が出てこない。

沼田は小さく息を吐くと勇次に話しかける

のを止め、スマホを取り出し画面をいじり出した。

勇次自身、分かっていた、こんなんじゃ

ダメだって事は。

だが、そう考えれば考える程

心の中の沼に嵌った。

車内には勇次はもちろん、沼田の様な若者にも

興味のない老運転手の口笛だけが響いた。



 事業所に着く頃には今日1日分の

気苦労を勇次は抱え込んでいた。

 収集車が停車するや、沼田は老運転手に

挨拶もせずに降りる。

勇次もそれに続いた。老運転手に

ペコリと頭を下げてから。

「じゃあ、30分休憩ね。そしたら

仕分けすっから」

 沼田はそう言うと向かって正面、

事業所入口脇にある屋外の喫煙所へと

小走りで向かった。


 勇次は作業着のポケットから

財布を取り出し、小銭入れを開いた。

130円しか入っていない。

勇次はそれを取り出し、喫煙所にある

自動販売機に向かった。

 煙草を吸いながら談笑する

沼田と他の同僚たちに頭を下げ、

自動販売機の前に立つ。紫煙が鼻をつく。

 ・・・・勇次は欲望を押さえ、

硬貨を投入口に入れる。

 と、背中に視線を感じた。

 きっと沼田らが自分に冷ややかな目を

向けているんだろう。

ムズムズする背中に違和感を感じながら

ペットボトルのスポーツドリンクを

購入すると、足早にその場を離れた。


「マジつまんねえ、あいつ」

 沼田が煙を大きく吐き出して言った。

「ああ、あの新入り?」

プロレスラーみたいにガタイのいい、

沼田と同じ20歳半ばくらいの同僚が言った。

「こっちが気ィ利かせて話しかけて

やってんのによ。ノリわりいんだ。

作業も遅えしよ」

そう言った沼田は煙を大きく吸い込む。

「前にあいつとシフト一緒だったオッサンいたろ?

