五日目の朝
ラスパトリウムとメッツェンの関係性がちょっと動きます。
雇い主のスタンツェ様に、若奥様であるラスパトリウム様の様子を五日に一回報告をするように指示されて、初めての報告の日。
どのタイミングで報告すれば良いのか分からず、普段通りの生活をしていた。
相変わらず作品の世界の夢を見るから眠りが浅いけれど、お給料の分はきっちり働きますよ!
「メッツェンさん、朝食を全部食べられました!」
「若奥様、今日は三品完食しましたね!体調を見ながらになりますが、少しずつ増えて行くと良いですねぇ」
初日に食事を取らず、ほとんど眠ってしまっていた若奥様に、がっつりメニューを出そうとしていた料理長のコッヘルを言いくるめて、一品に絞ってから出してもらうことにした。
そして、侍女長のケリー様と相談して、食事の場所も本人が言い出すまでは自室としてもらった。
足りないと怒られれば、追加で出すように準備した食事は、パン粥を半分食べて満足だと言われた。
そしてそのまま部屋の清掃に取りかかろうとするわ、夕食に残りを食べるからとっておいて欲しいと指示を出すわで、平民の私の食生活よりも貧しい生活を経験されたことがあると明らかだった。
ラスパトリウム様は、マナーが出来ていないからあまり食べないようにしていると、控えめに笑っていたがそれは理由としては弱い。
冒頭に戻って、やっと五日目にしてパン粥、オレンジジュース、ゆで卵を食べきれるようになったのだ。
最初は不満げだった料理長も二日目、四日目の段階的に量が増えたタイミングでお腹を壊したことを聞けば、五日目の完食を喜ぶだろう。
小柄な若奥様は食べないのではなく、食べられない、そして長期的な栄養失調状態だったと、今では使用人達が理解している。
彼女は暴力などの身体的な虐待は少なく、食事を抜く、教育を受けさせないという経済的な虐待や、外部との接触を断ち、言葉での心の傷を負わせる精神的な虐待が行われていただろうと、メッツェンは説明してきた。
まだこの世界には虐待という言葉はないが、栄養失調や人目を気にして閉じこもる様子に、支配する側からの何らかの暴力があったと説明されれば、鞭を使っての躾を経験したことがある人間には何となく伝わったようだ。
メッツェンだけが若奥様と一緒にいるという不満は、中途半端な平民では貴族に何かあったときに一族もろとも処分される可能性があるという事実と、貴族の人間はそもそも彼女の今まで置かれていた状況を理解出来るのかという二つの論点で、消えていった。
公爵家内で平民が取れる知識と技術のカリキュラムを全て取得しているという肩書きは、思いの外大きく、貴族出身の新人の使用人よりもカリキュラムを修めた平民の使用人の方が給料が高いという現実がある。
「・・・あの・・・メッツェンさん。もし嫌でなければ、考えておいて欲しいことがあるんです。今じゃなくて良いので・・・」
五日目にしてとうとう、メッツェンに心を開いた証となる愛称呼びを、今朝ラスパトリウム様本人から請われたのだった。
親にも姉妹にも愛称で呼ばれたことはないと言われたからには、メッツェンは精一杯の愛情と敬意を込めて呼ぶことを決めた。
今のところ、彼女がリラックスして関われるのはメッツェンのみ、緊張するが会話が出来るのはケリー、執事長のスティーブン、料理長のコッヘルで、それ以外の使用人は遠巻きに働いている姿を見られるようになった。
本人が話してみたいというまでは、メイド、騎士、庭師などからは接触しないように注意してくれている。
スタンツェ様は若奥様に対して興味がないのか、スティーブン様、ケリー様から報告を受けているのか、『夫人としての義務』などの話は一切持ってこない。
そもそも、屋敷内で一度も会っていない。
「メッツェン、これから報告に来るようにと呼ばれました」
スティーブン様に声を掛けられたのは、就寝の準備も済ませて、メッツェンが退室したところだった。
緊張しながらも、様子を纏めた紙がポケットにあるのを確認して、スタンツェ様の執務室に二人で向かう。
緊張の報告のお時間です!
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