表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストアンガー  作者: さら更紗
1 バケモノ
2/25

1 バケモノ -2

「心の(バケモノ)を抜き取られた者を、バケモノって呼ぶのも変だよな」

 公園のベンチに落ち着いた俺たちは、買ってきたハンバーガに喰いついた。アキラのポテトはもう半分はなくなっていた。

 青空は高く、白い雲がちらほら浮いている。木々が青々と茂り、鳥が隠れているのか、歌う声が聞こえた。

 こんな美しく平和な昼下がりに、バケモノの話は不似合いだが、俺は先ほどのえくぼの女の子が気になっていた。

 バケモノと呼ばれるが、当人がバケモノだとバレることはほとんどない。アキラのような特殊な人間は別として、普通の人が見れば、ただの良い人と、ロストアンガーを受けて良い人間になった人とは、区別がつかないからだ。

 ロストアンガーを受けても、記憶は消されることはない。罪を犯した自覚があるバケモノたちは、自分を知っている者がいる土地には行かないし、手っ取り早く顔を代えてしまう者も多い。

 知っている者がいなければ、ただの良い人なのだ。ちらりと疑う人がいるかもしれないが、まさかこんな良い人がという心理が働いて、うやむやになり、やがてその疑いも風化していくことが多かった。

「それはそれで、人間じゃないんですから、バケモノでいいんじゃないですか」

 アキラがぶっきらぼうに言った。

 アキラは徹底して、ロストアンガー嫌いだ。

 手についた油をペーパーで拭っていると、ポケットに突っ込んでいたスマートフォンが震えた。

 取り出して表示を見ると、「なかよしマート」から着信。

「アキラ仕事だ」

 俺は短く言って立ち上がった。

「なかよしマート」は俺の職場だが、決して「なかよし」な職場ではない。

 アキラは音をたてて、シェイクを最後まで吸い上げた。まったく、食事の時に甘いシェイクを一緒に飲むことが、俺には信じられない。

 アキラはのっそり立ち上がり、ゴミを俺に押し付けた。


「ノイズが出た。RC4022番。東京都」

 なかよしマートの店長、白井がプリンターから吐き出された紙を睨んで言った。

「R番って、結構最近ですね」

「東京にいるって……地方から来たのかな」

 もちろん、「なかよしマート」はスーパーマーケットではないし、白井店長も店を切り盛りしているわけではない。

「なかよしマート」は政府非公認のバケモノ対策組織である。

 ロストアンガーを受けた者は、一生良い人としてつつがなく人生を終える。

 ただ、たまに壊れる者がいる。原因は分からない。記憶は残るわけだから、罪の意識にさいなまれ、精神がやられてしまうとか、悲しみの感情は残っているので、その悲しみの行き所がなくなり心を患ってしまうとか、そもそも人間の感情をコントロールすることに無理があるとか、いろいろ言われているが、はっきりしたことは解明されていない。

 とにかく、神経にノイズが発生し、果ては発狂してしまう者が、わずかだがいた。

 ノイズはレベル1から始まり、レベル5になると発狂に至る。その発狂はクラッシュと呼ばれる。

 クラッシュが自分に向かえば、本人の自殺で済むからまだいい。

 問題は周りの破壊につながった場合だ。この場合、本人には怒りも動機もなく、悪意すらない。ただただ周りを破壊していく。悪意なき殺戮などと、最悪なことになる。

 その場合は、抹殺対象となる。それをこの業界では、浄化という。

 なぜそのノイズが分かるかというと、ロストアンガーを受けた者は、チップを埋められるからだ。

 そして、これが俺に言わせれば、ロストアンガーの胡散臭いところだと思うが、チップを埋められることは、本人たちは知らない。

 知っているのは、日本政府と、政府非公認と公認されている、俺たち「なかよしマート」の連中だけだ。

「野島紗英子、三十。ロストアンガーを受けたのは、五年前か」

「対象レベルは?」

「まだ観察」

「東京のどこ?」

「東京都、E区」

 アキラがうんざりしたような声を出した。

「また、人の多いところで」

 店長はアキラのぼやきを無視して、スマートフォンのような機器を俺に渡した。

 画面には地図が表示され、光が一つピコピコと点滅している。画面右上には、ノイズレベル1の文字。ロストアンガー被施術者追跡装置、通称「バマホ」。埋め込まれたマイクロチップは発信機も兼ねている。俺たちは、この点滅が示す人物を探し出せばいい。

 ただし情報はそれだけ。対象者の顔も体型も分からない。どんな犯罪を犯したのかも分からないし、その背景ももちろん分からない。

 分かっているのは、名前と年齢といつバケモノになったか。それから、今いる場所。

 名前を教えてもらえるのだから、どんな罪に問われたのかは、調べれば分かりそうだが、よほど有名な事件でもない限り、時間がかかりすぎる。それにそんなことは、俺たちには関係ない。

 対象を見つけて、浄化対象となったら、浄化する。

 俺たちに求められているのは、それだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