 え~と、名前なんだっけ?」

煙草の沼田は人差し指で自分の眉間を

トントンと叩いた。

「谷さんじゃね?」

レスラーとは正反対にガリガリに

やせ細ったこれまた沼田らと同年代らしき

同僚が言った。

「ああ、そうそう。谷さん」

沼田は合点がいったとばかりに大きく手を叩いた。

「あのオッサンから、あいつの事聞いててさ。

だから俺、憂鬱だったんだけど案の定だった」

「案の定って?」

レスラーが尋ねた。

「最悪」

沼田が答える。

「ああ、なんとなくわかる。

よく知らないけど」

ガリガリが言った。

「俺も一緒した事ねえけど、まあ、

面白みのあるヤツには見えないよな」

レスラーも同調した。

「なあ、シフト変わってくれよ」

沼田は掌を擦り合わせて懇願した。

レスラーとガリガリは目を合わせるなり

「断る」

そう言うとゲラゲラ笑った。


 喫煙所からは死角になるコンクリート

打ちっぱなしの柱の陰に

隠れて沼田らの会話を聞いていた勇次は

寂しそうにペットボトルを口に運んだ。

「植田君」

どこからともなく所長の岸部が

やってくると勇次の前で足を止めた。

「な、なんでしょう?」

勇次は嫌な予感を胸に答えた。

「ちょっといいかな」

微笑んで言う岸部の目は笑っていなかった。



就業時間も終えぬ内に、勇次は

トートバッグを肩に掛け、事業所から出てきた。

「はあ」

ため息しか出なかった。

またクビになった。理由はもう考えない

ようにした。だいたい分かってるし。

ただ、目の前の現実を受け入れるだけだ。

 ・・・・にしても、みんな俺の事

ロクに知りもしないで目先の

イメージだけで決めつけるなんて。


          2


勇次のアパートは中野区・東中野の外れにあった。この辺りは家賃物価が高いのだが、

住居に拘らない勇次にとっては関係なかった。

 この場合の拘らないっていうのは

賃料ではなく築年数や間取りの事で

ーおかげで東中野しては安いー。 

そもそも高校卒業以来、定職に就いた事の

ない勇次には何事においても拘りなんて

モノを持つ余裕は無かった。

 東中野に決めたのも、不動産屋のオジサンが

何気なしに勧めてきたからだ。



 何年も住むそのオンボロアパートに近づくと、

勇次はおもむろに足を止め電柱の陰に隠れた。

視線の先、102号室のドアを大家の浜田真紀子がノックしていた。

「植田さーん、いないのお!?」

 真紀子は何度も何度もドアをノックしている。

「家賃。払ってちょうだい!先月分も

まだなのよお!」

 勇次は気配を消し、いそいそとその場を離れた。



 アパートから歩いて数分にある児童公園に

勇次はいた。

ベンチに腰掛け、ボーっと目の前の景色を眺める。

 元気よく駆けまわる男の子を母親らしき女性が

追いかけていた。楽しそうだな。

 勇次は頭を切り替えるとスマホを取り出した。

新しいバイトを見つけなきゃ。

求人サイトを漁るがどうしても気が乗らない。

どうせ、またすぐにクビになるんだ。

 勇次は出したばかりのスマホを早々としまうと、

トートバッグから型落ちのノートPCを

取り出した。トップを開き電源を入れ、

イラストレーターを立ち上げると

多彩な彩りが施された架空の動物が現れる。


“カチャカチャカチャ”。

見開きの白紙部分に文字が綴られていく。

“ひとりぼっちのネロは、どこへ

行けばいいのか悩んでいました”

