1 バケモノ -2
「心の闇を抜き取られた者を、バケモノって呼ぶのも変だよな」
公園のベンチに落ち着いた俺たちは、買ってきたハンバーガに喰いついた。アキラのポテトはもう半分はなくなっていた。
青空は高く、白い雲がちらほら浮いている。木々が青々と茂り、鳥が隠れているのか、歌う声が聞こえた。
こんな美しく平和な昼下がりに、バケモノの話は不似合いだが、俺は先ほどのえくぼの女の子が気になっていた。
バケモノと呼ばれるが、当人がバケモノだとバレることはほとんどない。アキラのような特殊な人間は別として、普通の人が見れば、ただの良い人と、ロストアンガーを受けて良い人間になった人とは、区別がつかないからだ。
ロストアンガーを受けても、記憶は消されることはない。罪を犯した自覚があるバケモノたちは、自分を知っている者がいる土地には行かないし、手っ取り早く顔を代えてしまう者も多い。
知っている者がいなければ、ただの良い人なのだ。ちらりと疑う人がいるかもしれないが、まさかこんな良い人がという心理が働いて、うやむやになり、やがてその疑いも風化していくことが多かった。
「それはそれで、人間じゃないんですから、バケモノでいいんじゃないですか」
アキラがぶっきらぼうに言った。
アキラは徹底して、ロストアンガー嫌いだ。
手についた油をペーパーで拭っていると、ポケットに突っ込んでいたスマートフォンが震えた。
取り出して表示を見ると、「なかよしマート」から着信。
「アキラ仕事だ」
俺は短く言って立ち上がった。
「なかよしマート」は俺の職場だが、決して「なかよし」な職場ではない。
アキラは音をたてて、シェイクを最後まで吸い上げた。まったく、食事の時に甘いシェイクを一緒に飲むことが、俺には信じられない。
アキラはのっそり立ち上がり、ゴミを俺に押し付けた。
「ノイズが出た。RC4022番。東京都」
なかよしマートの店長、白井がプリンターから吐き出された紙を睨んで言った。
「R番って、結構最近ですね」
「東京にいるって……地方から来たのかな」
もちろん、「なかよしマート」はスーパーマーケットではないし、白井店長も店を切り盛りしているわけではない。
「なかよしマート」は政府非公認のバケモノ対策組織である。
ロストアンガーを受けた者は、一生良い人としてつつがなく人生を終える。
ただ、たまに壊れる者がいる。原因は分からない。記憶は残るわけだから、罪の意識にさいなまれ、精神がやられてしまうとか、悲しみの感情は残っているので、その悲しみの行き所がなくなり心を患ってしまうとか、そもそも人間の感情をコントロールすることに無理があるとか、いろいろ言われているが、はっきりしたことは解明されていない。
とにかく、神経にノイズが発生し、果ては発狂してしまう者が、わずかだがいた。
ノイズはレベル1から始まり、レベル5になると発狂に至る。その発狂はクラッシュと呼ばれる。
クラッシュが自分に向かえば、本人の自殺で済むからまだいい。
問題は周りの破壊につながった場合だ。この場合、本人には怒りも動機もなく、悪意すらない。ただただ周りを破壊していく。悪意なき殺戮などと、最悪なことになる。
その場合は、抹殺対象となる。それをこの業界では、浄化という。
なぜそのノイズが分かるかというと、ロストアンガーを受けた者は、チップを埋められるからだ。
そして、これが俺に言わせれば、ロストアンガーの胡散臭いところだと思うが、チップを埋められることは、本人たちは知らない。
知っているのは、日本政府と、政府非公認と公認されている、俺たち「なかよしマート」の連中だけだ。
「野島紗英子、三十。ロストアンガーを受けたのは、五年前か」
「対象レベルは?」
「まだ観察」
「東京のどこ?」
「東京都、E区」
アキラがうんざりしたような声を出した。
「また、人の多いところで」
店長はアキラのぼやきを無視して、スマートフォンのような機器を俺に渡した。
画面には地図が表示され、光が一つピコピコと点滅している。画面右上には、ノイズレベル1の文字。ロストアンガー被施術者追跡装置、通称「バマホ」。埋め込まれたマイクロチップは発信機も兼ねている。俺たちは、この点滅が示す人物を探し出せばいい。
ただし情報はそれだけ。対象者の顔も体型も分からない。どんな犯罪を犯したのかも分からないし、その背景ももちろん分からない。
分かっているのは、名前と年齢といつバケモノになったか。それから、今いる場所。
名前を教えてもらえるのだから、どんな罪に問われたのかは、調べれば分かりそうだが、よほど有名な事件でもない限り、時間がかかりすぎる。それにそんなことは、俺たちには関係ない。
対象を見つけて、浄化対象となったら、浄化する。
俺たちに求められているのは、それだけだった。