 そう打ち終わると、勇次の手はまた

止まってしまう。

「・・・・どうせ俺のなんか誰も読んで

くれないって」

 ため息をつく勇次が背後に気配を感じる。

振り向くと数人の老人が画面を注視していた。

「わっ!」

 慌ててトップを閉じる勇次。

「何作ってんだい?」

 老人の1人が勇次に聞いた。

「いえ、大したモノじゃないんで」

「隠すことないだろうに」

 つまらなそうにその場を去る老人たちを

見送り、勇次はまたため息をついた。


 陽が落ちてきていた。

公園に人影はなくー唯一いるのはベンチで

居眠りしている勇次だけだった。

「寒っ!」

 寒風に晒され、勇次は飛び起きた。

と同時にお腹が鳴る。


 銀行ATMの自動ドアが開く。

勇次は力ない足取りで出てくると手にした

数枚の札と

利用明細表に目を落とした。

「はあ・・・・」

 明細表に記された残金は515円。

勇次はその紙を握りつぶすとポケットに突っ込み、

数枚の札を財布にねじ込んで再び歩き出した。



 スッカリ陽の落ちた十一月の空の下、

勇次はネオンで賑わう商店街を歩いていた。

 行き交う家族連れやカップルには笑顔が

溢れている。

 そんな人々を眺めながら、歩いていた勇次の足が

家電量販店の前で止まった。

 店先に陳列された幾つものテレビに

ニュース番組が映し出されている。

 女のキャスターが今しがた起きた

コンビニ強盗の犯人が逮捕された旨を伝えていた。

 犯人が店員を包丁で脅したが、店員が素直に

金を出さなかった為に切り付け、無理やりレジから

金を出させ奪い逃走した、と伝えている。


『仕事にありつけず、金が欲しくてやった』

犯人の動機も事件の経緯と共に報じられていた。


「俺にはとても出来ないや」

画面を見ていた勇次は呟いた。

 勇次も金が欲しかった。気持ちはわかる。

・・・・だが。

犯人に肩入れしそうになった自分を恥じ、

勇次はその場を離れた。



 勇次は目の前の『牛丼 並 480円』と

書かれている幟を見つめていた。

「う~ん」

 新しいバイトを見つけるまで、収入はゼロ。

今、手元にある僅かな金で生き延びねば

ならなかった。480円すら手痛い。

 ふと、勇次は牛丼屋の隣に目をやった。

『焼き鳥 100円~』と書かれた看板を

掲げた居酒屋がある。

 酒は20歳を過ぎたばかりの頃、ムシャクシャ

した時にアパートで人生初の飲酒を試みたがすぐに

顔を赤らめ、気分が悪くなった事がある。

だから居酒屋ってモノに入った事がない。

 だが今は・・・・

「何も食べないよりマシか」

割り切った勇次はそう呟くと引き戸を開けた。


 入口から一番奥、カウンターの一番端っこに

腰掛けた勇次は、ラミネートが貼られた

メニュー表を凝視していた。

 そこへ女性店員がやってきて、

「ご来店ありがとうございます」

 笑顔と共にもつ煮込みが入った小さな小鉢と

おしぼりを勇次の前に置く。

「あの、頼んでませんけど・・・・」

 勇次は小鉢を見て言った。

 女性店員の表情が一瞬、フリーズする。

「えと、お通しです」

「お通し?」

「はい、お客様には必ず出してまして」

「・・・・タダですか?」

 困惑する女性店員。

「・・・・いえ。ウチは300円頂いてます」

 女性店員がメニュー表の端を指差す。


『当店ではお通し300円頂いています』

と黒マジックで書かれている。


「あの、これ要らないです」

「え?」

 更に困惑する女性店員がカウンター中に

目をやる。

勇次が彼女の視線を追うと、

カウンターの中で調理している店主らしき

強面の中年男性が険しい表情で勇次を

ジッと見ていた。

「お兄さん。なんで居酒屋にお通しがあるか

知ってるかい?」

店主は野太い声を勇次に投げた。

「・・・・すみません、居酒屋さんてあまり

来た事なくて」

 店主は小鉢を指差した。

「その店の味を知ってもらう為の、

いわば招待状みたいなモンだ」

「はあ」

「お通しを食えば、その店のレベルがわかる。

店としては自分らの味を簡潔に伝えられて、

気に入ってくれりゃ他のメニューにも興味を持って

もらえる。客としてもその店を計るバロメーターに

なるんだよ」

「はあ・・・・」

「お通しが要らないって事はウチの店を

否定したって事だ」

 店主はなんか正論の様な、無茶苦茶な様な文言を

勇次に投げた。

「お、俺はそんなー」

 店主は掌を差し出し、勇次を制した。

「食えばわかるさ。ウチの良さが。な?」

「・・・・はい」

 店主がニコリ微笑むと、女性店員が

「では、飲み物からご注文お伺いします」

「・・・・えと、飲み物はいいです」

 女性店員の顔がまたフリーズ。

店主の表情がまた険しくなった。

「?」

 勇次はまた困惑する。

「あの、1ドリンク制でして」

 またメニュー表に目を落とす勇次。


女性店員が言ったのと同じ文言が

お通し同様に書かれている。

『当店は1ドリンク制とさせて頂いてます』


 女性店員に念を押された勇次は悩んだ挙句

メニューを指差し、

「じゃあ、ウーロン茶を」

「わかりました。お食事はいかがなさいますか?」

 やっと目的の食べ物だ。でも、恥ずかしい。

 勇次は大きく唾を呑み込むと意を決し、

「えと、焼き鳥のモモを1本」

 そう言った。

 女性店員の顔がまたまたフリーズ。

勇次は恐る恐る、店主を見た。

店主のこめかみに血管が浮き出ている。

「あの、100円の焼き鳥は2本からの

ご注文を受け付けてまして」

 またか。どうせメニューに書いてあるんだろう。

勇次はメニューに目をやるのを止めた。

「・・・・じゃあ、2本」

「お後は?」

「お後?」

「シソ巻きは特に絶品だよ」

しどろもどろの勇次に店主が

押し付け気味に言った。

「じゃあ、シソ巻きを・・・・」

 勇次はそう返すと、大きく項垂れた。


 シソ巻きは店主の言う通り、絶品だった。

どうせお金を払うんだ。勇次は噛み締める様に

味わった。

 恥ずかしさと緊張から解放されたからか、

店内は賑わい、多くの客の笑い声で

満ちていることに勇次はやっと気づいた。

自分にも友達や・・・・付き合ってる女性とか

いれば、こういった店でバカ話に花を咲かせて

楽しんだのかもな。

あ。そもそも金無いから無理だ。

勇次はこの場にいるのがいたたまれなく

なった。

 すると、


「当たり屋あ?」

大袈裟な声の方へ目をやると、同じカウンターの

1席開けた向こうに腰掛けた2人のサラリーマンが

ジョッキを手に談笑していた。

「今時いるんだな」

サラリーマンの1人、イケメンが大袈裟な声に

続けて言った。

「ああ。ビックリしたぜ、いきなり目の前に

飛び込んでくんだからさ」

イケメンの1.5倍イケメンなもう1人が

呆れた様に返す。

「で、どうなったんだよ?」

「どうもこうも。こっちは赤信号だったから

スピード緩めて完全に停まったばかり

だったからさ」

「なんだそれ?」

 イケメンは呆れて笑った。

「だろ?バレバレなんだけどさ、本人はイケると

思ってたんだろうな。

勝手にぶつかった後、地面にへたりこんで

“痛い痛い!”って喚いてんだよ」

1.5倍はそう言ってジョッキを呷った。

「痛くないだろっての」

「だからさ、車降りてそいつに言ったんだよ。

“ドライブレコーダーに全て映ってるけど。

警察行く?”ってさ。

そしたらそいつ、飛び上がって逃げちまってさ」

 サラリーマン2人は大声を上げて笑った。

「どうせやるならもっと上手くやれってんだよな、命がけでさ」

「そうすりゃ元手無しで稼げんのになあ」

 サラリーマン2人はまた大声を上げて笑う。

 だが、勇次は笑わずにその話を聞いていた。


          3


夜の国道に勇次は1人、立っていた。

「なにやってんだろ・・・・」

 勇次の目の前、車が凄いスピードで

通過していく。

 夜になり、交通量の少ないこの道路を、どの車も

高速道路ばりに飛ばしていた。

その勢いに勇次は戸惑う。

だが、戸惑いはもう一つあった。


 ・・・・誰かを傷つける訳じゃない。

俺自身が傷つくだけだ。


 勇次が強引に戸惑いを払拭すると、

右手の向こうに見える信号が赤になり、

停止線の向こうに黒のセダンが

1台停車した。

 勇次は意を決する。

「よ、よし。次来たら行くぞ」

言葉とは裏腹に身体がガクガク震える。

 信号が青になり、セダンが勢いよく走り出す。

勇次は迫るセダンを凝視した。

「命がけ、命がけだ・・・・」

セダンが迫ってくる。

「・・・・行くぞ」

セダンが間近に迫る。

勇次は震える足に力を込め、

一歩踏み出した!


 国道から離れた閑静な住宅街。

勇次は肩を落とし、人気も車も無く、街灯も

僅かな路地をトボトボ歩いていた。

「やっぱ、俺には無理だって・・・・」

十字路に差し掛かった。

自分に落ち込んでいた勇次は周りも気にせず

歩き続けていた。

突如、右手からエンジン音が響く。

 勇次がその音に反応し、目をやった時には

白いハイエースが眼前にあった。

 『ドン!』鈍い音と共に勇次の身体が

宙を舞い、今いた場所から数メートル

離れた電柱の傍ら、そこに集められた

ごみ袋の山に突っ込んだ。

それと同時にハイエースが激しくタイヤを

軋ませながら急停止する。

続けて助手席のドアが勢いよく開き、

ドカジャンにカーキのカーゴパンツ、

編み上げのブーツを履いた大柄な男が降りた。

「う、う~ん・・・・」

痛みに呻く勇次に男が駆け寄る。

「・・・・あの、い、慰謝料貰えますか?」

そう言うと勇次は気を失った。

 男は勇次を抱え上げ、地面に落ちた

トートバッグを拾い上げると、ハイエースの

後部座席に放り込んだ。

「出せ!」

男が助手席に戻りながらそう言うと、

ハイエースがエンジンを吹かし、急発進した。


「なんでそんな奴、乗せんだよ!?」

 大柄な男と同じいで立ちをした痩せた男が

ハンドルを握りながら助手席に目をやった。

「バカか!?あんなトコに放っといたら

轢き逃げだ!そっから足つく訳に

いかねえだろが!」

大柄の男が怒鳴る。 

「けどよ」

「いいから飛ばせ!」

 不服そうな痩せた男に、大柄な男は檄を

飛ばした。


 ハイエースは中野区から50分ほど

下道を走り、大田区蒲田の外れにある

夜の街を走っていた。

周囲には人気、灯りの点いた建物も無く、

男たちは我が家に帰って来たかのような

安堵の笑みを浮かべ、互いを見合った。

 そうこうしてる内に、今は使われていないで

あろう廃工場の前でハイエースが止まった。

 運転席から痩せた男が降り、建物向かって

正面のシャッターを勢い良く開けると

運転席に戻り、徐行させたハイエースを

中に入れる。

 何かの工場だったのだろう、大きな作業機械が

置いてあった名残が所々にある広い敷地内に

ハイエースが停車した。

「急げよ」

大柄な男に言われ、痩せた男は

「人使い荒いんだからよ」

そう呟くと、再び車を降り、シャッターへと

駆けた。


「う、う~ん・・・・」

 後部座席で横ざまに寝転がっていた勇次が

スライドドアの開く音で目を覚ました。

救急車?の天井が見える。

身体が軋んでいた。凄く痛んだ。

このまま気を失ってた方が楽だったのかも?

そう思いつつ、なんとか身体を起こした。

するとー

「うわっ!」

 大柄な男がスライドドアの向こうから自分を

ジッと見ていた。

「動けるか?」

 男の問いかけに勇次は恐る恐る頷いた。

「あ、あの、ここは病院ですか?」

 男が眉を潜めた。勇次は思わず身を竦める。

「動けるか?って聞いてんだ」

「え?」

勇次は、ゆっくり腕を回し、

「な、なんとか・・・・」

 男がいきなり車内に飛び込んでくると

勇次を俯せさせる。

「え!?」

 男は手際よく勇次の手を背中に回し、

結束バンドで縛った。

「ええっ!?」

 訳が分からずパニックに陥った勇次を

車内に残すと男は車から降り、ドカジャンの

ポケットから出した煙草を咥え火を点けた。

「鉄ニイ、これで安心だな」

シャッターを閉め、戻って来た痩せた男が

機嫌よく言った。

「バカ。名前呼ぶなって言ってんだろが」

鉄ニイと呼ばれた男、仙道鉄男は弟の

仙道直也の額にデコピンした。

「あ。ごめん」

 直也は車内で俯せ、もがいている

勇次に目をやり、

「なんだ、ピンピンしてんじゃねえか」

鉄男は咥え煙草で、勇次の身体を

ハイエースから引き摺り出して立たせた。

 それに合わせるかのように直也は

後部に向かう。

「あ、あの・・・・」

勇次が言いかけた時、直也が開けた

リアゲートから何かを担ぎ上げ戻って来た。

「え?」

 直也の肩には両手両足を縛られ、

猿轡をされた少年が乗っていた。


「事務所に放り込んどけ」

「わかった」

 鉄男の指示を受け、直也が勇次を

睨みつける。

「おい、ピンピン野郎。向こうまで歩け」

「ピンピン?いや、身体かなり痛いん

ですけど・・・・」

 直也は勇次の大腿部を思い切り蹴り上げた。

「痛あああっ!」

「ガタガタ言わねえでさっさと

歩きゃいいんだよ!」

「は、はい!」

「ほら、向こう行け!」

 直也が顎で指す先、プレハブ作りの

簡易的な事務所がある。

勇次は少年を担いだ直也に追い立てられる

様に恐る恐る事務所に向かった。

直也が途中で勇次を追い越し、ドアを開ける。

8畳ほどの室内にはスチール製のデスクと

チェアが2つずつ、壁に立てられた同じく

スチール製のロッカー、来客用なのか

木製のローテーブルにソファがあった。

「座れ」

勇次は直也が顎で指したソファに恐る恐る

腰を沈めた。

直也は続けて勇次の隣に少年を座らせると、

「逃げようとしたら殺すぞ」

 コートのポケットから出した

小ぶりなナイフを勇次の鼻先に突きつけた。

「は、はい!」

 直也はナイフをしまうと勇次たちを残し、

事務所を出て行った。

「・・・・な、なんなんだよ?」

勇次は不安に駆られ、心拍が上がる

身体を震わせた。

「どうなっちゃうんだ?」

 アタフタする勇次がふと、隣の少年に

目をやると、少年もこちらを見返してきた。

 10歳くらいだろうか?

こんな状況なのに涙一つ見せずに。

とても怖いだろうに。

 俺が狼狽えてちゃダメじゃないか?

勇次はそう考えると、少しでも

落ち着こうと努めた。


          4


鉄男はパイプ椅子に座り、目の前の

2×6テーブルに両足を乗せたまま

煙草を吹かしていた。

「とりあえず上手くいったな、鉄ニイ。

初めてにしちゃ上出来だよな」

 事務所から戻った直也が兄の向かいに座り、

上機嫌で言った。

「バカ。名前呼ぶなっつってんだろ」

「あ。ごめん」

 直也はポケットから出した煙草を咥え、

100円ライターで火を点けた。

「でもチビの親、ホントにサツに

連絡しねえかな?」

「俺が親なら、あのメモ見たら騒ごうなんて

思わねえ」

鉄男は言った。

「そうだな。っていうか腹減ったよな?

何か買ってくる」

 咥え煙草で立ち上がる直也。

「チビの分も忘れんなよ」

 釘を刺す様に鉄男が言った。

「はあ?食わさなくていいじゃねえか。

金もったいねえしさ」

「メモに書いたろ?約束は守る。

じゃねえと、言う事聞く奴も

聞かなくなっちまうからな」

「生真面目だなあ」

「お前が不真面目なだけだ」

「そうだ。あのピンピン野郎はどうする?

邪魔だから殺しちまおうか?」

「殺しは無しだ」

「けどよお」

「殺して、死体はどうすんだ?」

「え?」

「ここで殺して、ここに置きっぱなしって

訳にゃいかねえだろ?じゃあ、どっか山ん中に

でも埋めんのか?その時間が俺らに

あんのか?あ?」

 直也は兄に凄まれ、委縮するしかなかった。

「わかったよ」

「それにな」

「は?」

「行き当たりばったりだが、あの野郎の

親からも金もぎ取れるだろ?」

 兄の提案に、直也の顔がパッと明るくなった。

「そうか!じゃあ、あいつの分も

買ってくるか?」

「いや、いい。あいつの親にゃ何も約束

してねえからな」

 鉄男は笑ってそう言うと、短くなった

煙草を灰皿に押し付けた。


 勇次はジッと考えていた。

あの人たちは?隣の少年に目をやる。

この子を誘拐したのか?で、逃げる道中で

たまたま俺を跳ねちゃってその場に

置いとく事も出来ずにここに連れて来たのか?

 勇次は深くため息を吐いた。

何て運のない男なんだ、俺は。

昔からそうだった。学生時代、仕事でも恋愛でも、

何かを求めても必ず自分の想いとは

反対の結果になる。

 その内、勇次は期待する、という事を

しなくなった。

期待しなけりゃ落胆も無い。その方が楽だった。

と、少年が勇次の方に顔を向けて来た。

「!あ、と・・・・」

 勇次と少年が互いにどうしていいか

わからずモジモジしていると、

ドアが乱暴に開き、鉄男が入って来た。

勇次は心臓が飛び上がるのを感じた。

鉄男は何も言わず、勇次の前で屈み込むと

勇次のズボンのポケットを漁り出した。

「うわっ」

「おとなしくしてろ」

 鉄男は勇次の後ろポケットから財布を、

前ポケットからスマホを取り出した。

「身の上検査だ」

 鉄男はそう言うと、トートバッグも持ち、

事務所を出て行く。

 勇次はその後ろ姿を黙って見送るしかなかった。


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